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失踪した恋人を探すはずが支配欲に囚われて…。山口まゆが演じる心の闇がリアルな理由

斉藤貴志芸能ライター/編集者
撮影/S.K.

『未来への10カウント』でかつて義理の娘を演じた木村拓哉と7年ぶりに共演している山口まゆ。“何かに囚われた人”を描く短編映画集の1本『それは、ただの終わり』が公開される。失踪した恋人を彼の母親と共に探しながら、会話がすれ違い続ける役どころ。中学時代から『コウノドリ』などで観る者の胸を震わす演技を見せて、心に闇を抱えた役はリアルで苦しくなるほどだが、今回は日常にもある不快感を体現して引き付ける。

自分を繕わないと生きられない苦しさがあって

――出演作が続いていますが、『シジュウカラ』で演じたみひろは、久しぶりに重苦しい役でした。

山口 あれだけ重たい役は久しぶりだったかもしれません。以前演じた『ストロベリーナイト・サーガ』の役と少し似ていて、心に傷を負った少女だったので、演じていて苦しさはありました。

――イン前から自分を追い込んで臨んだり?

山口 実際にそういう体験をした方のことを調べたりしました。ただ、みひろはドラマの中で(漫画家アシスタントの)千秋くんを奪おうとしていましたけど、なるべく意地悪に見えないようにしたくて。心の傷を抱えながら彼女なりに頑張っていて、ただの嫌われ者にしないことは考えていました。

――山口紗弥加さんが演じた主人公の漫画家を喫茶店に呼び出して、「私は千秋くんと結婚した」と言ったりするやり取りは、ヒリヒリする緊迫感がありました。

山口 そこも敵が出てきたような見え方でしたけど、みひろはあんなふうに自分を繕わないと生きられない子だったので。彼女なりの戦い方だと思って、バチバチやりました(笑)。

撮影/S.K.
撮影/S.K.

演じていてムズムズ気持ち悪い役でした

小川貴之監督の短編集『3つのとりこ』の1編として上映される『それは、ただの終わり』。有害物質を放っていると噂されるバルーンが浮遊する東京で、姿を消した大学生の臣(おみ)。母の衣舞(えま/黒沢あすか)は上京して、臣の恋人のみどり(山口)と共に行方を探す。

――『それは、ただの終わり』は55分の短編で、役に関する情報量が少ない中での演技だったかと。

山口 話の中心になっている臣くんが劇中に出てこないので、監督のお話を聞いて想像しました。みどりは演じていて、気持ち悪い感じでしたね(笑)。

――というと?

山口 普通ドラマや映画での掛け合いは、会話として成立してますよね。だから見やすいし演じやすいんですけど、みどりと衣舞さんの会話は成り立っているようで成り立ってなくて。それでムズムズしたんです。でも、そこがリアルだとも思いました。

――確かに日常での会話は、文字にしたら、ちゃんとした受け答えになってないことが多いかもしれません。

山口 話が通じてなかったり、行き違っていることはよくあって。日常ではそこは意識しないところを、あえてムズムズを感じ取って解消させないまま、役に反映させました。「何でこの言葉にこう返さないんだろう?」というのが余計に気持ち悪くなりましたけど、その感情を自分の中に落とし込みました。

――確かに、みどりは終始イライラを抑えているように見えました。

山口 監督にも「ここはわかりません」と言いながら、山口まゆとしてわからないのか、みどりとしてわからないのかが、自分でわからなくて。監督には「それはみどりとしての疑問だと思うから取っておこう」と言われたので、撮影期間中はずっとムズムズは解消し切れないままでした。

撮影/S.K.
撮影/S.K.

無意識に「私が正しい」と誇示を始めて

――みどりは深いため息をつく場面も何度かありました。

山口 根は真面目で、テキパキ動くような良い子だと思うんです。ただ、どこかで人を支配したがっているというか。臣くんとつき合っていて、彼のことをわかっているつもりだったのに、知らなかった事実がいっぱい出てきて。そういうところも全部きちんと知っておきたい欲が、強いように感じました。衣舞さんに対しても「警察に行きましょう」と、自分の思う通りに誘導しようとする。無意識に「私が正しい」と誇示している感じだと思うんです。でも、衣舞さんは乗ってこない。それがたぶん相当なフラストレーションで、イライラが溜まって、「何でわかってくれないんだろう?」となることが多かったんでしょうね。

――そして、ため息になったと?

山口 そうですね。良くない態度ですけど(笑)。たぶん本当は礼儀正しいのに、臣くんの失踪で切羽詰まって、どこかおかしくなっていて。礼儀も雑になって、ため息も多くなったように感じました。

――台本のト書きにそう書いてあったんでしょうけど。

山口 それはあまりなかったかもしれません。普通にうんざりしていました(笑)。台本ではとにかく会話が多くて、最初のシーンから何ページもあって。朝から晩まで会話、会話、会話……という感じで撮っていました(笑)。

撮影/S.K.
撮影/S.K.

