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将棋藤井四段、王将戦で敗れる!中学生タイトル獲得に黄信号

松本博文将棋ライター
6月26日、関西将棋会館で対局する藤井聡太四段

「藤井四段は中学生のうちにタイトルが取れると思いますか?」

 藤井聡太四段が連勝街道を突き進んでいた時、藤井四段を追いかけるマスメディアの方たちから、筆者はよく尋ねられました。藤井四段は7月19日に誕生日を迎え、現在15歳になったばかり。まだ、中学3年生です。

「藤井四段が中学生のうちに、タイトルを取れるかどうかはもちろん、注目されるところです。取れるかもしれないですし、取れないかもしれません。そのどちらかだと思います」

 筆者はきっぱりと、そう答えることがありました。堂々と言っているわりには、何も答えていない。将棋界ではいくつか、そういう「言い回し」があります。

 将棋界では現在、竜王、名人、王位、王座、棋王、王将、棋聖に、新たに叡王(えいおう)を加えて、全部で8つのタイトル戦があります。それらの棋戦を勝ち抜いてタイトルを獲得すれば、トップクラスの棋士の一人とみなされます。

 1990年、早熟の英才である屋敷伸之五段(現九段)は、棋聖戦五番勝負で中原誠棋聖を破り、18歳6か月で、棋聖位を獲得しました。これが現在も燦然と輝く、史上最年少でのタイトル獲得記録です。

史上最年少でタイトルを獲得した、屋敷伸之現九段
史上最年少でタイトルを獲得した、屋敷伸之現九段

 それに続くのは、羽生善治六段(現王位・王座・棋聖)の19歳での竜王位獲得。

数多くのタイトルを獲得してきた羽生善治現三冠
数多くのタイトルを獲得してきた羽生善治現三冠

 いずれにせよ、これらは大変な記録です。

 藤井四段は現在、将棋界における、数々の最年少記録を塗り替えつつあります。その中でも、どれだけ早くタイトルを取ることができるのかは、多くの人にとっての関心事です。

「屋敷九段の18歳の記録を破ることは、まず確実。中学生でのタイトル獲得も夢ではないでしょう」

 藤井四段の連勝中には、応援するファンの間からだけではなく、藤井四段の実力を高く評価する棋士からも、そうした声が聞かれました。

 今年度、藤井四段がいちばん早くタイトルを獲得できる可能性があったのは、秋から冬にかけて七番勝負がおこなわれる、竜王戦です。藤井四段は一番下のクラスである6組で優勝し、決勝トーナメントにまで勝ち進みました。しかし7月2日、そこで、佐々木勇気五段(現六段)に敗れます。29連勝という大記録がついにストップするとともに、竜王獲得の可能性も、ここで絶たれました。

 新たにタイトル戦となった叡王戦は、頂点を決める七番勝負が、来年3月から5月におこなわれるようです。となれば、これは来年度にまでまたがる可能性が高そうです。

 藤井四段が中学生でいる間、すなわち今年度中にタイトル獲得の可能性が残されていたのは、王将戦と棋王戦の2つでした。

 そのうちの1つ、王将戦の対局が、8月4日(金)、大阪の関西将棋会館においておこなわれました。一次予選の決勝という重要な一番で藤井四段が対戦したのは、菅井竜也(すがい・たつや)七段です。

菅井竜也七段
菅井竜也七段

若手強豪、菅井七段との対戦

 菅井七段は、現在25歳。関西の若手棋士の代表格であり、振り飛車という戦法の、傑出した研究家としても知られています。順位戦はB級1組。棋界トップ10のA級まで、あと一歩というクラスに所属しています。

「藤井さんは、菅井七段に勝つと思いますか?」

 筆者はマスコミの方たちから、そうも尋ねられました。

「勝つかもしれないし、負けるかもしれませんね。そのどちらかでしょう」

 やっぱり何も答えていないに等しいですが、正直なところ、多くの関係者が、そう考えていたのではないでしょうか。

 藤井四段のデビュー以来の通算勝率は、勝率0.944(34勝2敗)。依然、夢のようなハイアベレージです。

 しかし、菅井七段もまた、おそろしく強い。それを端的に示しているのは、0.732(246勝90敗)という通算勝率です。これは通算300局以上指している、つまりは藤井四段のように、まだ対局数の少ない棋士をのぞく中では、最高の勝率です。

