なぜ人は「不倫」に奔ってしまうのか
米国はセクシャルハラスメントで大騒ぎだ。日本では再び不倫騒動がメディアで話題になっている。性的なものを含め、あらゆるハラスメントが指弾されるべきは当然だが、他人の家庭の事情にまで興味をそそられるのは彼らが有名人や責任ある立場の人間だからだろうか。
されるリスク、するコスト
より多様性を持ち、生存確率の高そうな遺伝情報を次世代へ伝えていく、という有性生殖の目的からすれば、パートナー以外の相手とセックスするのは合理的戦略と言える。つがいを形成する種の生物はほぼ全て不倫し、メスがパートナー以外の子を生むことも少なくない。
だが、倫理観や社会規範、経済的利害関係のある人間はより複雑だ。
独身同士、独身と既婚者といった相互の環境もあるだろうし、夫婦関係にあればパートナーが不倫したからといって容易に関係を解消することはできない。どちらかもしくは両方に子がいればさらに葛藤は深くなる。慰謝料や養育費、財産分与なども面倒だろう。
また、生まれ育った環境や教育、経済的背景、ジェンダーといった文化的なバイアスもあり、集団の倫理観や道徳観、人生観にも影響されるはずだ。不義密通が死罪という時代ではないし、とうに姦通罪もなくなった日本でも、依然として不倫や浮気は一般的にとても悪いこととされている。一夫一婦制や家族間の愛情に対する挑戦とも言えるが、なぜ人間はそんな「悪いこと」をしてしまうのだろうか。
米国のコロラド大学の研究者らの調査によれば、男性の22〜25%、女性の11〜15%に性的な不倫の経験がある(※1)。性的な関係ではない感情的な不誠実行為を含めると、この割合はグンと上がって平均で約70%にもなるそうだ。
全米の女性4884人を対象にした調査によれば、不倫をするだろうという予測確率は面談による質問で1.08%だったが自己申告では6.13%になった(※2)。同じ調査で、調査対象者の女性たちを宗教や性体験など複数の因子から分析したところ、幼児期に性的虐待を受けた場合、不倫の確率が高くなったらしい。また、米国のインディアナ大学の研究者が男性506人(平均年齢32.86歳)、女性412人(平均年齢27.66歳)を対象にして調査したところ、男性23.2%、女性19.2%が交際相手に不倫された、と回答した(※3)。
メディアにさらされる人々をみても、不倫されるという体験はかなり強い精神的ストレスだろう。してもされても人間関係が崩壊したり信用が毀損して社会的制裁を受けるなど、様々な面で面倒なコストを生じる。
男女で異なる不倫の防御策
不倫をされるとコストがかかるから、不倫の予兆を感知したり不倫されるのを回避しようとする戦術戦略が、人間の男女にそれぞれ備わってきた(※4)。
一般的に、男女とも相手の不倫を防ぐためには、常に一緒に行動してパートナーをディフェンスし、異性との接触を妨げることが効果的だ(※5)。ほとんどの場合、男性はパートナーの女性を監視する。男性が子育てを手伝う人間の場合、男性は不倫相手の子を育てさせられるリスクが生じるからだ。
また、倫理的な善悪はともかく、ほかの男性に自分の子の世話をさせることができれば利益になる。自分のパートナーの女性が不倫しないように監視し、同時に自分は別の女性と不倫しようとするのが生物としての合理的な行動だ。もしバレたとしても、一般的に男性がこうむる社会的コストは女性より低い。だから、男性の場合、ディフェンスのコストと不倫による利益の収支バランスが問題となる。
女性のほうは、パートナーの男性だけではなく、複数のライバルに対して同時に注意するようだ。これは、それぞれに備わった生理的な機能による。性向としても、女性はあまり多くの男性を必要としないが、男性は不特定多数の女性に興味を抱く傾向があるからだ。
このため、女性はディフェンスだけではなく別の戦術も採らなければならない。女性のほうが潜在的に多くのライバルがいるから、いわゆる「女性の勘」が強まり、パートナーの男性がほかの女性に向ける言動に鋭く注意を向ける、というわけだ。例えば女性は、妊娠可能な時期にある女性の存在を敏感に感じ、その女性を排除するような行動をとる(※6)。
結局、男性の不倫を防ぐためには、妊娠中を含めて頻繁にセックスすることが女性にとって重要のようだ(※7)。女性の不倫がバレたときのほうが男性より社会的な制裁などのコストが多くリスクも高いから、オフェンスとディフェンスで言えば女性はディフェンス型にならざるを得ない。
このように人間における不倫は「有性生殖の呪い」とも言えるが、男性はより多くの女性に自分の子を生ませ、女性はより良い男性の遺伝子を自分の子に受け継がせることで利益を得ることができる。だから、人間特有の様々なリスクやコストもあるのにもかかわらず、男女ともに不倫をしてきた。
