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「校長らに謝礼」問題に潜む学校現場無視の姿勢強化

前屋毅フリージャーナリスト

検定期間中だった中学校の英語教科書を、三省堂が小中学校の校長ら11人に見せて意見を聞き、その謝礼として1人につき5万円を渡していたことが問題になっている。

制度的には外部にみせることが禁じられているというから、そうであれば問題があるには、あるのだろう。しかし、単純に「悪い」と済ませてはいけない気がする。

三省堂の北口克彦社長は、「現場の意見を聞くことが必要だと思い開催したが、認識不足で誤っていた。大変申し訳ない」と謝罪したという。しかし、このコメントをよく読めば、「なぜ悪いの?」という疑問もわいてくるのだ。

学校で使う教科書について、学校現場の意見を聞くのは当然ではないか。現場の意見を無視してつくられる教科書の「質」にこそ疑問を感じざるをえない。

この問題について馳浩文科相は、「教科書は極めて公共性の高いもので、公正性、透明性の担保が不可欠だ」と指摘したという。よく、わからない。公正性、透明性を重視するなら、なおさら現場の声を重視しなければならないはずである。

馳文科相の発言は、現場よりも「検定」を重視するだけのものにしかきこえない。現場軽視である。

報道のされ方は、あたかも三省堂から現金を受け取った校長たちが、教科書の採択をめぐって三省堂に便宜をはかったようなイメージを与えかねないものである。校長ら11人のうち5人は、その後、地元の教育委員会(教委)の採択に関わっていた。しかし文科省の各教委への調査では、この11人が教委に三省堂の教科書を推薦するなどの不適切な行為は確認されていない。各報道でも、そのことは、きっちりと触れられてはいる。触れられてはいるが、「校長らが現金を受け取った」というイメージが強すぎて、その事実が薄くなっている。

今回の問題で本当に考えなくてはならないことは、教科書作成について現場が介入する余地が無くなり、国の行う「検定」がさらに幅をきかせるきっかけにもなりかねないということである。その懸念こそが、強まっている。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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