 通算300局以上で、菅井七段に次ぐ高率は誰かと見てみれば、0.715(1375勝548敗)の羽生善治三冠です。そのデータだけを取り上げてみても、菅井七段がどれほど強いかがわかると思われます。

 菅井七段は現在、王位戦七番勝負で、羽生善治王位に挑戦中です。菅井七段の特徴は、どれだけ強い相手に対しても、早指しのスタイルを崩さないところ。王位戦第2局では最強の王者を相手にして、誰も見たことのないような序盤作戦を見せ、多くの人を驚かせました。そして勝負どころでも早指しで強気に攻め続け、持ち時間を多く残して、完勝。これで菅井七段の2連勝となり、初タイトル獲得に、大きく近づいています。

 菅井七段-藤井四段戦は、関西将棋会館の「御上段(おんじょうだん)の間」でおこなわれました。対局開始前に、先後を決める振り駒がおこなわれます。その結果、菅井七段が先手で指すことが決まりました。将棋では、わずかに先手番が有利とされています。ちなみに過去2回の藤井四段の敗戦は、いずれも藤井四段が後手番でした。

 序盤から細かい駆け引きがあった後、菅井七段は飛車を中央に据える、「中飛車」の作戦を取りました。そして、右隅に穴を作って、そこに玉を入る、「穴熊」(あなぐま)という囲いを採用しています。

 王将戦は持ち時間3時間。途中で昼食休憩がはさまれます。ネット中継によれば昼食は、菅井七段は冷やしたぬきそば。藤井四段は、関西将棋会館1階のレストラン「イレブン」の人気メニューである、「珍豚美人」(ちんとんしゃん)のサービスランチでした。「珍豚美人」は、豚肉の天ぷらに、自家製のごまだれがかけられたもの。ここでは以前、筆者が撮影した画像をはっておきます。

人気メニュー「珍豚美人」(ちんとんしゃん)
人気メニュー「珍豚美人」(ちんとんしゃん)

 昼食休憩後、中盤で戦いが起こり、優位に立ったのは菅井七段でした。両者ともに時間を多く残したまま、終盤戦に入ります。ネット中継で解説する若手棋士が、思わず頭を抱えてしまうような、詰むや詰まざるやの、きわどい変化も多くありました。

 早見えの両者の指し手は、変わらず早い。藤井四段は攻防によく利く角を放ち、最後の見せ場を作ります。しかし菅井七段は、ほどなく勝ちを読み切りました。藤井四段は、自玉にかけられた王手を見て、一礼し、投了を告げました。

 総手数は81手。終了時刻は15時39分と、比較的早い終局となりました。

 局後、藤井四段は、完敗で、負けたのは実力の差と、潔い感想を述べていました。しかし、それでも時おり、がっくりと首を垂れるような、残念そうなしぐさを見せていました。

 藤井四段は、これで通算3敗目。そして王将位獲得の可能性も、ここでなくなりました。

 藤井四段が中学生のうちにタイトルを獲得できる可能性があるのは、例年2月から3月にかけて五番勝負がおこなわれる、棋王戦のみとなりました。藤井四段は現在、予選を勝ち抜き、挑戦者決定トーナメントに進出しています。とはいえ、そこを勝ち抜いて、挑戦権を獲得し、五番勝負に登場するまでの道のりは、まだまだ長い。そして五番勝負で待ち受けるディフェンディングチャンピオンの渡辺明棋王は、言うまでもなく、現在の将棋界のトップ棋士の一人です。

渡辺明現竜王・棋王
渡辺明現竜王・棋王

 挑戦者決定トーナメントで、まず藤井四段が対戦するのは、強豪の豊島将之八段。現在27歳のA級棋士です。

タイトル挑戦経験もある豊島八段
タイトル挑戦経験もある豊島八段

 そこでどちらが勝つのか。そこからさらに先、藤井四段が挑戦権を獲得して、棋王位を獲得できるのか。

 それを問われれば、断言しましょう。まったくわかりません。そう答えるより、なさそうです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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