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横浜市教育委員会による「傍聴ブロック」 いまいち腑に落ちない「プライバシー保護」の説明

小川たまかライター
(写真:長田洋平/アフロ)

 横浜市教育委員会が、教員が起こした性犯罪裁判の傍聴に大量の職員を動員し、一般傍聴者が傍聴できないようにしていた問題が東京新聞の取材で明らかになりました。

 その後の報道では、2019年から今年にかけて行われた4つの事件、11回の公判で動員が行われていたとされています。

 性犯罪事件の傍聴を続けてきた立場から、横浜市教育委員会の説明がいまいち腑に落ちないので、現状で考えることをまとめてみたいと思います。

被告人氏名さえ非公開

性犯罪事件でのプライバシー保護

 報道によれば、横浜市教育委員会は傍聴に職員を動員した理由について「プライバシー保護を求める被害児童・生徒側の要請を受けた対応で「教員を保護しようという意図はない」と釈明したと言います。

 ただ、現在の性犯罪裁判では、被害者保護の観点から被害者の氏名や住所は明かされませんし、被害者が法廷で証言することになった場合でも、衝立の中や別室からの音声参加がほとんどの場合で認められます。場合によっては証人にもその措置が認められることがあります。

 また親・養親からの性虐待や、教育現場での性犯罪事件など、被告人の氏名や素性から被害者の特定につながると判断された場合は被告人氏名さえ法廷で伏せられ、開廷表でも確認することができません。

 学校名や組織名も伏せられますし、証人や被告人への質問の際には裁判長が被害者の氏名など、特定につながる名称などを出さないように口頭で確認を行います。証言台に「被害者=Aさん、同行者=Bさん」など言い換えのための用紙が置かれていることもあります。

 何も知らない一般傍聴者が傍聴しても、個人を特定する情報を得ることは不可能だと思います。

 横浜市教育委員会はそういった個人情報ではなく、被害の詳細が一般傍聴者に知られることを防ぎたかったということなのでしょうか。被害児童・生徒や保護者がそう思う気持ちは理解できますが、それは知る権利の妨害になります。

 まず、横浜市教育委員会はこういった法廷でのプライバシー保護を児童・生徒(保護者)側に説明したのかどうかが気になります。説明した上でも、理解が得られなかったということなのでしょうか。

※不同意わいせつや不同意性交などの事件では、被害者やその保護者が「被害者参加」制度を利用して、法廷での在廷や、意見陳述を行うことができます。代理人弁護士を通じての参加も可能で、国選被害者参加弁護士制度もあります。
参考)被害者参加制度について(第一東京弁護士会)

ほとんどの裁判は抽選にも満席にもならない

 そして裁判は平日の昼間にしか行われないこともあり、大きく報道された注目事件をのぞいて、傍聴が抽選になったり、傍聴席が満席になったり、開廷前に列ができたりすることはほとんどありません。

 児童への性犯罪だからといって、それだけで一般傍聴者が殺到することも考えづらいです(性犯罪事件の傍聴席は性的な内容を聞きたい人やマニアで混み合うと言われることがありますが、個人的にはそう感じたことはあまりありません)。

 司法記者ではない一般人が特定の事件を傍聴したい場合、裁判所に電話をして被告人の氏名を伝え、公判期日を確認する方法があります。しかし今回の場合、被告人氏名が伏せられた法廷であったそうですから、何らかの経緯でこの事件を知った一般傍聴者がこの公判を見に来るハードルはかなり高かったと思われます。

 動員がなかった場合、一般傍聴者は多くても10人程度だったのではないでしょうか。その傍聴者をブロックするためだけに教育委員会が大量の動員をかけたという説明は、どうも腑に落ちません。

 このような時代ですので傍聴者がブログやSNSに書き込みをすることは考えられます。中には被害の詳細を露悪的に書く人もいるかもしれませんが、そういったことを防ぎたいのであれば別の方法での問題提起が必要かと思います。

