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カンヌ映画祭:「ウーマン・イン・モーション」ケイト・ブランシェット、ミシェル・ヨーの名言と新しい風

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
2023年5月20日カンヌのレッドカーペットを歩くケイト・ブランシェット。(写真:REX/アフロ)

今年のカンヌ国際映画祭では、役所広司さんが最優秀主演男優賞、坂元裕二さんが最優秀脚本賞に選ばれるという、日本人としてはとても嬉しいニュースが聞かれました。

最高賞の「パルムドール」を獲得したのは、『Anatomy d’une chute (Anatomy of a Fall)』。フランス人女性監督Justine Triet(ジュスティヌ・トゥリエ)さんの作品でした。カンヌ国際映画祭は今年で76回を数えますが、過去に女性監督が「パルムドール」を受賞したのはたった2回。今回が3度目という快挙でした。

「パルムドール」を手にしたジュスティヌ・トゥリエ。彼女の後ろにはプレゼンターのジェーン・フォンダがいる。
「パルムドール」を手にしたジュスティヌ・トゥリエ。彼女の後ろにはプレゼンターのジェーン・フォンダがいる。写真:ロイター/アフロ

カンヌ国際映画祭というと、レッドカーペットでフラッシュを浴びるスターたちの華やかなシーンが連想されますが、カンヌ市内の10数カ所で毎日朝から晩まで、世界中から集まった新作映画が上映されます。鳴り物入りのハリウッド作品あり、自主制作あり。とにかく町中が映画祭一色に染まります。

メイン会場となる「パレ・デ・フェスティヴァル・エ・デ・コングレ」には、上映会を待つ人々の列が長く続いている。今年の映画祭のポスターの顔はカトリーヌ・ドヌーヴ。(写真:筆者撮影)
メイン会場となる「パレ・デ・フェスティヴァル・エ・デ・コングレ」には、上映会を待つ人々の列が長く続いている。今年の映画祭のポスターの顔はカトリーヌ・ドヌーヴ。(写真:筆者撮影)

期間中、スペシャルイベントとして「Women In Motion(ウーマン・イン・モーション)」が開催されました。これは、映画祭のオフィシャルパートナーである「Kering(ケリング)」が、女性の活躍の場を提供し、才能のある女性を讃えることを意図して2015年に立ち上げたもの。毎年トークイベント、そしてカンヌ国際映画祭と共催でアワードの授賞式を開催しています。

「ウーマン・イン・モーション」アワードを手にしたミシェル・ヨー。隣は今年からカンヌ映画祭のプレジデントに女性として初めて就任したイリス・ノブロック。(写真:Getty Image)
「ウーマン・イン・モーション」アワードを手にしたミシェル・ヨー。隣は今年からカンヌ映画祭のプレジデントに女性として初めて就任したイリス・ノブロック。(写真:Getty Image)

「ケリング」といえば、グッチ、サンローラン、ボッデガ・ヴェネタ、ブシュロンなどを傘下に抱えるグローバルラグジュアリーグループ。フランスでは、ラグジュアリーブランドが経済面でも、文化的にも目覚ましい活動を展開しており、「ケリング」はその一翼を担っています。ちなみに、以前ご紹介したパリの新しい美術館「ブルス・ドゥ・コメルス ピノー・コレクション」は、「ケリング」を創業したピノーファミリーのコレクションが元になったものです。

「ウーマン・イン・モーション」と、タイトルにあえて「女性」を謳うことの意義。それは、「パルムドール」に女性監督作品が選ばれたのが76回中3回ということからも明らかでしょう。この世界では女性の活躍の場がまだまだ少ないのです。

今年のアワードは、ミシェル・ヨーさんに授与されましたが、有色人種女性として2人目、アジア人女性として初めてのアカデミー主演女優賞に60歳で輝いたことも記憶に新しいのではないでしょうか。

カンヌのレッドカーペットでパートナーのジャン・トッドと共にフラッシュを浴びるミシェル・ヨー。
カンヌのレッドカーペットでパートナーのジャン・トッドと共にフラッシュを浴びるミシェル・ヨー。写真:ロイター/アフロ

「女性のみなさん、全盛期が過ぎたなんて誰にも言わせてはいけません」

「私のような外見の少年少女の皆さん、この受賞はあなたたちに希望と可能性を示す光です」

アカデミー賞受賞時の彼女のスピーチは、女性という立場だけでなく、人種、年齢という問題も含んだダイバーシティー(多様性)への新しい扉を開くメッセージとして象徴的です。

