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AV被害防止救済法案が衆院内閣委員会で全会一致で可決。深刻な被害を救う法律となりうるか

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

通常国会にアダルトビデオ(AV)被害防止・救済法案が提出され、本日(5月25日)全会一致で衆議院内閣委員会で可決されました。

AVをめぐっては、ヒューマンライツ・ナウが2016年に公表した調査報告書で、意に反する出演強要の被害が後を絶たない実態を公表し、社会問題となりました。

政府は2017年3月から被害防止対策に乗り出したものの、広報啓発が中心で、監督官庁や法規制がないまま、被害救済は進みませんでした。

そんななか、今国会で急ピッチで作られた議員立法に、もっとも古くから、そして最も多くの相談を受けてきた団体「ぱっぷす」の代表は以下のように歓迎を表明しています。

それはなぜでしょう。

■ AV被害の特性

この性被害がとりわけ残酷なのは、インターネットを通じ、性暴力被害の映像が大量かつ半永久的に商品として拡散するからです。

 裁判例では、出演前なら、嫌な出演は断ることができるし、断っても違約金を課されることはない、という判例があります。

 しかし、出演してしまった後はほとんどなすすべがありませんでした。

 断れないまま出演させられてしまった被害者が、やはり後悔して「販売をとめてほしい」「配信しないで」といくら求めても、止まることはほとんどありません。

 業者は、「出演強要があったなら止めます。証拠がありなら出してください」といいます。しかし、密室の制作過程で、あれよあれよと撮影まで行ってしまった被害者の方が、裸で撮影されている最中の証拠を残すのは難しい、その前に騙されたり脅されていても、業者が証拠を残すようなことはまずしません。

 結局、被害者が無理な立証責任を負わされ、自分の性行為動画が商品として拡散され、被害者は終わりなき苦しみにさいなまれてきました。

  AVの販売差し止めの裁判に挑戦した弁護士もいましたが、多額の違約金を払うなどの和解条件もないまま、販売前に差し止めが認められたケースは非常にまれです。

 業者が任意に販売停止に応じてくれない場合、法律家としても成すすべがほとんどなかったのです。

 最近ではコロナ下の経済状態の下、個人撮影の被害も深刻で、騙されてFc2などのサイトに上がってしまってなんともならないなどという悲痛な相談が増えていました。

■ 未成年取消の存続を求めて

 そんななか、ほぼ唯一の確実な被害救済手段だったのが、未成年者の契約の取消権でした。いったん撮影しても、未成年者の法律行為だからという理由で無条件で取り消せるからです。

 しかし、4月1日に成人年齢が引き下げられ、18歳・19歳に新たな被害の増大が懸念されました。

 被害の拡大を防ぐため、未成年者取消権を存続する法制度の実現を今通常国会中に責任を持って進めるよう支援団体が強く求めてきたのです。

 与野党はこの声にこたえ、18歳・19歳に限定せずすべての被害を救済するために、議員立法でAV被害防止救済法案をまとめたのが今回の法案です。

 法案は、年齢、性別を問わず被害が広がっていることに照らし、年齢・性別に関わらず、広く被害を救済する強力な制度を導入しました。

■ 被害の甚大性に配慮した画期的な規定を含む法案

 AV被害は、意に反する性行為の一部始終を衆人環視のもとで録画・販売され、事業者が巨額の利益を得る一方、被害者は、自身が性暴力を受け辱められている虐待映像を、世界中に広範にかつ半永久的に拡散される苦しみを味わい続けるという被害です。その結果、自殺に追い込まれた被害者、ずっと引きこもりを続ける被害者、希死念慮を抱く被害者をずっと見てきました。

 法案は、こうした被害の甚大性を考慮し、以下のとおり、通常の契約法理を踏み越えた異例の重層的な被害者保護を規定しています。

 全ての条文を説明することはできませんが、ポイントをご説明したいと思います。

● 基本的な原則

 法案は、個人の尊厳に立脚し、「出演者に対して性行為を強制してはならない」(3条)ことを前提に、被害者の人権や尊厳を守るべく、AV出演とその映像拡散のプロセス全体で被害者を保護する仕組みを導入しています。

法案説明図
法案説明図

● 契約締結段階

 事業者に詳細な説明義務・契約書交付義務を課し、撮影は契約書・説明文書の提供から1か月経過後と定めています。これまでは台本が前日に渡される、誰とどんあ性交をさせられるかわからないという状況だったのに、事前に説明し、承諾があって、さらに一か月後に引き返す時間を保障して、初めて撮影できることになったのです。

