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「北朝鮮の毒ガス5千トン、弾道ミサイル800発」米シンクタンクが描く核戦争シナリオとは

木村正人在英国際ジャーナリスト
北朝鮮が発射実験に成功した新型ICBM「火星15」(労働新聞より)

[ロンドン発]アメリカのシンクタンク、ランド研究所が最近まとめた報告書「危険な世界に対処するためのアメリカ軍の能力と兵力」に、机上演習をもとにした北朝鮮有事のシナリオが書かれていたので興味深く読みました。

報告書は(1)抑止力による安定(2)北朝鮮による韓国侵略(3)金正恩体制崩壊の順にアメリカの戦争計画を検討しています。

まず北朝鮮の軍事力から見てみましょう。

【北朝鮮の軍事力】

世界4位の常備軍100万人以上。装備は時代遅れ。戦車3,000両以上。数百機の戦闘機とヘリコプター。韓国を狙う大砲とロケット砲推定1万4,000門を配備。

800発以上の短距離・中距離弾道ミサイル。陸上兵力の7割以上が韓国との国境に設けられた非武装地帯(DMZ)の100キロメートル以内に配置されている。

朝鮮労働党委員長、金正恩は特殊部隊、化学兵器、生物兵器、核兵器に注力。有事に韓国に潜入して後方撹乱をする特殊部隊は世界最大。

推定2,500~5,000トンの毒ガスと、弾道ミサイルに搭載できる化学兵器の弾頭を最大で150発保有。北朝鮮はこうした兵器を紛争の初手として使う恐れがある。

アメリカのジェームズ・マティス国防長官は今年6月「北朝鮮の核兵器計画は世界全体にとって明白な目の前の危険」と警告している。

【抑止力による安定】

在韓アメリカ軍(3万人)の旅団戦闘団、戦闘航空旅団、防空旅団、戦闘機F16の3飛行大隊、近接航空支援専用機A10の飛行大隊が、非武装地帯を越えて韓国を急襲するという金正恩の選択肢を抑止している。

在日米軍の空母、駆逐艦、F16、F15 、沖縄の海兵隊も二重の抑止力になっている。

しかし、もし抑止が失敗した場合は、在韓米軍が韓国軍を支援して北朝鮮軍の侵攻を止める。有事の初期段階で北朝鮮の侵入軍を破壊し、ソウルを狙う大砲やロケット砲を沈黙させる。

アメリカ空軍を2~3日のうちに朝鮮半島に展開することは可能だが、陸軍の展開には数週間から数カ月かかる。紛争が戦争に発展する恐れは十分あり、在韓アメリカ軍の存在は極めて重要だ。

北朝鮮が韓国に侵攻すれば核兵力を含むアメリカ軍が確実に関与するという明白なシグナルを金正恩に送っていることが抑止力になっている。

【北朝鮮の核ミサイルへの対処】

北朝鮮は核兵器と弾道ミサイルの開発を急ピッチで進めており、弾道ミサイルに搭載できる核弾頭の小型化に成功すれば、アメリカ軍は抑止力のかたちを変えなければならない。

迎撃ミサイル「パトリオット」や地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の追加配備が北朝鮮の脅威を弱めるだろう。

北朝鮮のミサイルを追尾する能力を向上させる情報・監視・偵察の装備を韓国や日本に展開するかを検討。北朝鮮の核兵器、弾道ミサイルを無力化する通常兵器を使った作戦能力を獲得するため韓国軍は予算化しているが、アメリカ軍も検討すべきだ。

アメリカ軍の戦術(射程距離が短い)核を韓国に再配備せよという声もあるが、韓国が北朝鮮の弾道ミサイルの射程にとらえられているという現実を過小評価している。

アメリカは自国の領土にある基地から北朝鮮を即座に空爆できる。韓国への戦術核再配備より、情報・監視・偵察能力の向上や、北朝鮮の核ミサイルを無力化する通常兵器の開発に投資する方が賢明だ。

韓国や日本からさらに抑止力の保証を求められたら、グアムのアメリカ軍基地への核爆弾配備を検討することになるかもしれない。

【北朝鮮の韓国侵略シナリオ】

韓国を攻撃するのは北朝鮮にとって致命的なリスクを伴うが、侵略作戦は北朝鮮側の非武装地帯からソウルに向け、大砲やロケット砲を激しく発射することから始まるだろう。

韓国軍と在韓アメリカ軍は不意をつかれ、国境を越えてなだれ込む北朝鮮軍は、アメリカ軍が流れを変える前に韓国を降伏させるため、ソウルを陥落する。

韓国軍とアメリカ軍は(1)止める(2)反撃準備(3)反撃のプロセスで即応する。

52万人の韓国陸軍と海兵隊が北朝鮮地上兵力を押しとどめる主力になる。アメリカ空軍、海兵隊、海軍は北朝鮮の大砲、ロケット砲を破壊するとともに侵攻してくる北朝鮮軍を攻撃する。

北朝鮮軍の進撃を止めた後、アメリカ軍は攻撃を続ける一方で、支援部隊を朝鮮半島に派遣する。

反撃するアメリカ軍の目標は北朝鮮軍を壊滅、金正恩体制を崩壊させ、北朝鮮全土を占領することだ。北朝鮮が核兵器や生物・化学兵器を使わなければ、アメリカ軍と韓国軍は速やかに北朝鮮軍に勝利する。

【北朝鮮の核使用シナリオへの対策】

北朝鮮が敗北を避けるため、もしくは戦況を有利にするため核兵器を使用する可能性は十分にある。アメリカの圧倒的な核戦力が北朝鮮に核使用を思いとどまらせると信じるのは軽率だ。

偶発的に、もしくは金正恩の承認を得ずに、核が使用される危険性は否定できない。情報・監視・偵察能力と精密攻撃の向上、何重ものアクティブ防御体制を構築することが重要になってくる。

北朝鮮は迎撃するのが難しい弾道ミサイルの開発を進めている。このため北朝鮮のミサイルが発射される前に破壊することが肝要だ。アメリカ軍の核で北朝鮮の核兵器や弾道ミサイルを破壊するという要求が出るのは十分に想定できる。

北朝鮮が生物・化学兵器を使用した場合、アメリカ軍の核使用が正当化され、放射能汚染の範囲を最小限に抑えることができる精密誘導ミサイルによる核空爆を求められる可能性が高まってくる。

北朝鮮の核ミサイルが発射された場合、ブースト段階で航空機から迎撃ミサイルを発射。北朝鮮の防空システムはすぐに破壊できるので制空権を確保した後、ブースト段階で迎撃するのが有力な選択肢だ。

北朝鮮は大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発を進めているので、アメリカは本土のミサイル防衛システムを改善するため投資を続けなければならない。北朝鮮が防衛のための核兵器を保有する場合に備え、放射能汚染への対応や核爆発による電磁パルス対策への投資が必要だ。

紛争前の政治的・軍事的な協調がない場合、中国と軍事衝突する可能性は否定できない。

【体制崩壊後シナリオ】

アフガニスタンやイラクでの戦争を見れば分かるように軍事作戦の成功が戦略的目標の達成を保証するわけではない。北朝鮮の体制崩壊後、韓国軍とアメリカ軍はまず生物・化学・核兵器を除去する。残兵への対処、武装解除、警察活動、食糧・難民支援も必要だ。

占領には数年間は状況を安定させるため、25万~40万人の兵力が求められる。アメリカ軍はこのうち数万人を派遣する。生物・化学・核兵器を回収・解体するのに20万人近い兵力が必要になる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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