今年の「ウーマン・イン・モーション」で、私はこの彼女をはじめ、ケイト・ブランシェット、リリー・グラッドストーンという夢のような豪華な顔ぶれのトークを直に聴く幸運に恵まれましたので、心に響いた彼女らの名言をみなさんにお届けしたいと思います。

トークイベントの会場となった「ホテル・バリエール・ル・マジェスティック・カンヌ」のスイートルームからの眺め。あいにくの雨模様だったが、かの有名なレッドカーペットが鮮やかだ。(写真:筆者撮影)
トークイベントの会場となった「ホテル・バリエール・ル・マジェスティック・カンヌ」のスイートルームからの眺め。あいにくの雨模様だったが、かの有名なレッドカーペットが鮮やかだ。(写真:筆者撮影)

「映画界の“女性について”のインタビューが必要なくなる日が来ることを楽しみにしています」 (ケイト・ブランシェット)

コラボレートしている映画プロデューサー、ココ・フランチーニと共にトークイベントに登場したケイト・ブランシェット。(写真:筆者撮影)
コラボレートしている映画プロデューサー、ココ・フランチーニと共にトークイベントに登場したケイト・ブランシェット。(写真:筆者撮影)

ケイト・ブランシェット

1969年オーストラリア・メルボルン生まれ

『エリザベス』(1998年公開)でゴールデングローブ賞主演女優賞受賞。『ブルージャスミン』(2013年公開 ウッディ・アレン監督作品)でゴールデングローブ賞主演女優賞、アカデミー主演女優賞受賞他、受賞多数。3男1女の母。夫のアンドリュー・アプトンは劇作家。夫妻一緒にシドニーの劇団の監督を務めたり、プロデューサーとしても活動をしている。

主演としてだけでなく、制作にも携わったドラマ『ミセス・アメリカ~時代に挑んだ女たち~』について、彼女はこう語ります。 

ある日、テーブルを囲んで、リストを作ろうということになったのです。そうしたら息つく暇もなく、いきなり17人の女性監督のリストができあがったのです。彼女たちは皆、完璧な資格を持ち、有能で、インスピレーションを与えてくれる人たちばかりでした。

あの番組を作っている女性たちは、自分たちのベストを尽くそうと思っていて、それがいかに簡単で、業界がいかに怠慢で、無視してきたか、それによって不利益を被ってきたかに気づいたんです。

「多様性は最重要課題」だとケイトは明言します。

多様な視点、つまり、性別や性的指向、文化の多様性、感情の多様性だけでなく、世代的な多様性も重要なのです。そうすれば、仕事は本当にエキサイティングなものになります。

私は大きな変化を実感しています。私が女優として映画界に入った頃よりも、より多くのことが起こっていると感じています。

映画界の女性についてのインタビューが必要なくなる日が来ることを楽しみにしています。そうなれば、それ(性別差別)は問題ではなくなるのです。

女優として超一流というだけでなく、さまざまな活動経験からくる豊かな人間性が、彼女の言葉のはしばしから伝わってくる。(写真:Getty Imgae)
女優として超一流というだけでなく、さまざまな活動経験からくる豊かな人間性が、彼女の言葉のはしばしから伝わってくる。(写真:Getty Imgae)

私たちはいつも、お金について話してはいけないと言います。でも、なぜお金の話をしないのでしょう?私たちは、プロセスにおける他のすべての側面について、あるいは私たちが期待されていることについて話しています。私は、そうしたことがすべて透明であればあるほどいいと思います。お金がどのように流れているのか、どこに流れる必要があるのか、どこにまだ流れていないのかを知ることができるようになるのです。

華やかなスポットライトを浴びる女優のイメージが強いケイトですが、4人の子を持つ母親で庭仕事も大好き。さらに夫と共にプロデューサー業をするなど、映画制作の最初からプロモーションに至るまで、裏方としての難しさもよく知っている人ならではの言葉です。

「私が成功すれば、あなたも成功する」 (ミシェル・ヨー)

トークイベントでのミシェル・ヨー。(写真:筆者撮影)
トークイベントでのミシェル・ヨー。(写真:筆者撮影)

