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4階級王者カネロ・アルバレスの次戦の相手は誰か―14連続初回KOボクサーも名乗り

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
カネロ・アルバレス(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

なぜ決まらない?

 「ボクシングの顔」と言われる存在となったミドル級&スーパーミドル級王者サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)の次戦が一向に発表されない。5月のメキシコの戦勝記念日「シンコ・デ・マヨ」そして9月のメキシコの独立記念日に合わせた興行は新型コロナウイルス感染症の拡大で開催が見送られた。米国では先陣を切ったトップランク社に続き、PBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)がイベントを再開。同じくカネロが所属するゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)が7月下旬に再開第1弾を行った。

 トップランク社とPBCが次々と今後のスケジュールを発表する中、GBPは試合のキャンセルも影響し、次回以降はまだ不透明。試合を中継するスポーツ映像ストリーミング配信のDAZNはコロナ禍によるスポーツイベントの軒並み中止で割を食っている状況。それがカネロの試合が締結に至らない最大の原因だろう。彼のライバルで第3戦が待望されるIBFミドル級王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)もDAZNと契約しているためリング登場のメドが立っていない。

 業を煮やしたGBPのボス、オスカー・デラホーヤ氏は「ボクシングにはカネロ・アルバレスが必要だ」とメディアに発言。ライバル・プロモーションがコロナ禍中断後、テレビの視聴件数で苦戦していることを指摘した。しかし同氏はカネロの試合が締結しないことに苛立っている様子もうかがえる。一方DAZNは2年前にカネロと交わした11試合の大型契約が重荷となっている印象さえしてくる。

WBCはトルコ人を指名

 カネロが現在保持するタイトルはミドル級のWBAスーパー王座、WBCフランチャイズ王座とスーパーミドル級のWBAレギュラー王座の3つ。先月、私はWBAの王座乱立を批判したが、カネロの地元メキシコに本部を置くWBCもカネロを通常のチャンピオンから新設したフランチャイズ王者へシフト。ファンやメディアから快く思われていない。

 そのWBCがマウリシオ・スライマン会長直々、カネロにスーパーミドル級王座決定戦出場をオーダーした。相手はアブニ・イルディリム(トルコ)。このタイトルはデビッド・ベナビデス(米)が保持していたが、8月14日の防衛戦で体重オーバーのためはく奪。試合は行われ、ベナビデスはTKO勝ちしたものの、“前王者”としてリングに上がらなければならなかった。

 空位の王座決定戦にいきなりミドル級王者のカネロが抜擢される理由はひとえにスターパワーのせい。ネット番組でスライマン会長はフランチャイズ王者の特権を述べ、その正当性をアピール。そしてイルディリムがなぜ指名されたのかをとうとうと解説した。かいつまんで理由を説明すると彼は前王者ベナビデスの指名挑戦者だったこと、これまで8人のランキングボクサーに勝っていること。そして私見だが、イルディリムはWBCのお膝元メキシコで以前、率先して試合を行い好感が持たれていることも列挙されると思う。

 しかしイルディリムはWBCスーパーミドル級1位を占めるものの、他の主要4団体ではノーランキング。カネロの相手を務めるには力不足だと言わざるを得ない。ところが最近、PBCの試合を中継する有料チャンネルのショータイムがカネロvsイルディリムの中継に関心を示していると伝えられた。ニュースソースがイルディリムがホームリングとするドイツだけに鵜呑みにはできないが、米国でも話題となっている。だがDAZNがカネロが他局に出場することを易々と容認するはずはなく、WBCの通達とはいえ、DAZNもデラホーヤ氏もイルディリムはスルーしたい男に変わりない。

本命は英国のスミス

 では誰が今カネロの対戦相手に相応しいかといえば、WBAスーパーミドル級スーパー王者カリム・スミス(英=30歳)に白羽の矢が立つ。身長188センチを誇るスミスは英国で有名なボクシング一家の出身。兄たち3人も著名ボクサーだ。本人はもちろん、DAZN・USAの牽引者エディ・ハーン・プロモーターがイチ押しの選手。GBPも以前からオファーを送っている。その額は500万ドル(約5億3000万円)といわれる。

 交渉が成立しないのはスミスがその金額に不満を示しているからである。もし試合が締結すればカネロの報酬は6倍以上の3300万ドル(約35億円)といわれるだけにスミスは“スーパー”王者のプライドが許さない。だがコロナ危機の状況下では増額は難しい。そしてスミスは米国のファンの間で名前が浸透しているとは言い難い。ゴロフキンが年月を費やしてカネロとのライバル対決に駒を進めた努力がスミスにも求められる。

最新の防衛戦で同じ英国のジョン・ライダー(右)を下したスミス(写真:Dave Thompson)
最新の防衛戦で同じ英国のジョン・ライダー(右)を下したスミス(写真:Dave Thompson)

 ファンがカネロとのファイトを熱望する選手には先に触れたベナビデスもいる。身長187センチ、リーチ196センチと圧倒的なフィジカルを誇るメキシコ系米国人は23歳の年齢がフレッシュで売り物の一つ。ベナビデスに比べるとカネロも“ベテラン”と位置づけられる。しかし今回の体重オーバーで大きく株を下げてしまった。PBC傘下ということも関係し、カネロの相手に抜擢されるのはまだ先のことになるだろう。

