香港「民主の女神」アグネス・チョウさんとオンラインで討論した日本の大学生 大学は中国の圧力に屈するな
「市民の怒りと不満の基本は民主主義がないこと」
[ロンドン発]香港の民主化運動「雨傘運動」で「民主の女神」と呼ばれた元学生リーダー、周庭(英語名アグネス・チョウ)さん(23)と立命館大学政策科学部・上久保誠人教授ゼミの学生たちが1月15日、オンラインで香港問題について討論しました。
中国本土への身柄引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案に端を発する抗議デモに参加したとしてアグネスさんは昨年8月、逮捕、起訴されました。6月の「違法デモ」を扇動し、参加したことが罪に問われましたが、保釈金1万香港ドル(約14万円)で保釈されました。
アグネスさんは「午前零時から午前6時までの間は自宅にいなさいという夜間外出禁止や週2回は警察に報告に行くことが条件です」と言います。今年1月には立命館大学、東京大学、東京外語大学、立教大学、明治大学の招聘で来日、シンポジウムに参加する予定でした。
しかし昨年12月香港の裁判所でアグネスさんの出国禁止が言い渡されました。過去4年間、大学の学園祭で香港中文大学の学生たちとオンライン討論をやって来た実績がある立命館大学のゼミ生から「アグネスさんが来られないなら、オンラインでやろう」という声が上がりました。
アグネスさんは流暢(りゅうちょう)な日本語で「高校1年の時に学生運動に参加しましたが、今はその時と全然違います。香港政府は香港人が自ら選んだ政府ではありません。香港にはイギリスの植民地時代も今も民主主義はありません。それが市民の怒りと不満の基本です」と訴えました。
「警察はやりたい放題です。法律無視の警察になってしまいました。リンチや虐待が横行し、デモの参加者がレイプや性的暴行を受けることもありました。自殺した仲間もいます。15歳の女の子が裸にされ死体で見つかるなど不可解な死を遂げても警察は一切捜査しないのです」
アグネスさんは香港特別行政区立法会へ立候補することも認められていません。
大学側から「大学名は出すな」と箝口令
このイベントは日経アジア・レビュー(NIKKEI ASIAN REVIEW)で紹介されましたが、記事中、なぜか大学名は明らかにされていません。上久保教授にも確認のため連絡を取ってみましたが、つかまりませんでした。
関係者によると、大学側から「大学名を出すな」と箝口令が敷かれ、背景には問題が大きくなることへの恐れや中国への「忖度」があるそうです。
昨年10月、立命館大学で行われた香港関連のシンポジウムで、中国人留学生会という団体が中止の圧力をかけ、中国総領事館が立命館大学本部に直接中止の圧力をかける「事件」が起こりました。この時も日本国内ではニュースにならず、香港の非営利ニュースサイトが取り上げただけでした。
立命館大学には2005年、中国語だけでなく中国の歴史や文化を教えている非営利教育機構「孔子学院」が設置されています。孔子学院は中国共産党の影響下に置かれています。
立命館大学の出身国別留学生は中国が1684人と断トツで多く、韓国が708人、インドネシアが121人と続きます。
大学側が中国からの圧力を恐れる理由はいくつかあります。中国人留学生と台湾や香港の留学生のトラブル、中国人留学生の減少。中国からの資金援助や中国へのアクセスの打ち切りなどです。
イギリスでも様々な問題が表面化しています。
2018年9月、イギリス中部バーミンガムで開かれた与党・保守党大会でこんな事件が起きました。香港の自由、法の支配、自治の侵害をテーマにした保守党人権委員会と香港ウォッチの共催イベントでのこと。
香港の人権問題に取り組むベネディクト・ロジャーズ氏が「私は中国政府の香港市民への対し方を懸念している。中英共同宣言でうたわれたコミットメントを尊重し、一国二制度が維持されることを確実にするのが双方の利益になる」と訴えました。
その時、国営中国中央テレビ(CCTV)の女性記者が「お前は嘘つきだ。中国を分裂させようとしている。香港から来た他のスピーカーは裏切り者だ」と怒声を浴びせたのです。運営係の男性が退席を促したところ、女性記者は男性の顔を2回平手打ちにしたため警察に逮捕されました。
在英中国大使館は「香港の独立を主張するいかなる試みも行動も無駄に終わるだろう。保守党人権委員会は中国への内政干渉と香港問題をかき回すのを止めて、主催者は中国人記者に謝罪すべきだ」と猛烈に抗議しました。
「台湾を国扱いするな」中国人留学生が大学に猛抗議
中国共産党が極度に恐れているのはチベット自治区、新疆ウイグル自治区、香港に加えて台湾で分離・独立の動きが広がることです。こうした地域の主権問題を「核心的利益」と位置付け、他国の干渉があった場合は武力行使も辞さないことを明言しています。
英名門ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)は逆さまにした大きな地球のオブジェを屋外に設置しましたが、「台湾が中国とは別の国のように表現されている」と中国人留学生から抗議を受けました。
台湾の外交部長はLSEに公開書簡を出し、「台湾は主権を持った民主国家で、他の国に属していません。LSEでは台湾の若者も多く学んでいます。蔡英文総統もその1人でした。国力や人口で決められるべきではありません」と申し入れました。
結局、LSEは台湾の横に「*」印を追加し、論争があるとの注釈をつけ決着を図りました。
LSEのクリストファー・ヒューズ教授は、中国人留学生が香港の抗議者の信用をひそかに傷つける活動に参加したり、孔子学院の職員が学術会議で台湾に関する論文を没収したりするのを目撃したそうです。LSEは親中派ベンチャーキャピタルから資金提供された中国研究のプログラムを中止しました。
昨年11月に公表された英下院外交委員会の報告書には英国の大学に中国が及ぼしている影響について重大な懸念が示されています。
ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)のスティーブ・ツァン教授によると、ラッセルグループ(ケンブリッジ大学やオックスフォード大学など研究型大学24校でつくる団体)に属するある大学では、副学長が中国大使館の誰かと話した後、予定されていた講演が中止されました。
中国大使館から圧力を受けた副学長が学者の1人に特定の期間中に中国に関する政治的コメントをしないよう求めたこともあるそうです。
歴史修正プロパガンダの前線基地として使われている孔子学院は大学を中心に世界550カ所に展開しています。アメリカやオーストラリアでは孔子学院を締め出す動きが出始めています。
立命館大学の学生たちの試みは、アグネスさんの「言論の自由」と、日本の大学における「学問の自由」を守る画期的な取り組みと言えるでしょう。東京外語大学もアグネスさんをオンラインのトークセッションに招いたり、アグネスさんが北海道大学の研究員に就任したりしているそうです。
大学の現場で今、何が起きているのか。「学問の自由」が中国共産党の圧力に屈していないのか――。日本の国会も英下院と同じように調査する必要があるのではないでしょうか。
(おわり)