重油流出事故の情報が発信されない理由を海上保安庁の中の人に聞いてみました
先日書いた重油流出に関する記事は、沢山の人に読んでいただいたようです。この記事を読んだ海上保安庁から、連絡があり、情報発信についての意見交換を行いました。良い機会だったので、海上保安庁の中の人にいろんな質問をしてみました。現状を理解する上で、重要な情報も得られたので、そちらについても紹介します。
情報公開について
海上保安庁の担当者には、情報発信をとにかく早くやってほしいとお願いしておきました。なぜ、海上保安庁で持っている情報を発信しないのか質問したところ、「ネットではなく、紙ベースで発信している」とのことでした。この日、紙資料をいただいたのですが、公開されているものなので、ネットに上げても問題ないと言うことだったのでアップします。せっかく資料があるのだから、海上保安庁のサイトにアップして、海上保安庁のツイッターアカウントでどんどん拡散したら良いのに!
国内の情報が少ないことから、「国とメディアが何かを隠している」という陰謀論がネットで飛び交っているようですが、そうではなさそうです。考えてみれば、日本政府には今回の事故の責任がないので、その影響を隠す動機がありません。隠しているのではなく、その情報を国民と共有する必要性が組織全体で共有されていないのでしょう(それはそれで残念ですが)。外国と連携した事故への対応や航空機での監視など、やるべき事はやっているのに、その情報が国民と共有できていないのは、実にもったいない。
日本ではタイムリーな情報発信ができないのは、役所の構造的な問題もありそうです。日本の国の仕組みは、選挙で選ばれた政治家が国の方向性を決めます。政治家が決めた方向に進むように、法律と前例に従って行動するのが役人の役目です。新しいことをやろうとおもうと、いろいろな手続きが必要になります。前例がない突発的な事象に、柔軟に対応するというのが、日本の官僚組織にとっては構造的に難しいのです。なので、こういう事態には、政治がイニシアチブをとって、情報発信を推進すべきと思います。
具体的に何をすべきか。まずは手持ちの情報をすべてオープンにするのが大事。何がわかっていて、何がわかっていないかを整理した上で、今後想定されるシナリオとその場合にどの様な対応をするかをまとめて、ネットに素早く発信して欲しいと切実に思います。
情報が無いことのストレスを甘く見てはいけません。電車が止まったときに、止まった理由と今後の見通しについてアナウンスがあれば、乗客は安心して待つことが出来ます。逆に、何のアナウンスもなければ、不安になるし、不満も高まります。事故が起こってしまったのは仕方が無いとしても、適切な情報発信によって、そのストレスを和らげることが出来ます。
すでに被害が顕在化している地域では、情報の不足が強いストレスの原因となっているはずです。一刻も早く、被害現場を中心に、情報共有を進めていただきたいです。
国民は国からの情報発信を待っていますよ!
# 誰かが悪意で情報を遮断しているのではなく、必要な情報をタイムリーに伝える仕組みが日本にはないというのが、問題の本質です。今後は、政治、行政、メディア、専門家、国民が連携して、必要な情報をタイムリーに伝える仕組みを作る必要があります。この記事が、そのためのヒントになれば幸いです。
コンデンセートについて
この事故の特長は、これまでに大量流出の経験が無いコンデンセートが13.6万トンも流出したことです。コンデンセートの流出事故としては、間違いなく過去最悪です。はじめてのことなので、どの様なことが起こるのかを正確に予測することは出来ません。天然ガスを取り出したときに生成される副産物のような位置づけですが、日本国内ではあまり利用されていないようです。国内でのコンデンセートのサンプルを入手が難しく、コンデンセートに詳しい人が余りいないようです。このような情報の不足が情報発信の遅れに繋がっているのかもしれません。わからないことがあっても、分かっている範囲で発信してほしいです。
正確な予測ができないからといって、どんなことでも起こりうるということではなく、ある程度の予測を立てることは出来ます。コンデンセートは水のなかで固まりません。そして、蒸発しやすい性質を持っています。重油のように長期間密度を保って存在し続けることができないのです。密度が低くなれば、それだけ生物などへの影響も減っていきます。
