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政治とメディアは「ずれている」か? ―英国のEU国民投票、米大統領選の後で

小林恭子ジャーナリスト
英国独立党のファラージ元党首(News Xchange photo)

(新聞通信調査会発行の「メディア展望」1月号掲載の筆者記事に補足しました。)

昨年1年間、筆者が出席したメディアをテーマにした国際会議の中で、最も刺激を受けたある会議をご紹介したい。

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昨年末、英米両国は2つの政治事件で大きく揺れた。英国では国民投票で欧州連合(EU)からの離脱(「ブレグジット」)が決定され、米国では数々の暴言で知られるトランプ共和党候補が大統領選で当選した。

どちらの場合も、反対側つまり英国ではEU加盟残留派、米国ではクリントン民主党候補が最後には勝つのではないかと予想されており、世論調査や専門家の分析が大きく外れた結果となった。両国の国民は既存体制の存続あるいは既存体制に似た体制の成立よりも、変化を望んだことになる。

世論調査や専門家の言説を報道することで「最後には残留が勝つだろう」あるいは「クリントン有利」と報道したメディアは大きな反省を迫られた。メディアは現実をしっかりと掴み、市民のために報道を行う役割を果たせたのだろうか?

一体、ジャーナリズムは何のためにあるのだろう?

そんな疑問が頭に浮かんでいた時にコペンハーゲンで開催されたのが、 ニュースのテレビ会議「News Xchange(ニュース・エクスチェンジ)」だ。正面から、メディアの役割を取り上げたのである。

最初のセッション「メディアは現実からずれているか?」でのやり取りを紹介しながら、会場の雰囲気を伝えてみたい。

News Xchangeは欧州放送連合(EBU)傘下にある組織ユーロビジョンが主催者となり、毎年開催されている。2016年は11月30日から2日間の日程となり、放送を中心としたニュースメディアの関係者約630人が参加した。

「ジャーナリズムの再定義の時」

11月8日の米大統領選の結果が出たのは翌9日。トランプ氏当選の衝撃がまだ醒めやらない中で開催された会議は、これまでのメディア報道を反省するメッセージで開始された。

「私たちメディアは市民に信用されなくなってきている。これまでのやり方ではだめだ」(デンマーク放送協会=DR=のニュース部門統括者ユーリック・ハーゲラップ氏、オープニング・スピーチで)。

同じスロットで、EBUのメディア・ディレクター、ジャンフィリップ・ド・テンダー氏は「ジャーナリズムとは何か、何ができるのかを再定義するべき」と主張した。

「ジャーナリズムについては考えるには絶好の時」とセルウィン氏 News Xchange
「ジャーナリズムについては考えるには絶好の時」とセルウィン氏 News Xchange

ジャーナリズムについて考えるには「絶好の機会が訪れている」というのは会議のマネジング・ディレクター、エイミー・セルウィン氏だ。

「米国では44%の市民がフェイスブックを通してニュースに接している。過去10年間で、米メディア界で働く人は40%減少している」と指摘。産業的にも既存メディアは危機的状態にある、という認識だ。筆者はこの数字を聞いて、頭がガーンとなった。40%もー。

何が事実に基づいたニュースで何がそうでないのかの線引きも、揺らいでいるという。真実ではないニュースをあたかも真実であるかのように拡散する、いわゆる「フェイク・ニュース」が広がっているからだ。また、「82%のティーンエイジャーたちは記事の体裁をした広告と通常の記事の区別がつかない」という。

セルウィン氏は、メディアで働く人にとっては身の引き締まるような状況を描いて見せた。

オープニング・メッセージの後に、いよいよ最初のセッション「私たちメディアは現実からずれているか?」が始まった。

「私たちは間違えた。間違ってばかりだ」

デンマーク放送のゴーチェネ氏(左)とBBCのロビンソン氏 News Xchange
デンマーク放送のゴーチェネ氏(左)とBBCのロビンソン氏 News Xchange

司会役として登場したのは英BBCで30年間政治記者を務めたニック・ロビンソン氏とDRのニュース・プレゼンター、ティネ・ゴーチェ氏だ。

ロビンソン氏はEU国民投票や大統領選挙の報道で「私たちメディアは(正しく現実を掴めなかったという点で)間違った。間違ってばかりだ」と述べた。ゴーチェ氏は「今まで何十年も事実を積み上げてニュース報道を行ってきた。この頃は、視聴者は事実かどうかを気にかけていないのではないかと思う」という。

画面中央のスクリーンで動画が始まった。この1年を振り返り、トランプ氏が1年半前に大統領選に出馬すると発表した時メディアがその現実性に半信半疑であったこと、投票日直前には専門家が「96%以上の確率でクリントンが勝つ」と予想していたことを映し出す。離脱派の英政治家マイケル・ゴーブ氏が、「人々は専門家の言うことをもう信じていない」と述べる場面も出た。

