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「頭頸部がん」そのリスクと予防を考える:7月27日は世界頭頸部がんの日

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 7月27日は「世界頭頸部がんの日」だ。頭頸部がんとはちょっと耳なじみのない病名だが、口や鼻、のど などの目立つ場所に発生し、咽頭の声帯を摘出するケースもあるなど、幸いにして治療できても患者のQOL(クォリティ・オブ・ライフ)に大きな影響を及ぼす。頭頸部がんとは何か、予防するためには何が重要かなど、専門医に話をうかがった。

頭頸部がんとは

 頭頸部がんというのは、口、鼻、副鼻腔、咽頭・喉頭、唾液腺、甲状腺など、首(鎖骨)から上で、脳と眼を除く臓器に発生するがんのことだ。こうした臓器は、呼吸、食事、発声などの重要な機能に関係し、頭頸部がんの発生と治療によって、こうした機能が損なわれたり、顔の形が変わったりする危険性が大きいとされている。

頭頸部とは。脳と眼を除く首から上の臓器。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会のHPより。
頭頸部とは。脳と眼を除く首から上の臓器。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会のHPより。

 頭頸部がんと聞いても、ちょっとピンとこない読者も少なくないかもしれない。がんは、胃がん、肝がん、肺がん、すい臓がん、大腸がんなど、臓器ごとに病名がついていることが多いが、一方で広域発がん(Field Cancerization)という概念があり、これは単一の臓器だけでなく、共通する発がん誘発因子(タバコ、アルコールなど)に長期的にさらされることにより、患者の複数の場所でがんが発生することがあることから提唱された。

 広域発がんの概念から頭頸部がんをみると、口、のど、食道、気管、気管支などの粘膜(上皮)に対し、喫煙、飲酒によるニコチン、タバコ特異的ニトロソアミン、芳香族多環炭化水素、一酸化炭素などとエタノールが共通の発がん誘発因子になる。

喫煙と飲酒で口腔・咽頭がんリスクが4.3倍に

 実際、日本人9万5525人に対し、口腔・咽頭がんと喫煙・飲酒の関係を調べた研究(※1)によれば、男性では、非喫煙者と比べ、現在喫煙者の口腔・咽頭がんの罹患リスクが2.4倍増加し、非喫煙者と比べて累積喫煙指数(1日喫煙箱数×喫煙年数)が600以上の現在喫煙者では罹患リスクが4.3倍増加した。

 また、男性では酒を飲まないグループ(非飲酒者)に比べ、週に1回以上飲酒するグループ(日常飲酒者)で口腔・咽頭がんの罹患リスクが1.8倍増加し、エタノール摂取量に換算して週に300グラム以上(1日平均4合以上)酒を飲むグループで罹患リスクが3.2倍増加した。

 喫煙と飲酒が足し合わされると、リスクはさらに上がる。男性の非喫煙者で飲酒量も少ない(週に150グラム未満のエタノールを摂取)グループを1とすると、喫煙者で飲酒量の少ないグループの口腔・咽頭がん罹患リスクは1.78倍増加した。非喫煙者で飲酒量の多い(週に150グラム以上のエタノールを摂取)グループの口腔・咽頭がん罹患リスクは2.08倍増加し、喫煙者で飲酒量も多いグループの罹患リスクは4.05倍とさらに増加した。

 女性では、非喫煙者と比べ、喫煙者で口腔・咽頭がんの罹患リスクは2.5倍増加した。また、女性の酒を飲まないグループと比べ、週にエタノール150グラム以上を飲酒するグループの口腔・咽頭がん罹患リスクは5.9倍になった。この調査研究は口腔・咽頭がんと喫煙・飲酒の関係を調べたものだが、特にタバコもお酒も下咽頭がんでリスクが大きく上がることがわかったという。

 頭頸部がんには口腔がん、咽頭がんも含まれる。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会によれば、甲状腺がんを除く頭頸部がんでは年間約3万3000人が亡くなっているとし、最近では特に口腔がん、咽頭がんの患者さんが増え、男女ともに死亡率も増加傾向にあるという。男性では50歳代後半から、女性では60歳から死亡率が増加し、5年相対生存率は、口腔がんと咽頭がんが71%、上咽頭(鼻咽頭)がんが66%、中咽頭がんが64%、鼻腔・副鼻腔がんが55%、下咽頭がんが54%、甲状腺がんが94.7%としている。

一般に知られていないからこそ

 この頭頸部がん、いったいどんな病気なのか、またその啓発について、大阪国際がんセンターで頭頸部外科(耳鼻咽喉科)主任部長を務める医師の藤井隆氏に話をうかがった。

──頭頸部がんという病名はあまり広く知られていないような気がします。

藤井「頭頸部というのは、脳と眼以外の首、鎖骨から上の臓器のことで、頭頸部がんは鼻腔・副鼻腔、口腔、舌、唾液腺、咽頭、頸部の食道、甲状腺などにできるがんのことです。診療では耳鼻咽喉科の領域になりますが、口、のど、甲状腺などに異常があっても、なかなか耳鼻咽喉科へたどりつけない患者さんも多く、診療範囲をより正確にして患者さんにわかりやすくしようという目的で頭頸部がんという名前になったという経緯があります」

──頭頸部がんという病名があるということでしょうか。

藤井「病名は各臓器の口腔がんや喉頭がんなどとなります。頭頸部がんはその総称ですので、診断書に頭頸部がんと書かれることはありません。ただ、頭頸部に異常があって、どの診療科に行けばいいのか困っておられる患者さんは、耳鼻咽喉科頭頸部外科にいらっしゃれば、より適切な診療が可能と思います。5大がんは、胃がん、大腸がん、肺がん、子宮がん、乳がんで、がん全体の65%をこの5つのがんで占めています。それに比べると頭頸部がんは希少がんの部類に近く、一般にはあまり知られておらず、だからこそ広い啓発が必要と考えています」

