金メダルへの挑戦<前編>見る者の心を奪った「速くて美しい女子バスケ」はこうして作られた
3ポイントの試投数と確率は世界一
「This TEAM has stolen the hearts of everyone who loves Basketball」(このチームはバスケットボールを愛するすべての人の心を奪った)。
フランスを下して決勝進出を決めた直後、FIBA(国際バスケットボール連盟)の公式ツイッターに書かれた言葉は、まさしく、東京2020での女子バスケットボールの快進撃を言い表していた。
トム・ホーバスHC(ヘッドコーチ)が就任した2017年から「金メダル」を目標に掲げてチャレンジしてきた女子バスケットボール。ナイジェリア戦では高確率の3ポイントを沈め、ベルギーとの死闘を残り15秒の逆転劇で制し、強豪フランスを二度破って決勝にたどりついた。チームメイトを信じてひたむきに走り、激闘を制したあとにはとびきりの笑顔が弾ける。その速くて美しいエネルギッシュなバスケにどれだけの人が心を奪われただろうか。
平均身長176センチは出場チームの中で2番目に低いが、快進撃の理由は試合を見ればわかる。
オフボールで絶え間なく動き、一瞬でもズレができれば「打つのが仕事ですから」と宮澤夕貴(183センチ)や林咲希(173センチ)らシューター陣が3ポイントを射抜く。キャプテンの髙田真希(185センチ)をはじめ、全員がアグレッシブなディフェンスで守り、終盤はトラップディフェンスを仕掛けるスタミナと脚力が光る。サイズのなさから劣勢となるリバウンドでは、インサイド陣がボックスアウトを徹底することで、ウイング陣が跳び込む工夫をしている。
3ポイントは一試合40本試投、40%が目標。準決勝までの一試合平均試投数は31.8本、成功数は13本。2位オーストラリアの一試合平均試投数26.8本、成功数は9.0本を大きく引き離す。成功率40.9%は堂々の1位だ(2位は中国の35.8%、3位はアメリカの35.7%)。
そして、シューターが徹底マークされれば、インサイドはポストアップを仕掛けたり、インサイドに飛び込んでペイントエリアで得点し、大会中にぐんぐん成長している赤穂ひまわり(185センチ)が機動力を生かしてドライブインで切り裂いて速攻に走る。
この攻撃を可能にしているのが、準決勝で1試合最多18アシストのオリンピックレコードを樹立した町田瑠唯(162センチ)のゲームメイクだ。町田がペイントエリアにカッティングをしてインサイドとの合わせを仕掛け、相手のディフェンスが収縮すればワイドオープンを見つけて鋭いキックアウトからのパスを送る。そのチームプレーの精度の高さとしつこさに、対戦国が崩れ、根負けしていったのだ。
もともと、女子バスケはアジア4連覇中であり、世界で存在感を示しているチームの一つである。
昨季、Wリーグで優勝したトヨタ自動車アンテロープスとスペイン代表を指揮するルーカス・モンデーロHCは大会前に、「アメリカ以外は拮抗している。我々スペインをはじめ、セルビア、ベルギー、フランス、中国、カナダ、オーストラリア…そして日本にはメダルのチャンスがある」と話していたが、日本がメダルを獲得するには、高さへの対抗を含めてもう一段階、成長する必要があった。どのようにして、この速くて美しいチームプレーは作られたのだろうか。
シューティングを進化させた5年間
「シュートを打つためのスペーシングと相手を上回るスピードがあれば、サイズのなさは問題ない」
これが、トム・ホーバスHCが掲げるスタイルである。小さくても運動量と機動力で凌駕し、確率のいいシュートを量産する『スモールボール』と呼ばれる戦い方を目指してきたのだ。現在、アメリカ、オーストラリア、中国などが2メートル級のセンターを擁してパワーバスケットをしている中で、サイズのない日本が勝機を見出せる“唯一無二”のスタイルだ。ただ、この戦い方は今に始まったことではない。何なら、このスタイルでNBAを席巻したゴールデンステート・ウォリアーズよりも前に、日本の女子バスケはオールアウトから3ポイントを打つことに取り組んでいる。
東京2020での戦い方は、日本のスタイルを確立させて7位まで駆け上がった1996年のアトランタ五輪によく似ている。
アトランタ五輪では3ポイントの試投本数は1位で一試合平均23.35本(試合数ごとの平均にすると韓国に次ぐ2位)。確率では4位(35.5%)だが、ベスト10に3人もランクインしている(5位/萩原美樹子 44.2%、9位/村上睦子 39.1%、10位/一乗アキ 37.0%)。3ポイント一試合平均試投数23.5本は、前回リオ五輪の平均18.7本よりも多い数字で、それほどまでに3ポイントに力を入れて世界に台頭した時代だ。
時代のトレンドによって様々な試行錯誤や苦戦した時代もあったが、シューティングバスケと速攻、アグレッシブなディフェンスの土台は、脈々と受け継がれてきた女子バスケのスタイルである。これはアンダーカテゴリーから一貫した戦い方であり、現在のアジア4連覇へと結びついている。
