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今さら聞けない「ジョブ型」雇用ってなに?【山本紳也×倉重公太朗】第1回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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今回のゲストは、HRファーブラ代表の山本紳也さん。組織・人財マネジメント戦略に関わるコンサルティングに30年近く従事され、グローバル時代のリーダーシップ開発や、M&Aにおける人事サポートなどの経験が豊富です。バブル経済崩壊後、日本の経済成長は止まり、ビジネスモデルの転換を求められました。そのタイミングで、さまざまな会社の人事制度を設計し、強い組織に導いてきたのが山本さんです。コロナ禍の今、再び日本が元気になるためにはどうすれば良いのでしょうか。その考えを聞きました。

<ポイント>

・石の上に10年いたら、キャリアチェンジが手遅れになる時代

・外国人留学生が、「日本の人事が理解できない」と言う理由とは?

・メンバーシップ型は就社、ジョブ型は就職

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■伝説のコンサルタントが誕生するまで

倉重:今回は業界で「伝説のコンサル」と言われている、山本晋也監督ではなく、山本紳也さんにお越しいただいております。大変恐縮ながら、自己紹介をいただいてよろしいでしょうか。

山本:ありがとうございます。伝説と言われると、とても年寄りに思われると困るのですが。悲しいかな、あと何カ月かで、組織人事のコンサルティングを始めて30年になります。

倉重:30年ですか。

山本:そうなのです。大学は工学部を出て、ソフト屋として就職しました。しかし短期間で「合ってないな」と思いました。バブルの絶頂期にアメリカに留学をして、MBAを取って帰って来ました。それから30年弱、ずっと組織人事のコンサルティングをしています。30年前は、ちょうどバブルの絶頂期から崩壊へ向かっていたタイミングです。コンサルタントを始めた当初は人事に特化していたわけではありませんが、たまたま人事コンサルティングというものに出会いました。バブル後ちょうど大企業も転換期を迎え、人事制度を変える動きが出始めた時期です。

 その頃、今でいうメガバンクになる直前の都銀に公的資金が注入されました。実は公的資金導入の条件として、国とは人件費の削減が約束されており、「人事制度を変えて給与が上がらないようにする」というニーズもあったのです。

倉重:バブル崩壊後ですね。

山本:そうです。そのタイミングに乗りました。ただ、後ろ向きの話だけではなく、前向きなところでは、花王さんやキャノンさんなどが、大きな構造改革の中で、最近言われるジョブ型に近い制度を導入し始めたので、そのお手伝いをしました。

倉重:成果主義的な賃金制度でしょうか。

山本:そうです。成果主義のはしりです。今振り返ってみると、成果主義導入という時代のど真ん中で仕事をしていましたね。そのタイミングで、PwCに入って、PwCで15年勤めました。

倉重:そうなのですか。しかし、最初は人事コンサルじゃなくてソフト屋さんだったんですね。

山本:はい。エプソンにソフトウエアエンジニアとして入社しました。Windowsどころか、まだマイクロソフトのMS-DOSが、メーカー間でコンパーチブルではなかったような時代です。ソフトウェアの基盤設計の方々がOSを作り、私は外部ソフトハウスに、OS上で動くアプリケーションの制作を依頼する仕事をしていました。それこそ今と同じように、ソフトハウス向けにソフトウエア教育もしていたのです。

倉重:ソフト屋さんがどうしてコンサルになろうと思ったのでしょうか。

山本:話は中学・高校時代に遡りますが、「算数の点数が低くて、国語、社会の点数の方が高いから理系ではなくて文系になりました」という方は多いですよね。簡単に言うと、僕は逆だったのです。たまたま算数のほうが点数は良かった。だから「理系だ」と思って行きました。でも、大人になってから振り返ると、自分が好きだったものは社会学や、文化人類学、心理学などで、完全に文系のほうに興味があったのです。

倉重:では、何年目ぐらいでキャリアチェンジしたのですか?

