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緊急事態宣言下の対局で千日手、異例の後日指し直しへ 竜王戦2組準決勝・松尾歩八段-佐々木勇気七段戦

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 4月17日。東京・将棋会館において竜王ランキング戦2組準決勝▲佐々木勇気七段(25歳)-△松尾歩八段(40歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は21時48分。119手で千日手となりました。

 将棋会館での通常の対局の場合、千日手や持将棋(いずれも引き分け)が成立した場合、通例であれば30分の休憩の後に指し直しとなります。

 しかしコロナウイルス感染拡大が続く状況のため、本局は異例の後日指し直しとなりました。

熱戦の末の千日手成立

 竜王戦2組は優勝と2位が決勝トーナメント(本戦)に進出できます。つまり2組は準決勝で勝つか負けるかで、本戦進出が決まることになります。

 本戦進出回数は、松尾八段は5回。佐々木七段は1回です。

 2017年。4組優勝の佐々木五段(当時)は、6組優勝の藤井聡太四段と対戦。結果は佐々木五段の勝ちで、藤井四段のデビュー以来29連勝の大記録をストップさせました。

 その年、挑戦者決定戦三番勝負にまで勝ち進んだのは松尾八段と羽生善治三冠(当時)でした。結果は松尾八段が1勝2敗で、タイトル挑戦権を逸しています。

 今期2組、松尾八段はここまで鈴木大介九段、阿久津主税八段に勝利。一方の佐々木七段は深浦九段、郷田九段を破ってベスト4に進出しました。

 準決勝の組み合わせは以下の通りです。

丸山忠久九段-糸谷 哲郎八段

松尾 歩八段-佐々木勇気七段

 4者のうち、糸谷八段は関西所属で、他の3者は関東所属です。

 東京・将棋会館、大阪・関西将棋会館でおこなわれる対局は、対局者が長距離の移動をともなわない場合に限って継続されています。

 上記の方針によれば、関東同士の松尾八段、佐々木七段の対局はおこなわれることになります。

 ちなみに名人戦七番勝負、叡王戦七番勝負、女流王位戦五番勝負などのタイトル戦は延期となっています。

 松尾八段と佐々木七段は2016年度NHK杯1回戦と2019年度朝日杯一次予選で対戦。結果は2局とも佐々木七段が勝っています。

 対局開始前。両対局者が席に着き、駒を並べ始める中、外の防災無線からは、次のようなアナウンスが聞こえてきました。

「こちらは防災渋谷です。東京都に緊急事態宣言が出されています。感染症の拡大防止のため、不要不急の外出はお控え下さい」

 17時になるとこの防災無線からは「夕焼小焼」のメロディが流れてきます。

 振り駒の結果、先手は佐々木七段に決まりました。

 10時、対局開始。佐々木七段はまず座布団を違うものに替えました。そして10時4分、初手を着手。まずは飛車先の歩を伸ばしました。

 コロナウイルス感染拡大が続く中、対局者、盤側の記録係、関係者も全員マスクをしています。対局が始まった後、松尾八段は白いマスクをグレーのマスクへと取り替えました。

 戦型は角換わり腰掛銀へと進みます。佐々木七段が早々に桂を跳ね出し、さらには銀を前に進め、自陣に遠見の角を打って、前例のある積極的な攻めを敢行します。そして新しい順に進んで、前例からははずれた戦いとなりました。

 竜王戦の持ち時間は各5時間。昼食休憩、夕食休憩をはさんで、対局が終わるのは夜遅くになる場合も多くあります。

 中盤はしばらくの間、佐々木七段の攻め、松尾八段の受けで推移していきます。そして手番が回ったところで松尾八段も反撃。形勢差はほとんど離れず均衡が取れたまま、終盤へと進みました。

 108手目。松尾八段は相手の歩頭に銀を打ちつける強手を放ちました。もし歩で取れば王手で十字飛車で決まって松尾八段優勢となります。

 残り時間は佐々木七段20分。松尾八段34分。夜も更けて、両者の残り時間も次第に少なくなっていきます。

 佐々木七段は2分を使って考え、自陣に2枚目の銀を打って受けました。

 松尾八段が銀を取る。

 佐々木七段が銀を取り返す。

 松尾八段が再度銀を打つ。

 佐々木七段も再度銀を打つ。

 両者ともに避けられない同じ手順が繰り返されていきます。このまま進むと、千日手が成立します。

 松尾八段が手番で席を立ち、部屋を退室した際、佐々木七段は盤側に座っている観戦記者の小暮克洋さんに話しかけました。

佐々木「すみません、千日手の場合って、必ず指し直さなくちゃいけないんですか?」

 通例であれば30分の休憩をはさんで、先後を入れ替え、持ち時間を調整して(残り時間が少ない方が1時間になるように同じ時間だけ足して)指し直しとなります。それはもちろん、佐々木七段も百も承知です。

 しかし現在は「緊急事態宣言」が出されている状況です。

佐々木「両者の合意があれば、ってありなんですか? このご時世に記録係とか・・・」

 佐々木七段は記録係を気遣って、声をかけました。

佐々木「もし指し直しでも(記録を)取ります?」

記録係「大丈夫です」

佐々木「ああ、それは大丈夫・・・」

 席に戻ってきた松尾八段は一呼吸を置いて、また銀を打ちました。

 

 そして同一局面が4回現れました。

記録係「千日手です」

 規定により21時48分、119手で千日手が成立しました。佐々木七段は松尾八段に話しかけます。

佐々木「指し直すんですか? ちょっと確認を取ってもらってはいるんですけれど」

松尾「ああ、そうですか・・・。確かに・・・でも、どうなんだろう」

佐々木「もし延期できるなら、延期したいですけれど」

松尾「ええ、私もそういう感覚でいますけどね。確かにこの時間から、この状況でやり直すのは・・・」

 両対局者のやり取りはABEMAのライブ映像を通じて、観戦者にも伝わりました。対局室の外で連絡を取っていた小暮さんが戻ってきて、次のように伝えました。

小暮「両者合意があれば後日で、主催紙はいいって言っています。特殊な例なんで・・・」

松尾「私も佐々木さんとまったく同意見で、無理にやるよりかは・・・という感覚でいますね」

 小暮さんはさらに担当理事の鈴木大介九段にも連絡を取りに退室します。

 その間、両対局者は駒を動かさず、口頭で感想を述べ合います。現在は対局終了後、感想戦は手短にして、できるだけ早く帰ることが推奨されています。

 担当理事の鈴木九段と会長の佐藤康光九段も協議した結果、対局は延期が妥当と判断されたようです。

 残り時間は佐々木七段11分。松尾八段30分。通常の指し直しであれば残り時間の少ない佐々木七段が1時間になるように調整され、互いに49分を足して、佐々木1時間、松尾1時間29分となります。

 ただし本局の場合は、その持ち時間の設定も含め、協議によって決められるようです。

 現在の状況が続くのであれば、今後は千日手、持将棋が夜遅くに生じた場合には、後日指し直しと規定で定められるのかもしれません。

【追記】対局翌朝、将棋連盟ウェブページで以下のアナウンスがありました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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