テニス界の匠たち(2) “トレーナー”:身体の“パズル”を解き、プレーヤーに笑顔を与える者たち
■ITF$25,000浜松ウィメンズオープンの、トレーナーズルームにて■
普段はクラブの会員たちが使うロッカールームに、浜松オープン期間中は、汗と薬品の匂いが入り交じった、独特の熱気が立ち込める。
選手がマッサージや治療を受けに来る、トレーナーズルーム――。
それは、試合という幾つもの戦いが繰り広げられる大会会場において、文字通り“癒やしと回復”の空間である。
常時4人のトレーナーたちが控えるこのトレーナールームで、ひときわ若く長身で目を引くのが、今年25歳を迎えた鈴木歩。彼も言ってみれば、この大会で育ってきた人材だ。
「とにかくテニスが、そしてトレーナーという仕事が大好きなんです」
いつもは言葉数の少ない彼が、仕事の話をし始めると、途端に目が輝き饒舌になる。
浜松市立高校テニス部でキャプテンとして活躍した鈴木の夢は、テニスの最高峰である、グランドスラムに行くことだった。だが、ケガなどもありプレーヤーとして行くのは難しいと悟った時、ならば、選手をサポートする立場で目指せないかと考える。
コーチになるか、あるいは、スポーツ用具メーカーに務めるか……。
そのように選択肢に思いを巡らした彼には、幸いにもすぐ身近に、テニスの“世界”を知る人物が居た。高校テニス部のトレーナーを努めていた今泉智仁は、日本人のみならず多くのトップ選手たちに腕を請われ、数多くの国際大会やグランドスラムにも帯同していた、その道の第一人者だったのだ。
「トモさん(今泉)に出会って、こういう仕事もあるんだなと思った」という鈴木は、高校卒業後は専門学校に通いつつ、今泉の下に「弟子入り」する。あまり多くは語らず、「俺のやることを見て、なんでも盗め」と言う今泉の動きをつぶさに観察し、彼の鍼やマッサージの技のみならず、どのように選手とコミュニケーションを取っているかにも目を凝らした。様々な大会会場へと連れていってもらっては、憧れのトップ選手や多くの関係者たちと、交流する機会も得る。
「ちゃんと挨拶をしろ」「しっかり自分の顔を売ってこい」
それらの教えも胸に刻みながら、まだ学生の身分ながら新弟子トレーナーとして、現場で貴重な経験を積んでいく。
「ありがとうございます!」「お陰で痛みが消えました」
それら感謝の言葉と明るい笑顔が、何にも代えがたい最大の報酬だ。
若くして現場で経験を積んでいくと、長く見ている選手ほど、身体のクセや筋肉の質も分かってくる。そうなれば身体を触った瞬間に、今はどこが痛く、どのような打ち方をしているかまでが見えるようになっていった。
その原因はどこにあり、どのような治療をほどこせば治るのか……?
それを見極めるプロセスは、パズルを解くようなものだと鈴木は言う。
「人の身体は、パズルのようなもの。関節や筋肉は決まった方向にしか動かない。だから結果=痛みを理論的に遡っていけば、必ず原因がわかるんです」
長駆をぐっと乗り出して、鈴木は、端正な顔を一層輝かせた。
いかに選手の信用を勝ち得るかは、この原因究明をどれだけ正確かつ迅速にできるかで決まってくる――。
これも鈴木が、師の今泉を観察するなかで見つけた、トレーナー業の精髄だ。
かつてはグランドスラムなどの大舞台に憧れた鈴木だが、今はむしろ、苦労している選手たちを支えていきたいと言う。
パズルを解くための、探求の旅は深く尽きない。
その答えの先には、「ありがとう」と最高の笑顔が待っている。