今週末、どこ行く? 温泉と熱々のうどんでぽっかぽか――。ひとり温泉で愉しむ【温泉ごはん】
香川で「うどんタクシー」に乗ってみた (香川県・琴平温泉)
2018年の年の瀬に高松を訪ね、こんぴら温泉「琴平花壇」に泊まった。
数多の文人墨客が滞在した由緒ある旅館で、森鷗外は自伝風小説『金毘羅』に「琴平花壇」を登場させている。
お湯は単純弱放射能線冷鉱泉。癖のない肌触りのお湯なので、琴平の街並みを一望しながらのんびりと浸かることができた。
翌日は午前中に金刀比羅宮を目指す。「琴平花壇」から歩いて7~8分程で参道に着く。「こんぴらふねふね♪」と馴染みの音楽が流れてきて、郷愁が込み上げてきた。なぜかというと、両親は新婚旅行で金刀比羅宮に来ており、幾度となくその話を聞かされてきたのだ。どうも初訪問の気がしない。
参道から御本宮までの石段は全785段。想像していたより、難なく登れた。御本宮で参拝。海抜251メートルの高台からは瀬戸内海も見えた。この日は小雨がちらついていて、木々が露に濡れて、神秘的であり幻想的だった。御本宮でしか購入できない「幸福の黄色いお守り」を両親への土産にした。
下山して、話題の「うどんタクシー」を体験することに。参道入口にある案内所「ことり」に行くと、駐車場にタクシーが停まっていた。タクシーの上に輝くどんぶりの行灯が目に入る。中には「うどん」と書かれた文字プレートが浮かんでいるではないか。車体には「うどんタクシー」とステッカーが貼られた特別車! わくわくするなぁ。
ドライバーさんがドアを開けてくれ、その世界へと足を踏み入れる。
ドライバーさんが少しなまりのある言葉で、「香川県内には900軒前後のうどん店がありまして、麺のコシや出汁の違いがそれぞれにあります」と、うどんの発祥から、今日に至るまでのうどんの歴史や概要を話してくれた。このドライバーさんは筆記試験やうどん解説の実地試験、うどんの手打ち体験を経た「うどん専任ドライバー」。そりゃ、詳しいはずだ。
当然、無類のうどん好きときている。
「香川の人は、日常的にうどんを食べているんですよね?」と尋ねると、「そうですね~。昼には、その日の気分で、好みのうどんを食べに行きまして、私は、夜の分のうどんも買って帰ることもありますよ。ご飯のおかずがね、うどんなんです」と大真面目に話してくださるから、「炭水化物多いですね~」と返すと、笑いが弾んだ。型どおりのうどんの解説よりも、ドライバーさんの日常生活の中に存在するうどん話の方が記憶に残る。
「うどんタクシー」には60分うどん店1~2軒、90分2~3軒、120分3~4軒などのコースがあり、私は90分を選んだ。一日貸し切って観光地も回りながらうどんを食べ続けるお客さんもいるそうだ。道中、「うどんタクシー」を何度も見かけた。町で見ると、目立つ車体だ。
1軒目は「宮川製麺所」。工場の横でうどんをいただくシステムだという。店に入ると、カウンターにネギや天かすや生姜がこんもり盛られた器が並び、その奥に麺が置かれている。その脇に麺を湯がく熱湯が入った釜があった。
ドライバーさんが「ここはセルフね。自分で麺を茹でて、汁を入れて、好みでネギとか生姜を入れて。汁はかき混ぜるといりこが浮くからね、入れてね。美味しいから」と、手順とコツを教えてくれた。指示通りに丁寧に作業していたら、「手早くね」とドライバーさんに諭された。「茹で時間は短くしないと、のびるよ」とまた指摘。どうも慣れない。
私はうどん1玉だったので、会計は160円也。何を食べたかをお店の人は確認せず、自己申請で支払うシステム。全てがおおらかだ。ちなみにうどん2玉は240円。3玉入れると320円。持ち帰りだとうどん1玉80円、出汁一合で70円。や、安い!
この他には「山下うどん」にも寄った。かつて両親が訪れた時に「うどんタクシー」があったのなら、無類のうどん好きの母は楽しんだことだろう。
愉快なタクシーは他にもあって、新潟県三条市の「燕背脂ラーメンタクシー」、青森県弘前市の「アップルパイタクシー」、石川県金沢市の「金澤寿司タクシー」など。これらを総称して〝ご当地タクシー〟と言う。いずれも目印となる行灯がタクシーに付いているのだ。
※この記事は2023年4月6日に発売された自著『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)から抜粋し転載しています。