自分の思考を押しつけるのは良くないと

――『3つのとりこ』は「何かに囚われ、心奪われる人々を描いた3本の短編」とのことですが、衣舞もみどりも漠然としたものに囚われている印象がありました。

山口 臣くんが失踪して、みどりは混乱しながら「どうにかしなきゃ」という気持ちがあって。その中でも、1人で行動するより誰かを巻き込んで「ほら、こうだったでしょう」と言いたかったのかなと。無意識の支配欲と自分なりの正義みたいなものがすごく出ていて、衣舞さん側からみどりちゃんを見たらイライラするでしょうけど、彼女は彼女でイライラしていて、お互い真逆で交わらない。演じていて精神的に大変でした。みどりは自分の思考だけで生きていて、自分自身に囚われている気がしました。

――それはまゆさんの中にはないものですか?

山口 いえ、あります。だからこそ、みどりちゃんのことがわかりました。生きていて、環境が思い通りに行くことはなかなかないですよね。洗濯物をたたんだり、食器を洗うようには、人間はコントロールできない。最近は「そういうこともあるよね」と受け入れられますけど、昔は人間関係も思い通りにしたくて、その難しさにぶち当たってきました。

――友だち関係などで?

山口 そうです。もちろん友だちが悪いわけでなくて、自分が受け入れられなかっただけ。成人してから人間関係について、いろいろ考えることがあって、自分の思考を押し付けるのは良くないと気づいたんです。やっと周りが見えてきました。

『それは、ただの終わり』より
『それは、ただの終わり』より

途中から恋人のことはどうでもよくなって

――衣舞が地元での世間体を気にして警察に行くのを拒むのを、みどりが「おかしくないですか?」と詰め寄ったりする公園でのやり取りは、長回しで撮ったんですか?

山口 そうですね。監督がよくおっしゃっていたのが「台詞を追っていくのでなく、あとから台詞がついてくるように」と。台詞は体が覚えていれば、感情の赴くままに出てくるということで、難しかったんですけど、そのために台詞を早めに入れました。苦労はしても覚えてしまえば、あとは衣舞さんと対峙するだけ。そこでやっぱりイライラするので、入れておいた台詞が出てきました。だから、現場での気持ちを大事にしました。

――臣の入っていたサークルの写真展でも、激しいひと悶着がありました。

山口 それまでずっと衣舞さんと2人だったのが、サークルの同級生が出てきて、また違う空気感でした。

――臣が他の危なげな女の子に入れ込んでいた話も出て、みどりは涙したりも。

山口 放置されるのってイヤじゃないですか。みどりは臣と話したいのに、いなくなられて。相手に気持ちをぶつけることが、ある種の発散になっていて、相手にしたら逆にストレスですけど、関係をバチッと切られて言うことすらできない。「何で逃げられたんだろう?」と悔しかったんだと思います。

――いなくなった臣くんが心配というより……。

山口 心配していたのは最初だけ。たぶん途中からは、臣くんが自分のコントロールできないものになって、見つかるか見つからないかはどうでもよくて(笑)。後半は目の前の衣舞さんを何とか納得させたい気持ちが強くて、臣くんを探すことはみどりの中で忘れていたくらいだったと思います。

『それは、ただの終わり』より
『それは、ただの終わり』より

役のイヤな部分を出していきました

――劇中では有害物質を放っていると噂のバルーンの話も出てきますが、バルーン自体は映ることはありませんでした。

山口 今で言えば、みどりはコロナを気にしない子のような感じで、「バルーンは別にどうでもいい」と思っていて。もしかしたら何か対策はしているのかもしれませんけど、臣くんがいなくなった今、考えることではない。なのに衣舞さんはバルーンを気にして、外に出るのも嫌がるから、余計にイライラしたんでしょうね。

――いろいろな意味で、変わった作品ですね。

山口 変わっていたし、面白い脚本でした。監督に「何でこんな本を書けるんですか?」と聞いたくらい、気持ち悪い感じのやり取りが新しくて(笑)。今まで触れられなかった感情の部分をえぐられた気がしました。

――「何でこんな本を」と聞かれて、監督は何と?

山口 「いろいろ研究しました」というくらいで、あまり深いことは語ってもらえませんでした。でも、これはこれで楽しくて。たぶん表面的にはきれいに生きてきたみどりちゃんの陰がすごく出てきて、「この子は何か違っている。もうちょっと良い顔をすればいいのに」と思いながら、そのイヤな部分を出していきました。

最近はマーブル映画でストレス発散します

――この映画は池袋シネマ・ロサで上映されますが、自分でミニシアター系の映画を観ることはありますか?

山口 最近はあまり観ていません。今は大作のマーベル映画ばかり観ています。最初の『アイアンマン』から全部観ていって、現在進行形の『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』まで追い付いた感じです(笑)。

――相当な数の作品を一気に観たんですね。どういう経緯でハマったんですか?

山口 映画は完全に趣味の一環として観るようになりました。好きな映画を観てワーッとなるのが、自分のストレス発散になるみたいで。すごくグロいものとか(笑)、すごくスカッとするものとか、すごいアクションとか、究極なものばかり観ています。ほんわかした映画とか、あまり観なくなってしまいました。

――そういう嗜好になったのは、まゆさんの何らかの精神状況を反映していたり?

