地上波初!ANA客室乗務員がMRT宮崎放送のキャスターに “前向きな出向”が二つの業界を前進させる
幾度もあらゆるメディアで報じられている通り、新型コロナウイルスは多くの業界に深い影を落とした。しかし、その苦境を「挑戦の場」であり「飛躍の時」と捉える企業がある。その好例が、航空会社の全日本空輸(ANA)の取り組みだ。
同社では2020年の東京五輪に向け万全の体制を整えていたが、同年春から始まったコロナ禍により減便を余儀なくされ、同時に客室乗務員をはじめ多くのスタッフが搭乗や業務の機会を失ってしまった。そこで同社では、雇用を守り、かつこれを学びのチャンスとして捉えることで、スタッフを様々な企業や自治体に出向させているのだ。
このコロナ禍という事態を、せっかくならばより一層全国各地でANAグループのスタッフが視野を広げ、知見を深める時とし、そこでの学びをまた航空業界の世界で生かしてほしい——そして、微力ながらでも地域の発展に貢献したいという“前向きな出向”として、ANAは取り組んできている。
■仕事ができないもどかしさが、“挑戦”を後押し
取材を行った2022年8月時点、宮崎県内には12名のANAグループのスタッフが出向し、自治体や観光協会をはじめ、幅広い分野で活動。その中でも、特にユニークな“仕事”をしているのが、客室乗務員の大田愛理さんだ。
大田さんの出向先は、宮崎の放送局であるMRT宮崎放送。大田さんは、ここでなんとスポーツキャスターとして取材から出演までをこなしている。
「コロナ禍に入ってフライトの機会が激減し、乗務することすらできないもどかしさを感じていました。そんな中、同期が2021年度の公募出向に応募し、成長している姿を見て『私も挑戦してみたい』と思ったんです。ただ、同年はなかなか一歩踏み出せず見送ることに。しかし自分の中でどうしても諦めきれず、2022年度の募集枠に応募しました。様々な募集枠の中でも、特に惹かれたのがスポーツキャスターの仕事で、勇気を出して応募したという背景があります」(大田さん)
■「伝える力」を養いたいという思い
磨きたかったのは「伝える力」だ。客室乗務員は、搭乗時常に同じクルーであるとは限らない。むしろ、初めてのスタッフとフライトすることの方が多いそうだ。そうした環境下、搭乗する顧客に対してはもちろん、初対面のスタッフとも限られた時間の中で連携を図るため、この「伝える力」が欠かせないと、大田さんは言う。
「8000人もの客室乗務員がいるため、同じメンバーで常に働くことはまずありません。だからこそ、コミュニケーションを通してすぐにチームとなり、お客さまをお出迎えする必要がある。そのためにも、こちらの状況を共有する『伝える力』は非常に重要な要素。加えて、チームメンバーの言葉にしっかり耳を傾ける傾聴力も必要になってきます」
実際の現場は、学びの連続だ。高校野球夏の地方大会の取材では、試合を見ながらスコアを書き、1試合が終われば2試合目までの間にカメラを構え、選手をインタビュー。帰りの車中で、その日の夕方に読み上げるニュースの原稿も書き上げる。
「一度として同じ試合はなく、選手の感情も様々。だからこそ、どのシーンを切り取るかで視聴者に伝わるものも全く異なってきます。仕事の内容は今まで一切体験したことのないものばかりですが、大切にしているのは視聴者や選手といった“お客さま”の立場を常に考えるということ。どういった報道ができれば現場の空気感を伝えられるのか、どうインタビューすれば選手は話したくなるのか。そうした目線を大事にしています」(大田さん)
■キャスターでの学びがフライトにも生きる
出向中の大田さんではあるが、資格維持のためにも数カ月に一度はフライトしている。その中で、スポーツキャスターという仕事が客室乗務員の業務に通じるものがあると感じる瞬間も少なくない。
「改めて感じたのは、どんな業務でもチームワークが要であるということ。航空業界ももちろんですが、一人で成り立つ仕事は決して存在しません。この業界でも、あらゆる部署が連携して一つの番組ができあがり、それを毎日放送し続ける。その現場を体感できたからこそ、チームワークの大切さが身にしみていますし、出向期間が終わった後も、今培えている『伝える力』を生かし、自ら率先してチームづくりができるような乗務員になりたいと思っています」(大田さん)
■地方局に航空業界のDNAを流れ込ませる意義
そしてMRT宮崎放送にとっても、大田さんを受け入れる意義は大きい。同社の牧巌社長は次のように語る。
「航空業界同様に、放送業界も今大きな変革期にあります。その中で、時代を生き残るANA社のDNAを私たちの業界にも注ぎ込んでもらうことで、新しい光が見えると期待しています。そして営業や編集でなく、あえてスポーツキャスターという表に出る仕事をしてもらうことで、ANA社の“前向きな出向”という取り組み自体もアピールできるはずです。また、当社では様々な切り口から『宮崎を元気に』と放送を通して取り組んでおり、大田さんのような他業界の方にもローカルの面白さに気づいていただけるのではとも思っています」
これまでANAから放送局への出向のケースはいくつかあったが、地上波のキャスター採用は大田さんが初めて。ANAにとっても、MRT宮崎放送にとっても、それぞれの因子を持つ人材が育つことで、必ずそれぞれの業界そのものに与えるインパクトはあるはずだ。かつ、そうした好例が宮崎という地方から生まれることで、働き方の多様化や「誰でも、一歩踏み出せばどこででもチャレンジができること」の証になるのではないだろうか。
【プロフィール】
大田 愛理(おおた・えり)
福岡県福岡市出身。西南学院大学法学部卒業。2017年ANA(全日本空輸)に客室乗務職として入社。国内線・国際線ともに乗務。2022年4月からMRT宮崎放送へ出向。スポーツキャスター職として、県内で活躍するアスリートを取材し、報道番組で発信している。
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