流出したコンデンセートの挙動については、中国政府、グリンピース、学術雑誌ネイチャーの記事は、短期間の内に蒸発して大気に行くという見立てです。最も情報をもっている中国政府は、コンデンセートのかなりの部分が燃焼しており、海洋に放出されたコンデンセートはすぐに蒸発すると考えているようです。彼らが懸念しているのは、コンデンセートに含まれる硫化水素やメルカプタンみたいですね。大量のコンデンセートが燃えたとすると、かなりの量の硫化水素などが大気中に放出された可能性があるので、モニタリングをする必要があると指摘しています。
一方で、コンデンセートは常温・常圧では液体なので、温度の低い冬の海で短期的に揮発するということに懐疑的な専門家もいます。水中にとどまった場合も、海流に乗って移動しながら、周囲に拡散していきます。水に含まれたコンデンセートは、いずれ微生物に分解されるでしょう。
海保から現場の状況について聞いたのですが、透明な油(おそらくコンデンセート)の流出は今も続いているそうです。ただ、流出量は最初よりは減ってきているそうです。現在の油膜の面積は1km×200mで、油膜が流れていく先から、目視できなくなっているといるそうです。これは密度の低下を意味するのですが、その原因が蒸発なのか、水中での希釈なのかは不明です。保安庁では中国船と連携して、表面の油付近を船で航行して、海水との混合を促しているそうです。これは海表面の薄い膜状の油の処理としては一般的な手法だそうです。コンデンセートは、発生地点ですでに密度が低い状態が維持できていること、事故が陸地から離れた外洋部であることを勘案すると、濃度を保ったまま大規模に移動することはなさそうです。
現状では状況は落ち着いているようですが、事故直後に流出したコンデンセートについては、不明点が多いです。中国だとリモートセンシングで大規模な汚染が見つかったという報告もあるようです。海保でも飛行機を飛ばしているけれども、油は発見できていないとのこと。コンデンセートは目視での確認が難しいという説もあるようですが、この辺りの矛盾をどう解釈するのか。不明点も多く、もやっとします。
なんにせよ、前例がない事故ですから、憶測ばかりになってしまいます。広範囲の海水のサンプル調査をやってほしいものです。事後の経過を継続的にモニタリングして、情報公開をしてほしいものです。
重油について
重油は水を弾いて、水中で大きな塊を形成します。重油は揮発性が低く、微生物による分解も難しいので、汚染が長期化します。今回、何人かと議論をしたのですが、ほとんどの人がコンデンセートよりも重油の影響を懸念していました。
重油は海保の資料だと2000トン。韓国政府発表だと1900トンとのことでした。このうち、どの程度が船外に流出したかは不明です。海保によると、黒い油が出たのは沈没初期のみ、それも時間の経過と共に見えなくなったということでした。重油の流出は初期に短期的に起こったと可能性があります。
重油については過去にも事故がありました。比較できるのはナホトカ号の事故でしょう。
海保資料によると、今回沈んだタンカーは、エンジンを動かすためにC重油が約2000トン積載されていました。全部流れてもナホトカの流出量の1/3というのは、最悪のケースを考える際の一つの目安になるでしょう。火災で沈んだために動力部の物理的損傷は少なく、大量の重油が船内に残っている可能性もあります。
奄美に流れて付いた油は、現在分析中ですが、外見からして重油だとおもわれます。移動ルートが英国の予測よりもだいぶん南寄りですが、あり得る話です。表面の海水は風の影響を受けやすく予測が難しいのです。海保は飛行機を飛ばして、付近の島への重油の流出を把握しようと努力しているのですが、流木等が流れて、波打ち際が黒い線のように見えるケースも多く、重油漂着の正確な把握は難しいそうです。
重油は今後も拡散していくかもしれませんが、遠くになればそれだけ漂着密度も減るはずです。また、重油流出が初期にまとめて起こったとすると、第一波がきたあとに、長期的に漂着が続くということはなさそうです。
以上、新しい情報も加えて、現状分析をしましたが、すべて私の個人的な見解ですので耳半分でお願いします。正確な情報は、もうすぐ出てくるであろう国の公式発表をお待ちください。
#1 「コンデンセートは水に溶けない」という御指摘を各方面から戴きました。コンデンセートは、水中のなかで拡散して固まりをつくらないのですがそれを「溶ける」と表現するのは化学的に正確ではありませんでした。ということで記述を一部変えました。
#2 2月8日に、海上保安庁がネットでも情報発信を開始したようです。公式ツイッターでも拡散されています。とても良いことだと思います。http://www.kaiho.mlit.go.jp/info/post-432.html