ところで、行動学や人類学の世界には「男性のほうが女性より気軽にセックスするダブルスタンダード(Sexual Advice Double Standard、SADS)」という概念がある。これについては、ジェンダーが希薄になり、女性の社会進出や経済的自立が進めば、SADS的ダブルスタンダードが影を潜めていく可能性は高い(※8)。
我々の性に対する考え方は、大きく変化しつつある。LGBTが広く認知され、人種を越える婚姻も増えた。非婚や事実婚、晩婚化が進み、男女を問わず性が多様化し、ネットの広がりで性に関する知識が深まる一方、性感染症やレイプ、セクハラはなくならない。
人類の歴史は不倫の歴史とも言える。不倫は通い婚時代の『源氏物語』でも重要なプロットであり、シェークスピアの『オセロ』ではデズデモーナの不貞が疑われた。古典に描かれてきたような不倫は「文化」なのかもしれないが、女性の不倫が男性の不倫とさほど違わないように受け取られ始めているのも事実だ。時代の変化とともに、不倫に対する人間特有のリスクやコストが下がっていけば、不倫行動も複雑に変質していくのだろう。
※1:Elizabeth S. Allen, et al., "Intrapersonal, Interpersonal, and Contextual Factors in Engaging in and Responding to Extramarital Involvement." Clinical Psychology, Vol.12, 101-130, 2005
※2:Mark A. Whisman, Douglas K. Snyder, "Sexual infidelity in a national survey of American women: Differences in prevalence and correlates as a function of method of assessment." Journal of Family Psychology, Vol.21(2), 147-154, 2007
※3:Kristen P. Mark, et al., "Infidelity in Heterosexual Couples: Demographic, Interpersonal, and Personality-Related Predictors of Extradyadic Sex." Archives of Sexual Behavior, Vol.40, Issue5, 971-982, 2011
※4:Tsachi Ein-Dor, et al., "Coping with mate poaching: gender differences in detection of infidelity-related threats." Evolution and Human Behavior, Vol.36, Issue1, 17-24, 2015
※5:David M. Buss, Todd K. Shackelford, "From vigilance to violence: Mate retention tactics in married couples." journal of Personality and Social Psychology, Vol.72(2), 346-361, 1997
※6:Jaimie Arona Krems, Douglas T. Kenrick, et al., "Women Selectively Guard Their (Desirable) Mates From Ovulating Women." Journal of Personality and Social Psychology, Vol.110, No.4, 551-573, 2016
※7:Nicole Barbaro, et al., "Solving the problem of partner infidelity: Individual mate retention, coalitional mate retention, and in-pair copulation frequency." Personality and Individual Differences, Vol.82, 67-71, 2015
※8:Laurie A. Rudman, et al., "When Women are Urged to have Casual Sex More than Men are: Perceived Risk Moderates the Sexual Advice Double Standard." Sex Roles, Vol.77, Issue5-6, 409-418, 2017