政治献金と賄賂
■はじめに
まず、賄賂とは、公務員の「職務に関する」不法な報酬のことです。公務員の職務に関するものでなければ賄賂とは言えません。「自らの職務行為の見返りとしての報酬」という意味が必要で、これを公務員の職務行為と賄賂の「対価関係」と言います。そして、その公務員の行為が、少なくともその職務に関して行われた公的な行為と認められるならば、その行為が正当な職務行為であろうと不正行為であろうと、これに対する報酬は賄賂となります。
この職務行為との対価性について実際に問題となるのが、中元や歳暮などの社交儀礼と政治献金です。
■中元・歳暮などの社交儀礼と賄賂
公務員も一般の市民と同じように、中元や歳暮などを受け取ることはあります。また、相手が公務員であっても、職業とは離れてお世話になったときに、特別にお礼をしたりすることもあります。このような場合、その金品がその人の公務員としての職務とは無関係ならば、つまり、「対価関係」にないならば、それは(倫理的な問題は別として)「賄賂」とは言えません。
しかし、反対に、対価関係が認められるならば、たとえ中元や歳暮といった名目であろうと、それは賄賂と認定されることも当然です。
このように、問題は、社交儀礼か賄賂かではなく、その金品と公務員の職務との間に「対価関係」が成立するかどうかなのです。
なお、「職務」の意味や範囲については、判例はかなり広く解釈しています。本来は、その公務員が法令に基づいて担当している行為ということになりますが、刑法が賄賂罪を設けた趣旨は、公務員の職務が公正に行われることを確保するためと、さらに公務員という職業に対する国民の信頼を得るためであるという点を考えますと、「職務」を広くとらえ、公務員の公正さを疑わせるような行為も処罰する必要性は肯定できるでしょう。
判例では、たとえば上司の職務を補助する場合や権限のある部下を指揮する場合、あるいは命ぜられた他の局課の事務を処理する場合などに不当な報酬を受け取れば、「職務に関して」賄賂を受け取ったとされています。
さらに、法令で明記された職務権限以外の行為であっても、その行為と密接に関連する行為に対して職務権限を背景に事実上の影響力を行使し、その見返りとして金品を受け取った場合にも、そのような「職務密接関連行為」と「金品」の対価性を認めて収賄罪が認められています。たとえば、大学設置諮問委員会の委員である者が中間審査結果を正式通知前に知らせてやったという事案について、秘密を守ることは本来の職務に伴う義務であるから、秘密を漏らすことは職務と密接に関係する行為であるとした判例があります。
■政治献金と賄賂
「政治献金」という言葉は、実は法律用語ではありませんが、一般には、政治家個人やその後援会、政党等の団体に対してその政治活動のためになされる寄付という意味で使われています。
これが問題となるのは、賄賂を受け取ったという疑惑の本人から、「その金は政治献金として受領したので、賄賂ではない」との主張がなされることがあるからです。確かに、なんらの見返りを期待せず、つまり相手の職務との対価性がなく、その政治家の政治的手腕や人格、識見を信頼して、その一般的な政治活動を支援するために寄付するということはあるでしょう。しかし、それと賄賂との区別はかなり微妙です。社交儀礼と同じように、具体的な事案に応じて、その報酬の意味、金額、人的関係、金の流れなどを検討して、対価性を判断することになります。そして、対価性が肯定されると、いくらそれを「政治献金」と呼んでも、賄賂性は肯定されることになります。
なお、政治資金規制法に基づく所定の届出がなされていない政治献金は違法ですが、これと職務行為との「対価関係」が認められなければ「賄賂」とはなりません。しかし、反対に、たとえ同法に基づく所定の届出がなされている政治献金であったも、その公務員たる政治家の職務に関する行為と対価関係にあるものであれば、それは「賄賂」となるのは当然です。
■政治献金とあっせん利得処罰法
あっせん利得処罰法では、選挙で選ばれた政治家(と国会議員の秘書)が、契約や行政処分などに関して、具体的な依頼を受けて、その政治家の権限に基づく影響力を行使して、担当公務員に口利きをすることに対する報酬を受け取る行為が処罰されます。
Q 政治家が代表をつとめる政治団体があっせん行為の報酬を受け取った場合は?
その政治家の後援団体やその者が代表者を務める資金管理団体、政党支部等の政治団体であっても、その報酬に対して本人が事実上の支配力、実質的処分権を有するものと証拠によって認定できる場合には、本人が受け取ったものとして、あっせん利得罪が成立する可能性があります。
Q 政治団体に対して寄付がなされ、政治資金規正法上の届出をした場合は?
政治団体が受け取った利益については、(1)当該利益を政治家本人や秘書が受け取ったと言えるのかどうか(本人性)と、(2)当該利益があっせん行為の報酬かどうか(対価性)が問題になります。
政治団体は、その政治家にとっては第三者ですが、上で述べましたように、外形的には政治団体が寄付を受け取ったとされる場合であっても、当該寄付に対してその政治家が事実上の支配力等を持っているものと認定できる場合には、本人が収受したものということができます。
また、当該寄付があっせん行為についての報酬として認められるならば、それについて政治資金規正法に従った届出を行ったとしても、あっせん利得罪による処罰の対象となると考えられます。(了)