● 撮影段階

 仮に、出演契約で合意した性行為でも当日嫌であれば、性行為を拒絶できるとし、安全と任意性を保障する措置を事業者に義務付けています。

● 販売・配信まで

 これまでは業者がとにかく撮影に持ち込んでしまえば、あとは出演者がいくら求めても販売・配信を進めてしまうケースが圧倒的でした。

 ところが法案では、まず、撮影終了後公表までは4か月を空け、その間に出演者に映像を確認する機会を与えることも義務付けました。

 事業者が義務に反した場合、出演者は出演契約をキャンセルできます(無効主張、契約取消・解除)そして販売・配信までの間、無条件で、違約金も支払う義務を負わずに、契約を解除することができます。そうすれば、業者が販売・配信することは許されない、ということになります。被害の支援現場の実態に照らせば、非常に重要な変化です。

● 配信後

  さらに重要なのは、出演者は、販売・配信前だけでなく、販売・配信後も1年間(施行後2年間は2年間)はいつでも無条件で何らの違約金も課されずに契約を解除できます。

 契約がない場合や契約が無効な場合、または出演者が契約をキャンセルした(契約取消・解除)場合、事業者は原状回復義務を負い、出演者は販売・配信の差止め請求ができます。

● さらに重要な点

 さらに法案には、拡散防止に関する規定、事業者に対する罰則規定も設けられています。これらは、悪質業者による法律の違反や潜脱による被害を防いで実効性を確保するとともに、被害者にデジタルタトウーを残さないために強力な規定と言えます。

 これらの規定は画期的で、被害者の被害回復のための強力な法的手段を付与するものです。適切に実施されれば、これまで苦しんできたあまりに深刻なAV被害から多くの人を救うことができるでしょう。

■ 法案をめぐる懸念

 法案をめぐっては、「契約による性交を合法化するのでは」との懸念が指摘されてきました。

 法案はこの懸念に配慮し、規制対象の定義を修正したほか(性行為を行う姿態→性行為に係る姿態と訂正など)、法律の解釈の基本原則を示す第3条で、民事上も刑事上も、違法な性行為を合法にするものではない趣旨を明確に規定しました。

 市民団体からは、そもそも性交を伴うAVや暴力的で安全でないAVを禁止すべきとの声が上がり、私も被害者の方々に接した経験から強く賛成します。

 残念ながらこの部分の合意に至らず、今回の法案には盛り込まれなかったのですが、これらの課題は、2年以内と定められた見直しに向けて議論を重ね、より良い改正を進める必要があるでしょう。

 与野党実務担当者の説明文書は重く受け止められるべきだと思います。

 また、過去の出演作品がいつまでたってもネット上から消えないというデジタルタトウーの問題についても、「忘れられる権利」の観点から、公表期間を法律で定めるなどの課題も進めていきたいと思います(この点も見直しにおける検討事項として意識されています)。

本日(5月25日)に行われた国会の質疑でも、こうした懸念に対する詳細な回答が、立法に携わった各党議員から示されました。

■ 一日も早く被害が救われる体制整備を

 今後のスケジュールですが、衆院本会議で可決すれば、参議院での審議になります。参議院での議論にも期待したいと思いますが、これまで光が当たらなかった極めて深刻な被害を救済するため、この被害救済法を今国会で成立させてほしいと願います。そして、一日も早く施行し、被害救済の体制整備を進める必要があります。18歳、19歳への勧誘は始まっており、被害救済は待ったなしです。

 相談しやすい相談機関の整備、関係機関への周知、協議、研修、そして何よりもこの法律を必要としている人への広報とアウトリーチなどを通じて、この法律が円滑に活用され、被害者が救済されるようにしていくことが必要だと、これまで被害救済に関わってきた者として強く願います。

 この法案をめぐって賛否を含め様々な議論が進み、関心が高まっていることを歓迎します。多くの懸念は、もっと被害救済を進めたいということで、思いは共通していると信じたいと思います。

 AVにおける人権侵害を根絶し、性的搾取と人身売買、性暴力をなくす共通目標を実現するため、引き続き多くの方に関心を寄せていただき、被害救済にともに取り組んでいければと願っています。(了)

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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