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お金だけでは解決できない分断・映画「パラサイト 半地下の家族」に見る格差社会

なかのかおりジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員
「パラサイト 半地下の家族」は全国で公開中(写真クレジットは本文中)

カンヌ国際映画祭最高賞の韓国映画「パラサイト 半地下の家族」には、お金持ちの家庭と、そこにパラサイト(寄生)する貧しい家庭が出てきます。何度も事業に失敗、計画性も仕事もないが明るい父と、母。大学受験に落ち続ける息子。美大を目指すが予備校に通うお金がない娘。暮らしにくい半地下の家に住む4人は、内職をして身を寄せ合って暮らしています。ある日、息子が友人から、IT企業の社長一家の家庭教師を頼まれて…。そのしたたかさで、社長一家に寄生していき、驚きの結果になります。

〇お金持ちは悪人なのか

日本でも、失業や貧困、格差は問題になっていて、分断が激しくなる一方です。映画はエンターテインメントとして素晴らしい作品で、寄生する家族については、家族間の絆としたたかさが描かれ、ユーモアや希望もあります。むしろ、寄生されたお金持ち家族の孤立が印象的でした。

登場人物の夫は、成功していても、社長業は重圧もあり、他人とは一線を引いているようです。見た目もきれいで教育熱心な妻は、発達の支援が必要かもしれない長男や、思春期の長女の教育に悩みます。若い家庭教師に頼ってしまう弱みもわかるし、家政婦や運転手を雇って夫の機嫌を損ねないように家庭を運営するのは、大変なことだと思いました。

セレブ友達に本当の悩みは話しにくいし、見栄を張らないといけないでしょう。物語には、親身になってくれる祖父母や身内、助け合う友達も登場しません。かといって家庭教師や家政婦を「あごで使う」ような悪い人でもなく、気を使っているし、給料も払っています。それなのに、「寄生してもいいでしょ」と乗っかられるだけでなく、嫉妬の対象になり、憎まれてしまう運命。

〇裕福そうに見えても孤立

裕福に見えるからとスルーされ、むしろ嫉妬されて孤立するー。映画の一家ほどのお金持ちでなくても、日本でも見られるケースです。「両親とも忙しく働き、子どもだけで夜中まで留守番させている」「裕福な暮らしぶりだが、離婚・再婚で子どもが親に気を使っている」「夫の転勤や長期出張が多く、費用がかさむし、ワンオペがきつい」という話を聞きます。

子どもの貧困が問題になり、全国に子ども食堂が広がりました。利用するのは経済的に困って食べられない家庭ばかりではありません。「仕事が忙しく、子どもに朝ごはんを出せない」という親のコメントに対し、「パンを買ってくるとか、ごはんにふりかけでも出せるはず」と批判もありましたが、貧困とは別の問題があるのかもしれません。実際に、「精神的な問題のある母親が、周囲の家庭に依存して困らせる」「土日も仕事があるから、子どもは友達の家庭に丸投げ」という、周りが巻き込まれる場合もあります。

他にも、思い込みや逆恨みにより、共感すら得られない人もいます。「頼る人がなく、学童保育をよりどころにしていたが、経済的に困っていないでしょう、と冷めた対応をされた」「シッターに気を使って関係を作り、高額なギャラを払っているけれど、少し距離が縮まると嫉妬を向けられ、難しい」

写真は2枚とも提供(c) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
写真は2枚とも提供(c) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

〇お金だけ、絆だけでは解決しない

このように、経済的な要因だけではなく、支援が必要なケースもあるのです。筆者の場合は産後、事情があってワンオペ育児をしていて、行政の保健センターに相談に行きました。「心身がきつい産後、話だけでも利用を」と言われていたからです。ところが専門職に、「企業に勤めているんだから、困らないでしょう」「甘い」などと説教されました。一人で赤ちゃんを抱えて相談に出向いているのに、「病気なら支援制度はあるけど」「身内に頼れないはずがない」と決めつけられ、衝撃を受けました。

当時は、自分で医療機関のカウンセリングを受けたり、精神的なゆとりのある知人が気にかけてくれたり、支援が得られたので何とか乗り切れました。同じような状況で、もし支援がなければ、産後うつや虐待も起こり得ます。

「パラサイト」でも描かれるように、お金があれば孤立しないわけではないし、家族間の愛情や絆があれば何とかなるわけでもありません。経済面も、孤立の緩和も、それぞれ具体的な支援が必要だと思います。「検証・新しいセーフティネット」(駒村康平・田中聡一郎編、新泉社)によると、1990年代のバブル崩壊以降、経済が低迷し、格差・貧困の拡大、家族や地域社会の機能低下、非正規労働者の増加、社会保障改革による給付抑制といった問題が目立ちます。生活保護制度は、生活困窮者の支援や引きこもり・社会的孤立など多様な問題を予防する機能を持たず、対応できていません。

埼玉県の新しい事業では、就労や住宅の支援だけでなく、困窮の連鎖を防ぐために、子どもの学習支援をしています。「身だしなみが整っている」「朝ごはんがある」という状況になく、学校に足が向かない子どももいて、その段階からの支援が有効だそうです。子どもや困っている親への支援は、経済的な困窮家庭以外にも必要だと思います。

〇白か黒かを変えるには

「孤立」という問題は同じなのに、格差が広がり、分断してしまっている社会をどうすればいいのでしょうか。まず、自己肯定感を高めるためにも、それぞれに合った仕事をすることが大事です。現在は、一部の人に仕事が集中して、長時間労働を強いられつつ稼げる人もいれば、人手不足の分野で必死に働く人もいます。一方で仕事をしない人が多いという、「白か黒か」の状況。定職につけず、自信をなくし、怒りが社会に向く事件も起きています。

AIの活用や生産性が重視されますが、仕事を分担し、多様な人材の活用を再考する必要があります。子育てや介護中の人、心身のハンディがあって長時間は働けないという人の働き方も、カギになります。貧困家庭や高齢の就労困難者・ニート・がん患者・引きこもりなどの人たちで、労働力となるのは600万人ほどと推計され、働く仕組みづくりを進めるプロジェクトも始まっています(日本財団「ワーク!ダイバーシティ」)。東大は企業や行政と協力し、「超時短」の働き方を研究しています。

キャリアを生かしたい個人事業主も、増えています。賃金や社会保障の課題はありますが、週1日でも、数時間でも、働く機会が広がり、それが現場の負担になるのではなく、人手不足や働きすぎの緩和につながればー。格差はなくならないにしても、自己肯定感を持って、互いに見下したり憎んだりしなくていい「共生社会」の実現を、改めて考えさせられました。

ジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員

早大参加のデザイン研究所招聘研究員/新聞社に20年余り勤め、主に生活・医療・労働の取材を担当/ノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦」ラグーナ出版/新刊「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」/報告書「3.11から10年の福島に学ぶレジリエンス」「社会貢献活動における新しいメディアの役割」/家庭訪問子育て支援・ホームスタートの10年『いっしょにいるよ』/論文「障害者の持続可能な就労に関する研究 ドイツ・日本の現場から」早大社会科学研究科/講談社現代ビジネス・ハフポスト等寄稿

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