山口 してますね。ホラーの『樹海村』を静岡で撮っていたときは、撮休の日にもホテルで『パラサイト 半地下の家族』とか重めの映画ばかり5本くらい観ました(笑)。そんなふうに発散できる映画が、最近は大掛かりなアクションになっています。そうなると、マーベルに勝るものはないですよね。

撮影/S.K.
撮影/S.K.

ラジオ体操をするようになりました

――マーベル映画の中でも、特に好きな作品というと?

山口 最近の『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』も面白かったんですけど、自分の好きなキャラクターはホークアイです。完全に趣味の話で恥ずかしいですね(笑)。ロボット系で光線を出したりするのもいいんですけど、ホークアイは弓を普通に手で放つのがカッコイイです。

――自分がそういう作品に出たいわけでもないですか?

山口 マーベルに出られたらいいですけど(笑)、本格的なアクションを1回はやってみたい気持ちはあります。体を作らないといけないので、そういうお仕事をいただけたら頑張ります。

――日ごろから運動はしているんですか?

山口 最近また筋トレを始めました。家で腹筋や脚の運動をするのと、ラジオ体操が体に良いことを知りました。私は疲労が溜まってくると、すぐ顔がむくんでしまうのが悩みで、仕事でご一緒したヘアメイクさんに相談したんです。そしたら「ラジオ体操は普段伸ばさないところを伸ばして、全身の血行が良くなるよ」と言われて。やってみたら本当に良さそうでした。

木村拓哉さんに「あのときはいくつだったの?」と

――現在はドラマ『未来への10カウント』にも、新聞部員の矢代智香役で出演しています。

山口 明るくて好奇心旺盛で、真面目というよりミーハーで新聞部に入った女の子だと思っています。ボクシング部に新しくコーチが来て興味津々だったり、好奇心旺盛なキャラクターにしています。

――主演の木村拓哉さんとは『アイムホーム』以来7年ぶりの共演になりますが、話はしました?

山口 「あのときはいくつだったの?」と話してもらいました。木村さんがいらっしゃると空気がガラッと変わるので、初日は緊張しましたけど、だんだん「こんな感じだったな」と思い出して、現場に馴染めるようになりました。

――あと、東京・大阪・名古屋国際工科専門職大学のCM も流れ始めました。

山口 大学に通いながら社会にも出ていく前向きな子というイメージです。自分も大学に通っているので、すんなりできました。

――まゆさんは4月から4年生になりましたが、まだリモート授業が多いんですか?

山口 対面とほぼ半々です。でも、4年生になると、大学に行って何かするのは、卒業制作くらいです。

撮影/S.K.
撮影/S.K.

大学で友だちを積極的に作るようになりました

――仕事と両立しながら、単位は順調に取れていたんですね。

山口 ギリギリですけど何とか。大学は楽しいので、全然苦ではないです。視野も広がりましたし、映画学科で魅力的な子が多くて、話していると面白いんですね。高校までは自分からクラスの子に話し掛けることはなかったのが、大学2年くらいから、積極的に友だちになろうとしてきました。

――とはいえ、テストやレポートと仕事が重なって、大変だったこともありません?

山口 そうですね。でも、仕事と別の作業をするのは息抜きになります。それが家事でもレポートでも何でもいいんです。だから、仕事しながら大学で勉強するのは、自分に向いていたと思います。

――そういう意味では、リモートのほうが良かったくらいですか?

山口 リモートだと寂しいところはありますけど、春休みや夏休みにみんなで映画を作るために集まっていたので。そこで仲良くなって、ごはんには行ったことがないような子はいっぱいいます。制作が遊びの延長みたいになっていますね。

――4月から新学期で、大学生としての最後の1年へ気持ちも新たにしたところですか?

山口 春はゆううつなんですよ(笑)。花粉症で、ヌルッと暖かいのが苦手で、秋のほうがシャキッとします。でも、そこでダラッとしてもまずいので、ラジオ体操を習慣化しようと思っています(笑)。

撮影/S.K.
撮影/S.K.

Profile

山口まゆ(やまぐち・まゆ)

2000年11月20日生まれ、東京都出身。

2014年にドラマ『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』でドラマデビュー。主な出演作はドラマ『アイムホーム』、『リバース』、『明日の約束』、『シジュウカラ』、映画『相棒‐劇場版Ⅳ‐』、『僕に、会いたかった』、『樹海村』、『軍艦少年』、『真夜中乙女戦争』など。ドラマ『未来への10カウント』(テレビ朝日系)に出演中。4月23日より公開の短編集『3つのとりこ』の『それは、ただの終わり』に出演。

短編集『3つのとりこ』~『それは、ただの終わり』

監督・脚本/小川貴之

4月23日より池袋シネマ・ロサにて1週間限定レイトショー

公式HP

『それは、ただの終わり』より
『それは、ただの終わり』より

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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