山本:結局エプソンにいたのは5年ぐらいです。

倉重:5年ぐらいですか。まだ20代ですよね。

山本:20代後半です。それで留学して帰って来て、コンサルになったのが31歳です。人事コンサルタントは本当にまだ少なかった時代です。まして、人事専門のコンサルタントはごくわずかでした。

倉重:最初は、「人事コンサルになろう」と思ってコンサル業界に入ったわけではないですよね?

山本:僕は何をやりたいかのか分かっていませんでした。バブル景気がまだ少し残っていた時代だったので、そのときお世話になったヘッドハンターの方が、「給料も高いしいろいろな会社が見られるから、コンサルをしながらやりたいことを探せば?」と言ってくれたのです。

倉重:なるほど。

山本:それは面白いなと思いました。でも、当時は「24時間働けますか?」という時代です。「そういうコンサル会社は、山本さんはダメでしょう?」と聞かれて、「僕は絶対に無理です」と答えました。そうしたら「ちょっと変わった会社を紹介します」と言われて、外資系の小さな調査コンサルティング会社に入社したのです。

 その会社で、最初はリスクマネジメントやマーケティングのような仕事をメインにしていたのですが、たまたま僕は「バブル期に高くなりすぎた海外派遣社員の給料の決め方を考え直す」というプロジェクトに行き当たりました。

倉重:人事コンサル案件に当たったのですね。やってみたら結構はまったのですか。

山本:確かにそうだと思います。ただ、その時はまだ自分が人事を好きかどうかは分かっていませんでした。どちらかというと、世の中に同じことをしている人が少ないところが魅力的だったのです。人事コンサルタント自体が少ないし、まして海外給与というニッチな世界では、日本中の会社が「五社会」と呼ばれる大手商社に話を聞いて、自社の給与水準を決めていました。

そういう時代に専門家として仕事をすると、第一人者的とみなされたわけです。そこにやりがいを感じましたね。

倉重:「人事コンサルの基礎を作った人」という感じですね。

山本:それは言い過ぎですけれど。実は、今最大手のマーサーさんが扱っている商品の一つは、ゼロから私が作ったものなのです。

倉重:そうなのですか。何を作ったのですか。

山本:海外派遣社員のハードシップ手当を決めるツールのようなものです。あれは、商社五社会と外務省の協力いただいて僕が作りました。

倉重:日本の海外赴任者の給与体系は山本さんが作ったと言っても過言ではありませんね。

山本:それは全く言い過ぎです(笑)。ただ、海外赴任をしたことのない私が、大手200社位の日本企業と海外派遣社員の報酬をどうするかという議論を365日していた時代は、やりがいはありましたね。余談ですけど、その頃からずっと海外人事の研究をし続けておられるのが、早稲田大学の白木先生です。また、学習院大学の今野先生も当時そのような研究されていたのですよ。

倉重:付き合いがかなり長いですね。

山本:はい。人事の世界で、30歳そこそこで外の人と偉そうに話せるポジションができてしまったのです。それが楽しかったというか、やり甲斐の大きな要素だったことは間違いないですね。

倉重:私と一緒ではないですか。

山本:いやいや。さすがに先生とは呼ばれていませんでしたよ。でも、いろいろな人と会って話せる機会ができたこともあって、面白くなりました。30代前半から、専門雑誌にもたくさん記事を寄稿できるようになって、そこからズルズルと人事の世界に入っていったのです。でも、「人事は本当に自分に合っている」「この世界が好きなのだ」と気づいたのは、40過ぎてからだと思います。

倉重:10年近くたってからですか。

山本:そうです。「もう、このへんで腹を決めないとキャリアチェンジはないな」と思ったのは、40代前半くらいです。

倉重:10年ぐらいして初めて「これでやっていけるかどうか」が分かりますものね。

山本:そう考えると、今の若者はかわいそうではないですか。石の上に10年いたら、キャリアチェンジがもう手遅れになります。石の上に3年でも手遅れになる可能性が出てきました。そういう意味では、僕らは楽な時代にいたと思います。

