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「竜とそばかすの姫」がアメリカで公開。批評家はなんと言っているか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
L.A.の中心部、メルローズ通りにも大きな広告が(筆者撮影)

 日本公開から半年を経て、細田守の「竜とそばかすの姫」がアメリカで公開された。英語のタイトルは「Belle」。日本語に英語字幕のバージョン、英語吹き替えのバージョンの選択肢があり、L.A.のウエストサイドの映画館でも両方が上映されている。

 アメリカ公開前にも、今作はL.A.映画批評家協会賞のアニメーション部門で次点を取ったり(受賞したのはデンマークの『Flee』)、アニー賞にノミネートされたりするなど、評判は上々だった。オスカーの長編アニメーション映画部門のショートリストにも食い込んでいる。

 公開を受けての批評家の評も、かなり良い。Rottentomatoes.comによると、批評家の96%が褒めている。星取りでは4つ星満点の3つ、あるいは5つ星中の4つというのが多いが、中には5つ星満点の5つ星をつけた批評家もいる。

批評の多くは「美女と野獣」へのオマージュについて触れている
批評の多くは「美女と野獣」へのオマージュについて触れている

 満点をつけたのは、映画サイト「Flickeringmyth.com」のロバート・コージャー。彼の記事は、「『Belle』は、ただのリメイク版『美女と野獣』ではない。今作は、古典にインスピレーションを受け、ベーシックなコンセプトと重要なシーンを借りつつ、まったく違うストーリーにアプローチし、新たなテーマ、時間、観客に語りかけるものだ。完璧で、ビジュアル的に非常に美しく、心を奪われる娯楽作である」という絶賛で始まる。彼はまた「後半の1時間は重い事柄を繊細な形で扱う」「この映画はネットで人を信用するのは難しいということをよく理解するものだ」と、シリアスなテーマがあることにも触れ、最後は再び「美女と野獣」を持ち出し、「『Belle』は『美女と野獣』のリメイクとしても、ネット社会への論評としても、アニメーションという芸術としても、ゴールドスタンダード。忘れられない映画」という言葉で締めくくっている。

「Los Angeles Times」のトップ批評家ジャスティン・チャンも、見出しで、今作は「美女と野獣」のヴァーチャルリアリティ版だとうたう。しかし、「細田はこのおとぎ話をずっとダークでワイルドなところへ持っていく。『Belle』の中心にあるのは、虐待、暴力、犠牲、救出といった、ニュースで見るような辛い話。と思うと、ほかの部分では現実離れしたアクションがあったりして、まるで『マトリックス』のようなのだ」と、オリジナルな解釈をもって古典を扱っていると述べる。

 チャンはまた、「ソフトなカラーとリアリスティックなディテールはとても美しく、すっかり没頭してしまう」とビジュアルを評価。「だが、これはコミュニティと癒しについての深いことを語るのだ」とも書く。最後は「映画の最初のほうで、寒い冬の日に、フラストレーションを抱えたすずがひとりで橋を歩いているシーンがある。そして、後のほうでは、太陽の光が注ぐ中、彼女が友達と幸せそうにいるところが出てくる。この映画のビジュアルには釘付けにさせられるが、そういった情景を可能にするこの世の中はとてつもなく深い魔法の泉を持っているのだということを、この映画は示唆するのである」という文章で締めた。

「New York Times」も今作を非常に気に入ったようで、秀作に与えられる「批評家の選択(Critic’s Pick)」に認定している。

映画では現実の世界とネットの世界が描かれる
映画では現実の世界とネットの世界が描かれる

 マノーラ・ダージスによる批評の見出しは「カラーとハートが爆発。この美しいアニメを見ている間、あなたの頭も爆発するかもしれない」。ダージスは、自己発見というテーマは、「アナと雪の女王」をはじめ、今日のアニメーション映画でしばしば見かけられるものだと指摘。しかし、すずという主人公には、リアルで共感できる要素があると述べる。「ハート形のような顔の輪郭、小さな鼻、大きな目というキャラクターデザインは、アニメでは基本。でも、だからといってすずがありきたりとは決して感じない。彼女は、ありきたりではないから。子供と大人の間で揺らぐ彼女は、子供らしいコミカルさと、成熟した悲しみを行ったり来たりする。彼女は時に年齢より幼く見えたり、あるいは大人に見えたりするが、いつだって非常に人間らしい」。

 物語に関しては、後半で「ややありがちに思えることが起こる」ものの、常に感動させ続け、「主人公にフォーカスすることを忘れない」と書く。「すずが行き来するふたつの世界はそれぞれに違った感触、形、カラーがある。それはすずの心の葛藤を反映するもの。すずはそこから逃げようとするが、最終的に、彼女は一体とならなければならない。たとえすべてが壊れているように見えるとしても」と書いた。

主人公がしっかりと描かれていることに高い評価が
主人公がしっかりと描かれていることに高い評価が

 しかし、みんながみんなこの映画を気に入ったわけではない。「Mark Reviews Movies」のマーク・ドュジシクの評価は、星2つ半。彼は、批評のはじめで「ふたつの違う世界を舞台に、細田はあらゆるアイデアをたっぷりと詰め込んでいる。そんな中、私たちは、それらが繋がってしっかりした形を成すことを待ち続けるのだが、残念ながら、それは起こらない」と述べている。その後には、それぞれの要素や、ふたつの世界の描かれ方には褒めるべき点もたくさんあると付け加えるのだが、最後にはまた「『Belle』は、時に、すばらしいイマジネーションを見せてもくれる。しかし、ストーリーは、あらゆるトーン、モード、アイデアがごちゃ混ぜになり、ほとんど効果がない」と批判した。

 これから今作を見る一般観客は、果たしてどう評価するだろうか。

場面写真:2021 STUDIO CHIZU

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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