チャーロそして村田……

 ミドル級ではゴロフキンを除くとWBC正規王者ジャモール・チャーロ(米)が「カネロにとって理想的な相手」(DAZNのコメンテーター、元ミドル級ランカーのセルジオ・モーラ)という意見がある。「理想的な相手」は「危険な相手」とも言い換えられる。そもそもカネロがフランチャイズ王者にシフトしたのはチャーロとの指名試合を回避する背景と目的があったからなのだ。

 そこにWBA正規王者の村田諒太(帝拳)が加わる。WBAスーパー王者のカネロとは同じ団体内の統一戦となる。設定条件は申し分ない。同じく噂に上るゴロフキンとの一戦よりもカネロの方が可能性が高くなりつつあるのではないだろうか。両者とも1試合はさんで来年対決という構想が予測できる。最近スポーツ紙のインタビューで村田は「いつ試合が決まってもいいように準備だけは続ける」と胸中を明かす。

 そのカネロvs村田はスーパーミドル級のタイトルマッチになるのではと憶測される。カネロは2冠を保持するミドル級よりも168ポンドクラス(スーパーミドル級)に執心する姿勢をうかがわせる。昨年セルゲイ・コバレフ(ロシア)を倒してライトヘビー級まで制したカネロは獲得したWBO王座を返上。再びナチュラルウエートに戻ってキャリアを進める気配だ。

カネロはスーパーウェルター級王者時代カリムの兄リアム・スミス(左)を倒している(写真:GBP)
カネロはスーパーウェルター級王者時代カリムの兄リアム・スミス(左)を倒している(写真:GBP)

マイク・タイソン&バレロの再来?

 スミス、ベナビデスにWBO王者のビリー・ジョー・サンダース(英)という曲者も君臨するスーパーミドル級にすい星のごとく出現した逸材がいる。エドガー・ベルランガ(23歳)だ。本人も周囲もプエルトリコ出身を強調するが、ニューヨーク・ブルックリンで生まれ育った。話題沸騰なのはそのパンチャーぶり。7月21日ラスベガスのトップランク社のイベントでエリック・ムーン(米)に初回1分2秒TKO勝ちした試合でプロデビュー以来の連続初回KO勝利が14に達した。

 確かにこれまでの対戦者の中に強敵はいない。それでも7戦目でストップしたハイメ・バルボサ(コスタリカ)や13戦目で倒したセサール・ヌニェス(スペイン)そして今回のムーンはなかなか骨のある相手だ。すでに地元ニューヨークのマジソンスクエアガーデンにも登場し、徐々に知名度を広げている。主武器は右強打だが、左右両方の拳にパワーを秘める。KOシーンは同じブルックリン出身の元ヘビー級統一王者マイク・タイソンの台頭時を彷彿させる。

 辛口のメディアの中には「2ラウンド目に入ったら別人のようになるかもしれない」とツッコむところもある。だが今は数字がどこまで伸びるかが注目の的。日本のファンには27勝27KO無敗のレコードを残して非業の死を遂げた元WBAスーパーフェザー級&WBCライト級王者エドウィン・バレロ(ベネズエラ)が頭に浮かぶかもしれない。バレロのデビュー以来の初回連続KO勝ちは18。バレロが逝ってから10年が経過。久々に記録にチャレンジするボクサーが現れた。(連続初回KO勝ちの記録はイエメンのアリ・ライミが持つ21)

1年半でカネロを倒す!

 さて、カネロの次戦が決定しない中、「私は熱狂的なカネロのファン。現役最強ボクサーとしてリスペクトしている」と語るのがベルランガ。そして「18ヵ月(1年半)の間に彼に挑戦し勝つ準備をしている」とソーシャルメディアで発信した。

 これをただの大言壮語と片付けるのは簡単だ。これを知ってカネロは鼻で笑っているだろう。だがベルランガは自身を奮い立たせる意味でそう広言したに違いない。カネロがスーパーミドル級を主戦場にする可能性が高くなり、速決マシーン、ベルランガの存在が一段と浮かび上がることになった。今後1階級上のライトヘビー級に活路を開く選択肢もあるベルランガ。同級へ再び侵攻する可能性も少なくないカネロとは早くもラテンボクシングのスタンダード、メキシコvsプエルトリコ対決を期待させる雰囲気が感じられる。

 記録への関心が高まる一方で23歳のプロスペクトは「より多くのラウンドを経験したいし、私は向上させるべきものがある。このスポーツの中でまだ新人だし、今は168ポンドの猛者たちを相手に戦う準備をすることに専念している」と打ち明ける。コロナ感染の影響でボクシング興行も停滞を余儀なくされる。それでもベルランガが1年半後どれだけ力を蓄え、どんなポジションを占めているか想像するだけでも胸がときめく。

初回連続KO勝ちを14に伸ばしたベルランガ。名トレーナー、アンドレ・ロジール(右から2人目)の下で力を磨く(写真:Mikey Williams/Top Rank)
初回連続KO勝ちを14に伸ばしたベルランガ。名トレーナー、アンドレ・ロジール(右から2人目)の下で力を磨く(写真:Mikey Williams/Top Rank)
ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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