ミシェル・ヨー

1962年マレーシア・イポー生まれ

15歳でロンドンにバレエ留学。21歳でミス・マレーシア。香港映画界で活躍した後、1997年ハリウッドに進出。『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』でボンドガールに。『グリーン・デスティニー』『SAYURI』『クレイジー・リッチ』など、アクション、コメディ、文芸映画と幅広い活躍を展開し、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』でゴールデングローブ賞主演女優賞、アカデミー主演女優賞受賞。2004年からは、フェラーリCEO、国際自動車連盟会長を歴任したフランス人男性ジャン・トッド氏がパートナー。

女性には、より多く向き合わなければならない問題があるとしばしば感じます。”家族を持たなければ、「真の」女性とは呼べない”、とか、”時間は刻々と過ぎている”とか。仕事に集中しすぎたらどうなるんだろう、とか。老年医学の話をされたりすると本当に嫌です。”30過ぎの妊娠なら…”とか。このようなことすべて、つまり不必要なプレッシャーが私たちにかかるというのは、とても恐ろしいことなんです。

ここ数年、業界で見た最大の変化とは? という質問に答えて、ミシェルもまた「多様性」と明言しました。

私が理解できないのは、なぜ私たちが「マイノリティ」なのか、ということです。なぜその言葉自体が存在するのか?

そろそろ文化に対する理解を共有する必要がある。私たちには幸運にもそうしたことが起こったのです。突然扉がオープンしたのです。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』では、まさにガラスの天井をカンフーで突き破った感じです。

待ち構えたジャーナリストやカメラマンたちにも気さくに対応してくれたミシェル・ヨー。(写真:筆者撮影)
待ち構えたジャーナリストやカメラマンたちにも気さくに対応してくれたミシェル・ヨー。(写真:筆者撮影)

私たちは境界線を壊した。壁を壊したのです。なぜ?と聞かれたら、なぜやらないの?と答えます。あなたがやらないなら、他の人がやるのを待つことになる。それは逃げです。そうですよね。私たちは立ち上がるべきです。もしあなたが信じているのなら、本当にそうすべきなのだと信じているのなら。なぜあなたは前に出て、それをやらないのですか?

私が受賞したあの日、世界の片隅から聞こえてきた歓喜の声は、耳を傾け、認識されるべき声でした。そしてゆっくりではあるけれど少しずつ変化は起きて、今回の出来事が扉を押し開き、「私たちはどこにも行かないし、この扉が私の後ろで閉まることはありません」となったのです。

過去を振り返ると、役の数は限られていて、それらの役をめぐって競争を強いられました。もし、あなたがこの仕事に就いたら、私はこの仕事に就けない。つまり、私かあなたのどちらか。でも今、私たちが変えなければならないのは、私が成功すれば、あなたも成功する、という考え方です。そして、一緒により大きな成功を収め、より多くの習慣を作っていきましょう。

40年のキャリアを経て、ハリウッドのトップに上り詰めた彼女。60歳でますます生き生きと輝く女性の姿は、私たち日本人にとっても希望の光です。

「ネズ・パース民族の家族が、どれほど興奮してくれているかを知るのは、私にとってとても素晴らしいことです」 (リリー・グラッドストーン)

トークイベント会場に登場したリリー・グラッドストーン。(写真:Getty Image)
トークイベント会場に登場したリリー・グラッドストーン。(写真:Getty Image)

リリー・グラッドストーン

1986年アメリカ・モンタナ州ブローニング生まれ

ネイティブ・アメリカンの血をひく。

2012年から俳優として活動。『Certain Women(邦題/ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択)』(2016年公開)により、アメリカ各地の映画賞(助演女優賞)を受賞。

彼女は今回初めてレッドカーペットを歩きました。しかもマーティン・スコセッシ、レオナルド・ディカプリオ、ロバート・デニーロという映画界の大スターたちと肩を並べてです。

というのも、2023年10月公開予定の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン(Killers of the Flower Moon)』(マーティン・スコセッシ監督作品)で、レオナルド・ディカプリオの妻役に大抜擢され、実在したネイティブ・アメリカンの女性を演じたのです。トークイベントはこの映画のプルミエ上映の数時間前に行われました。

トークイベントでのリリー・グラッドストーン。(写真: Getty Image)
トークイベントでのリリー・グラッドストーン。(写真: Getty Image)

映画は、デヴィッド・グランの同名の著書をもとにしたもの。1920年代、石油の富で豊かになっていたネイティブ・アメリカンのオーセージの人々が次々と殺されてゆく史実がテーマになっています。