倉重:「このキャリアで行こう!」って思っても、実際にそうなるかどうかは誰にも分からなくて、その時その時で、最適解を探していくしかないと思います。山本さんは、バブル崩壊、それから成果主義の失敗と言われる時期、その後の実感なき経済成長の時期において、いろいろな制度を作ってこられました。

今もジョブ型への変遷のようなところまで関わられています。最近では「日本型雇用は、メンバーシップ型からジョブ型に変わっていく」という議論が新聞をにぎわせております。こういったところを、今日は解説をいただきたいと思うわけです。

山本:よろしくお願いします。

■今さら聞けない「ジョブ型」と「メンバーシップ型」

倉重:今日は「今さら聞けないシリーズ」みたいな感じです。よく新聞で出てくるけれども、いまいち分からないという方も結構いると思うので。そもそもの出発点として、日本型雇用は「メンバーシップ型」だと言われますが、これは一体何かというところを、簡単にご解説をいただけますか。

山本:はい。まず前置きになりますけれども、僕がここ数年、この分野に興味を持ちだしたのは、上智大学の国際教養学部で非常勤教員を始めたことがきっかけの一つです。上智の国際教養学部は、学生の半分ぐらいがノンジャパニーズで、日本人学生の多くは帰国子女なのです。

倉重:では、英語で授業をされるのですか。

山本:そうです。ほとんど日本に住んだことがない日本人の学生もいるような学部で、帰国子女が半分と、残り半分は日本が好きな外国人です。この学生たちを相手にしていると、日本の会社の人事の説明が難しいのと同時に、彼ら・彼女らにとっても、日本の人事を理解するのがすごく難しいと感じます。

倉重:なんの先入観もなく、ピュアな感じで聞かれるのですね。

山本:そうです。実体験のない学生らは、見聞きする表面上の事象が疑問のトピックになります。「なぜ新卒一括採用なのですか」「なぜ年功序列、終身雇用なのですか」「なぜ自分で好きな仕事を選べないんですか」という具合です。

 もっとも彼らが興味を持つのは、採用のところになります。「なぜ自分たちがやりたいことを聞いてくれないのか?」「自分たちが何を勉強してきたか、学校の成績がどうかということは全然意識されず、パーソナリティーばかりを日本の企業は気にする。これはどうしてだろう?」という疑問を皆が持っています。

倉重:実はどれも根っこは同じ質問ですね。それに対して、どういうふうに回答をするのですか。

山本:日本での当たり前を、国内で生活した経験の少ない彼らに説明しようと思うと、すごく難しいのです。これらは、一つひとつの制度や事象では説明がつきません。メンバーシップ型は、終身雇用だけで語れるものでもなければ、職能資格制度だけでも語れるものでもないのです。

倉重:新卒一括採用だけで日本型雇用は語れないと。

山本:そうです。会社以外の労働市場、社会環境も含めて、全部セットで成り立っている社会システムなのです。僕自身も授業で彼らとやり取りしている間に、だんだんと理解が深まってきました。そうこうしている間に、今年、コロナ禍をきっかけに「ジョブ型だ」「メンバーシップ型だ」という議論が始まりました。どうも世の中の議論というのは、どこか一部だけを抜き出していたり、人事制度論になっていたりするところが強くて、違和感を覚えています。

倉重:なるほど。一般向けの回答で言うと、新卒一括採用、終身雇用、年功序列に代表される日本型雇用の特徴を基に、新卒で入った人がメンバーとなって広範囲の仕事で経験を積み上げていくようなシステムです、と説明するわけですかね。

山本:そうです。僕は学生を相手にしているから余計にそう思うのですが、個の議論の入口は、新卒で会社に入るタイミングです。このときの契約で決まります。日本人はあまり意識していませんが、雇用契約というものが存在するわけです。そこが根本的に違います。非常に前置きが長くなってしまいましたが、要は、メンバーシップ型は就社、ジョブ型は就職なのです。