──頭頸部には歯科は入らないのでしょうか。

藤井「頭頸部がんの治療には、耳鼻咽喉科専門医の上の頭頸部がん専門医の他に、形成外科や放射線治療科、歯科口腔外科など多くの診療科が加わります。歯科でしか行えない口腔ケアは、多くのがんの治療の際の誤嚥性肺炎などの合併症予防の点で非常に重要です。特に、頭頸部がんの放射線治療後は生涯にわたって口腔ケアが必要となります。そうした意味で歯科の先生方は力強い味方になっています」

──頭頸部がんについて教えてください。

藤井「がんの発生する部位により、見やすさや症状の出やすさが異なります。口腔がんは自分でも見つけることのできるがんであり、喉頭がんは初期から症状が出ることの多いがんなので、早期発見・早期治療につながりやすく、治療成績も良好です。一方、咽頭がんは初期には症状が出にくいため、早期発見が難しいがんのひとつです。また、大腸がんなどは肺や肝臓などに転移することが多いのですが、頭頸部がんは診断された時点での遠隔転移は比較的少なく、早期発見により多くの場合根治を目指すことができます」

──頭頸部がんで治療が難しいのはどのがんでしょうか。

藤井「頭頸部がんはどれもやっかいですが、鼻の奥の上咽頭がん、上顎部の骨の中にがんができる副鼻腔がんが早期発見が難しくやっかいですね。 副鼻腔がんは、副鼻腔の慢性的な炎症が主な原因と考えられています。また、のど仏の後ろにある喉頭は声帯があるので、ステージ1、2、3なら放射線治療や抗癌剤を併用する化学放射線療法などで声帯を摘出しなくてもすむことが多いのですが、進行すると外科治療になり、早期の場合は喉頭を残す手術も可能ですが、発見や治療が遅れると喉頭の全摘出になってしまいます。下咽頭がんは、初期にはなかなか症状が出にくく、のどの奥に小骨がひっかかるような異物感がある程度なので早期発見がしにくいがんです。また、下咽頭がんはリンパ節に広がりやすいのも特徴です」

予防には禁煙・節酒

──頭頸部がんの予防はどうすればいいのでしょうか。

藤井「日本頭頸部癌学会では『禁煙・節酒宣言』というのを出しています。頭頸部がんの多くは、口腔、咽頭から食道、肺に重複して多発することがあり、その原因が喫煙と飲酒だということが多くの先行研究でわかっているからです。以前、私たちが実施した調査研究(※2)によれば、喉頭がんの患者さん1079人のうち35人しか非喫煙者ではありませんでした。タバコの煙もお酒も、口、のど、食道、胃、肺へたどり着きます。咽頭がんの患者さんの約1/3が食道がんを重複しています。また、HPV(ヒトパピローマウイルス)感染による頭頸部がんが増えています。特に、日本ではHPVワクチン接種が減っている期間が長く、今後、女性も男性もHPVによる頭頸部がんの患者さんが増えることが予想されます」

──頭頸部がんに特に注意するのはどのような人でしょうか。

藤井「喫煙される方、日常的に大量の飲酒をされる方、特に1日1箱20本の喫煙を30年以上されてきた方は要注意です。また、お酒が弱くて飲むとすぐに顔や身体が赤くなるのによく飲まれる方も注意が必要です。定期健康診断で、胃の内視鏡による検査をすると、咽頭、食道なども検査しつつ胃へいたりますので咽頭がんが発見されることも多く、喫煙や飲酒で思い当たる方は定期的な胃の内視鏡検査をお勧めします」

──7月27日が「世界頭頸部がんの日」となっていますが、その理由は。

藤井「世界的な頭頸部がん専門家の集まりがあって、IFHNOS(International Federation of Head and Neck Oncologic Societies)といいます。この団体が2014年に開いた世界大会で、毎年7月27日を世界頭頸部がんの日にしようと決められ、それから毎年、世界中で頭頸部がんを啓発する活動が行われてきました。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会も毎年7月を頭頸部外科月間と定め、今年もあちこちで啓発の催しが開催されます」

 頭頸部がんにならないためには、まず禁煙、そして節酒。早期発見早期治療も大事だ。喫煙者で日常的に大量の飲酒をする人は、ハイリスクなので定期的な検査をするほうがいいだろう。自治体によっては、口腔がんの無料検診をしているところもある。

 7月27日には藤井氏が講師をする世界頭頸部がんの日オンライン市民講座が、また、7月30日には、頭頸部がん患者と家族の会や国立がん研究センター希少がんセンターによる啓発イベントも開かれる。興味があったら参加してみるといいだろう。

藤井隆氏。写真撮影筆者
藤井隆氏。写真撮影筆者

藤井隆(ふじい・たかし)

1986年、大阪大学医学部卒業後、大阪府立成人病センター(現・大阪国際がんセンター)に勤務。日本耳鼻咽喉科学会専門医・指導医、日本頭頸部外科学会頭頸部がん専門医・指導医、日本気管食道科学会専門医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医。現在、大阪国際がんセンター 頭頸部外科主任部長。

※1:Yuquan Lu, et al., "Cigarette smoking, alcohol drinking, and oral cavity and pharyngeal cancer in the Japanese: a population-based cohort study in Japan" EUROPEAN JOURNAL of CANCER PREVENTION, Vol.27(2), 171-179, March, 2018

※2:藤井隆ら、「大阪府立成人病センターにおける喉頭癌1079例の臨床統計」、日本耳鼻咽喉科学会会報、第100巻、856-863、1997

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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