彼女自身がネイティブ・アメリカンの血を引いていますが、この史実については家族から聞かされて育ったようで、撮影中にも、自分の祖母の気配を感じるようなことがあったのだとか。この役を演じることになったのは魔法の力に導かれたかのよう、とも語ります。

スコセッシ監督作品で、ディカプリオ、デニーロと共演することになった時の気持ちを尋ねられると、彼女は「アンナプルナ山を見て、(よし、あれに登らなくちゃ)と思うような感じだった」と語ります。

ヒマラヤ山脈の8000メートル級の山、アンナプルナ。ディカプリオ、デニーロとの最初の頃のテイクでは手が震えていたけれど、高山病を克服するように、次第にその震えも出なくなったと言います。

こんな大物たちと仕事をするとき、最も新鮮に感じられるのは、彼らも人間で、そして素晴らしいアーティストであるということなのです。彼らは非常に繊細な語り手で、シーンの真実味を追求し、人間関係の信憑性にこだわっているのです。

ある時点で、私たちは皆、行動しているうちに分かってくるものなのだと理解しました。どんなにキャリアが長くても、どんなに実績があっても、どのプロジェクトでも、どのキャラクターでも、常にゼロからスタートするのです。もしそうでないなら、おそらく正しいやり方ではないのでしょう。

大物たちの仕事ぶり、クリエイティビティーに感銘を受けつつ、彼女自身もどんどん自分を高みへと引き上げていったことでしょう。

トークイベントでのリリー・グラッドストーン。(写真: 筆者撮影)
トークイベントでのリリー・グラッドストーン。(写真: 筆者撮影)

この映画が彼女のキャリアにどんな意味をもち、世界に発信され、長い賞レースシーズンが待っていることについてどう考えるか、という問いに対する答えは次のとおりです。

アンナプルナに登るときの例えになりますが、一歩一歩、ゆっくりと高度に適応していきます。

現時点では、この場にいられること、していることすべてにただただ感謝しています。何であれ今得ている注目は私の富の捉え方、アプローチの仕方と同じ、ということです。それは共有するもの。ため込むものではありません。自慢するものでもなく。水と同じで、池に滞留していると淀んでしまう。流れ続けなければならないし、もっと大きな世界とつながり続けなければいけません。

自分のコミュニティ、ブラックフィートネイションの特定のコミュニティ、ネズ・パース民族の家族が、どれほど興奮してくれているかを知るのは、私にとってとても素晴らしいことです。

どれだけの人のサポートがあって、どれだけの人が興奮しているのでしょうか?この瞬間に、このレベルで、このステージで。私だけのものではないので、なんとかなりそうな気がしています。

彼女自身がどんどん昇華していったことは、このカンヌの数時間でも感じられます。トークイベントで白いスーツに身を包み、思慮深げに言葉を紡いでいた女性が、レッドカーペットの上、さらに上映後の喝采の中と時間が経つにつれて、明らかに輝きを増していきました。

レッドカーペットを歩くリリー・グラッドストーン。彼女の右にレオナルド・ディカプリオ、左にはマーティン・スコセッシ監督、その横にはロバート・デニーロがいる。
レッドカーペットを歩くリリー・グラッドストーン。彼女の右にレオナルド・ディカプリオ、左にはマーティン・スコセッシ監督、その横にはロバート・デニーロがいる。写真:ロイター/アフロ

とかく露出の多いセクシーなドレスが多いレッドカーペットですが、彼女の衣装は胸元をきっちり覆った、どこかエキゾチックでとてもグラフィックなドレス。上質な生地が見てとれ、ファッショナブルであると同時に、ネイティブ・アメリカンという出自が作り出す彼女の独特の個性とピッタリとマッチしていて、彼女でなくては出せない雰囲気を醸し出していました。

「先住民として初のオスカーの期待」と、気の早いフランスのメディアの見出しもあながち…、と思わせるものあり。多様性がことに重要視されている今だからこそ、彼女の存在価値が光ります。

この映画でのリリー・グラッドストーンの登場は、映画界のみならず、現代社会にとって、また新しい扉を開くことになるでしょう。

フォトコールに応えるリリー・グラッドストーン(中央)。
フォトコールに応えるリリー・グラッドストーン(中央)。写真:ロイター/アフロ

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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