だが、いつしか日本よりサイズのある国も速攻に走り、確率の高い3ポイントを打つようになっていた。そして最終的に壁になっていたのがインサイドの差だった。どれだけ死力を尽くして守っても、最終的には高さでねじこまれて終盤に力尽きてしまうことが多かったのだ。
2018年のワールドカップが顕著な例である。渡嘉敷来夢(193センチ)が負傷で欠場だったこの大会は、髙田真希が平均38.8分も出場してインサイドで孤軍奮闘。グループラウンドで2勝する力がありながらも、2メートル級のセンターを擁する中国にベスト8決定戦で敗れた。高さに対抗できる人材がいないのであれば、もっと速く、もっと効率のいいシュートチャンスを作る必要性があった。戦い方を変えなければならなかったのだ。
髙田も町田も成長が求められた
一番に変わらなければならなかったのはポイントガードだった。今大会メインの司令塔を務める町田は、長きにわたって日本をリードしてきた吉田亜沙美とともに、スピードと的確なアシストでチームを支えてきた選手だ。しかしホーバスHCに言わせれば、「ルイの課題はオフェンス。ポイントガードもスコアリングをしなければ、ルイだって選ばれるかわからない」と常に課題を突き付けられていた。この言葉は、五輪前の6月上旬に発せられたのものだ。
町田がパスで魅了する一方で、2018年のワールドカップで初代表に選出された本橋菜子(165センチ)はスピードと得点力を武器に、メインのポイントガードに抜擢された。代表に選出されたばかりの頃からホーバスHCは「ナコの仕事は得点を取ること」と伝えているが、当の本人は「ポイントガードの自分が点を取っていいのか。もっとゲームメイクをすべきでは」と悩んでいた。だが、この迷いは翌年には吹っ切っている。「打てるときに打たず、シュートチャンスを逃してしまうことのほうがいけないのだと気づきました」(本橋)
2019年、アジアカップ決勝での本橋は、高さがある中国を前にスピードのミスマッチを突いて得点を量産。アジア4連覇の立役者となった。ホーバスHCが求めるポイントガードが「ペイントアタック」をすることにより、オフェンスが停滞する時間が減少し、新しいスタイルができつつあった。
だが、無念にも本橋は2020年11月に右膝靭帯負傷のアクシデントに見舞われてしまう。本橋とはタイプの違う司令塔として役割を果たしてきた町田が、アシスト力はそのままに、ペイントエリアにアタックするガードへと進化しなければならなかったのだ。
渡嘉敷も挑戦していたスモールボール
アジア4連覇を果たした2019年前あたりからホーバスHCは、世界上位国のパワーバスケットに対抗し「アナリティックバスケット(analytic=分析)で対抗したい」と発するようになっていた。スモールボールの戦術においては効率が悪いとされるミドルレンジからの2点のシュートをなるべく減らし、2点ならばペイントエリアでの得点を徹底。以前から重要視していた3ポイントを全員が打てるようにと求めたのだ。
当初、このバスケに戸惑う選手がいた。2019年に代表に復帰したエースの渡嘉敷来夢だ。今回のオリンピックでは残念ながら膝の前十字靭帯断裂の負傷によってコートには立てなかったが、ホーバスバスケが発展していく時期に現在につながるスモールバボールにトライしていたのだ。
しかし、渡嘉敷が得意なシュートはミドルレンジや、3ポイントラインから一歩踏み込んだ距離。エースは悩んだ。「ディフェンスの状況によりますが、ミドルシュートを打てないジレンマはあります。でも3ポイントをマスターすることが新しい自分になることだと思って頑張りたい」と前向きに取り組んでいた。そして渡嘉敷にしかできない貢献もあった。それは相手のセンター封じだ。インサイドの相棒、髙田が証言する。
「タク(渡嘉敷)は一人で2メートル級の選手を抑えることができる運動能力とディフェンス力があります。タクが復帰したことで、自分がインサイドでダブルチームに行かなくてすむので、体力的に楽になりました」
どちらかといえば、今大会の渡嘉敷不在の痛手はオフェンスではなく、2メートル級を一人で守れるディフェンスにあった。ただ、そのディフェンスに対しては、スモールラインナップのインサイド陣たちが交代しながら引き受けている。
そして高田自身も、これまでは十八番と言えるほど得意だったミドルエリアからのシュートを3ポイントラインまで広げることにトライしていたのである。その結果が今大会、二度にわたるフランス戦や、準々決勝のベルギー戦の終盤に決めた値千金の3ポイントだ。髙田、渡嘉敷、町田といった経験がある主力選手でも、ホーバスHCが掲げる新しいスタイルを遂行するには、みずからを進化させる必要があったのだ。
オリンピックのコートで、司令塔の町田がペイントアタックをしてシュートを狙い、ディフェンスをかく乱するプレーは爽快である。この攻撃力は以前の町田にはなかったものだ。今、町田は口癖のように「ペイントアタック」のキーワードを発している。
「自分の役割はゲームコントロールと、とにかくペイントにアタックすること。どんどんペイントに攻め込んで、キックアウトをして、シューター陣にいいパスを回していきたい。それがとても楽しいです」
自国開催のオリンピックにて初の決勝の舞台。日本は信じて作ってきた自分たちのバスケで女王アメリカに真っ向勝負を挑む。
【後編に続く】