倉重:「雇用契約を結ぶ」ではなく、「入社する」という言い方をしますものね。

山本:そうです。「就職」という言葉がよく使われる一方、就社という言葉は使われません。ここをちゃんとクリアにしていくべきだと思います。日本では、会社に所属する契約であって、ジョブと結婚する契約ではないのです。

倉重:就職と言うより、本来は就社と言うほうが結びつきますね。

山本:私は、「就社型」か「就職型」かという言い方をします。

倉重:「入社」という言葉を使うのは、日本と韓国ぐらいだと言われます。

山本:そうですね。どちらかというと、個人側のほうが、契約の概念がなく会社に入っているところが、一つの問題点だと思います。

倉重:日本の場合は、やはり「何の業務をするか」は契約に定められていないですものね。

山本:そうなのです。本来メンバーシップ型のメンバー規約である就業規則をきちんと見て、それでこの会社に入るかどうか決めたほうがいいと思うのですけど、就業規則も入ってからしか見ることができていません。あるいはずっと見ないままです。

倉重:そうですね。見たことがないという人もいるでしょう。

山本:倉重先生のほうがご専門ですけど、「業務命令だから」という言葉をよく使います。でも、「人事権とは何か」「業務命令とは何か」「何が許されて何が許されないか」を、お互いにあまり突き詰めて考えていなかったりするのです。

 例えば「君は、来月から福岡だ」と言われたときに、「嫌だ」と言って、それが通る人と通らない人がいたりします。

倉重:そうですね。日本の場合は、人事権というものは非常に強いですから。

山本:そうですね。それが「就社している」ということですよね。法律論に入ると倉重先生のご専門なのですが。日本の場合、クビにできるかできないかは、あまりクリアに書かれていません。プラクティスとして、会社が人事権を持っていて、業務命令でいろいろなことができる代わりに、雇用は保障するというのが基本としてある気がします。

倉重:「お前のキャリアを全部預けろ。その代わり、終身面倒を見てやる」というのがメンバーシップ型の基本的考えですね。

山本:それがメンバーシップ型ですよね。メンバーシップ型というのは、ゴルフクラブでもスポーツクラブでもいいのですけれども、メンバー規約が最初にあるわけです。先ほどの就業規則のように、メンバー全員に適用される同じ規程が存在していて、メンバーになるときに合意して入ります。だから、そのメンバー規程に従わなくてはいけない。

 ところが、ジョブ型というのはそうではなくて、ジョブごとに「私はこういう条件で、こういう仕事を責任もってやります」という契約をします。これは制度ではなく、組織、あるいはジョブポジションと人の関係性を個別に定義しているのです。

倉重:人の採用の仕方も全然違いますものね。ジョブ型であれば、足りないジョブの人員を補充するという概念ですし。

山本:そうです。メンバーシップ型の日本企業の場合は、一括採用で、入ってからどんな仕事が向いているのかを見極めて配属します。他の国のことを知らない人からは、「海外ではどうやって配属するか」みたいな質問が出るのですけど、真のジョブ型だったら配属という概念自体が存在しません。空いたジョブポジションへの契約ですから。

倉重:そもそもですね。もちろん外資系でも、ポテンシャル採用という枠はあるけれども、極めて少ないですものね。

山本:そうですね。かつ、そういうポジションも毎年契約の見直しがあったりします。とにかく海外や外資系企業では、個別契約の雇用条件も多様なものが存在します。

(つづく)

対談協力:山本紳也(やまもと しんや)

株式会社HRファーブラ代表 (元PwCパートナー)

上智大学 国際教養学部 非常勤教授

早稲田大学 国際教養学部 非常勤講師

IMD Learning Manager & Business Executive Coach

1985年慶応義塾大学理工学部卒業後、エプソンにてソフトウエアエンジニアとして従事後、イリノイ大学MBA修了。その後、約30年(内15年間PwC)に渡り組織人事コンサルタントとして活動。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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