英国独立党の元党首ファラージ氏 News Xchange
英国独立党の元党首ファラージ氏 News Xchange

動画終了後、舞台に登場したのは英国独立党(UKIP)の元党首ナイジェル・ファラージ氏だ。同氏は25年にわたり英国のEU(およびその前身)からの離脱を主張してきた。昨年6月に行われた国民投票でブレグジット側を勝利に導いた最大の功労者だが、反移民の政党を率いる「ポピュリスト政治家」とも言われている。

ファラージ氏は、自分が政治活動を始めたのは英国の政治家たちが「普通の市民からかけ離れた存在」となっていると思ったからだという。「多くの市民は、政治家もそしてメディアも自分たちの意見に耳を傾けていないと感じている。」

同氏によると、英メディアに勤める人の大部分が「中流階級出身で、大学教育を受け、大都市圏に住んでいる 」。このため、ファラージ氏が言うところの「普通の市民の声」を代弁していないという。 EU域内の「人、モノ、サービスの自由な行き来」の原則の下、無制限に英国にやってくるEU移民の流入に対する人々の不安感を十分に報道することができなかったのもそのせいだ、と同氏は分析する。

「メディアはEU脱退を主張するUKIPをほとんど無視してきた」。既存メディアにとって移民を否定的文脈で捉えることはタブーであり、EU脱退は「過激的思想」だった。ファラージ氏はソーシャルメディアなどネットを利用して自説をアピールし、支持者を増やすしかなかったという。

その成果は徐々に出た。UKIPは2014年の欧州議会選挙で英国では第1党となった。2015年の総選挙では議席数こそ少なかったものの(1議席獲得のみ)、得票率(12・6%)では第3位となった。「2016年はアウトサイダーが勝利した年だった。メディアはリセットボタンを押すべきだ」。

「トランプを過剰に取り上げたメディア」

午後に行われた「トランプ現象」と題されたセッションの様子を手短に振り返る。

トランプ氏が立候補宣言をすると、テレビ局は連日同氏の一挙一動を報道してきた。身体障害者、イスラム教徒、女性に対する暴言があっても過熱報道は変わらなかった。

米サイト「デモクラシー・ナウ!」を主催するエイミー・グッドマン氏は「すべてのテレビ局が『トランプ・テレビ』になった」と指摘する。「トランプ氏は大手テレビ局が作ったのだと思う。米CBSの経営幹部が『トランプは米国にとって良くないが、CBSにとっては(視聴率が上がるので)良い』と発言したのが典型的だ」。

左端がケンジオール氏、右端がボイル氏 News Xchange
左端がケンジオール氏、右端がボイル氏 News Xchange

トランプ支持の米サイト「ブライトバート・ニュース」のマット・ボイル氏はトランプ氏の勝利は「衝撃ではなかった。私たちは国民の不安感を報道してきた」という。ただ、拮抗していた両陣営の支持率の「読み方には苦労した。状況をより正確に反映する新たな手法が求められている」。

パネリストらの間で共有されたのが「両候補者のパーソナリティーや世論調査の結果に一喜一憂する報道が多すぎた。投票の決め手となる問題の分析が少なかった」点だった。

米ジャーナリストのセラ・ケンジオール氏は、「トランプ氏は世界の独裁政権の指導者と同じと見るべきだろうと思う。その行動に説明責任を持たせるため、調査報道を果敢に続けるべき。懸念は、メディアが新大統領へのアクセス権を得るために媚をうる存在になるのではという点だ」。

グッドマン氏は、「アクセスを得るために真実を報道しないといったことがあってはならない」と警告する。会見から締め出されたジャーナリストが出たら、「ジャーナリスト全員が会見をボイコットするべきだ」。

果たしてメディアは「全員がボイコット」の気概を示すことができるだろうか。トランプ氏の大統領就任は1月末だが、昨年来すでに世界の要人らによる「トランプ詣で」が続々と発生している。 メディア自身が試される年になりそうだ。(この原稿を書き終えたのは12月だった。トランプ大統領就任後の2月1日現在、米メディアはいい勝負をしていると思う。「もう一つの事実」に負けてはいけない。)

*トランプ氏とメディア報道については、朝日新聞の「Web Ronza」(有料サイト)をご覧ください。

すべてが「トランプ・テレビ」になった

メディアは今後、独立した報道や論評を貫けるだろうか?

*フェイスブックとノルウェーの新聞のバトルについては、以下の記事をご覧ください。(朝日新聞の「Web Ronza」)

フェイスブックと闘ったノルウェーの新聞

フェイスブックとニュースメディアの衝突は来年も続くだろう

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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