逆に目立ってしまうやり方

何が目的だったのか

 抽選の場合、事前に裁判所のサイトで抽選券交付情報が掲出され、傍聴希望者はこれを見て当日の状況を知ることができます。

 東京新聞記者が最初に疑問に思った公判は抽選ではなかったということなので、裁判所ではそれほど傍聴希望者が集まると予想していなかったのだと思います。

 48席の傍聴席に60人以上スーツ姿の男女が並ぶ様子を見た記者は「明らかに異様」と感じたと言いますが、普段の裁判所の状況を知っている人なら、誰でもそう感じたと思います。逆に目立って、「何かあったのか」と注目を集めてしまうようなやり方です。

 ちなみに、傍聴席には記者席が設けられることがありますが、これは事前申請が必要です。東京新聞の記者はおそらく、傍聴席が満席になるとは予想しなかったため事前申請をしなかったのではないでしょうか。結果的に、記者はこの日に傍聴することができなかったと記事に書いてあります。

 記者(報道)をブロックする目的があったわけではないと良いのですが。

民事裁判でも進む匿名化

 少し話が逸れます。今回の件は刑事事件での裁判の話ですが、性暴力に関する民事裁判でも匿名化は進んでいます。

 民事の場合でも、被害を訴えている側だけではなく、訴えられている側(加害をしたとされている側)が法廷で匿名を希望し、それが認められているケースも何度か傍聴したことがあります。

 また、訴えられている側が本人尋問で遮蔽措置を希望し、これが認められているケースもありました。1回は2021年11月のことですが、最近でもこの措置を見たことがあり、匿名化や遮蔽措置が進んでいると感じます。

 裁判所からすると、当事者から匿名や遮蔽措置を希望された場合、それを断る理由がないということなのかもしれません。この措置は現時点では必要なものかもしれませんが、なし崩し的に匿名化や遮蔽措置が増えることになる可能性は懸念します。

「タブー化」で人の記憶に残らない問題

 説明したように、性犯罪の刑事裁判、性暴力に関連する民事裁判では、法廷で極力被害者のプライバシーが尊重され、守られます。また、被害者保護のために、被告人の情報も伏せられるケースが多々あります。

 これは現時点として必要な措置であることは間違いないですが、一方で、性犯罪・性暴力事件のタブー化につながります。人の記憶に残りづらく、忘れられやすい問題があります。そもそも報道されない問題もあります。

 例えば、昨年大きく報道された四谷大塚の元講師による盗撮事件は、逮捕より報道が先だったため、「四谷大塚」や講師名、講師がチャットグループに投稿していた卑劣な内容が繰り返し報道されることになりました。これが逮捕と警察発表が先だった場合、「被害者と保護者に配慮して」、塾名や詳しい投稿内容などが報道されなかった可能性があります。

 その場合、これほど大きな報道となり、人の記憶に残ったでしょうか。

 実際の事件の報道とそれによる世論は、法案を作る際の議論にも強い影響を与えます。例えば先日衆院で可決した「日本版DBS」の議論もそうです。

 タブー化は実態把握のための調査や再発防止策の遅れを招く可能性があります。結果的に法廷でのやり取りを不可視化し、報道できない事態を招いた今回の件について、横浜市教育委員会は改めてよく検証していただきたいと思います。

(参考記事)

なぜか満席の横浜地裁…記者は1人の傍聴者の後を追い、確信した 横浜市教委の「傍聴ブロック」発覚の経緯(2024年5月22日/東京新聞)

横浜市教委 裁判に職員動員 市議会で理由や体質ただす声(2024年5月22日/NHK神奈川NEWS WEB)

教員わいせつ事件で「傍聴ブロック」…横浜市教委が裁判所を職員で満席に 工作隠しも指示 旅費まで支給(2024年5月21日/東京新聞)

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

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