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日本も直撃?EU森林破壊防止規則の破壊力

田中淳夫森林ジャーナリスト
日本製のタイヤもEUに輸出できなくなる?(写真:イメージマート)

 昨年6月、EUにEUDRと呼ばれる貿易の規則が発効した。日本語の訳としては、EU森林破壊防止規則とされている。

 このEUDRは、画期的な内容だ。ある意味、世界の貿易の常識を覆すほどの破壊力を秘めていると感じる。

 どこが画期的かと言えば、合法であっても森林破壊に関与して製造されたものはEUには入れないという強烈な理念があるからだ。それは単に木材にとどまらず、農畜産物までに広がるからである。

 だから日本社会にも影響力大なのだ。今のところ、日本ではほとんど認識されていないが、本格的に施行されたら、木材業界だけでなく、食品業界やファッション業界に始まって自動車業界にまで響くだろう。

 従来の木材関係の貿易に関する規制は、「違法な木材の輸入を止める」というものだった。

 実際、EUにはEU木材規則(EUTR)があった。アメリカは改正レイシー法という法律がある。似た法律はオーストラリアや韓国にもできた。

 いずれも、盗伐や密輸、汚職など違法行為を伴う木材、および合法と確認されないグレーな木材の輸出入を規制する法律だ。その場合、木材産地となる国の法律に違反していないことが基準だった。

 しかし、輸出元の国の法律には適合していても、森林破壊を進めているケースもある。その国の法律が未整備であったり、極めて緩い規定である場合、違法とは言えないが、現実には森林が破壊されているケースが多くあるのだ(実は、日本もその一つ)。そうしたものをEUは輸入してもよいのか、という命題の回答として考え出されたのが、EUDRなのだ。

 具体的には、輸入する製品が、2020年12月31日以降に森林を破壊または劣化させた土地とは関わっていないことを保証し確認する義務(デューデリジェンス)を課した。そこでは合法か違法かではなく、実際の森林の状況が問われる。そして森林を保全していると確認できなかったものは、原則としてEU市場へ輸入できないようにしたのだ。またEUから他の国へ輸出することも禁止した。

 さらに画期的というか驚かされたのは、対象の範囲だ。木材だけではないのである。パーム油、天然ゴム、コーヒー、カカオ、ダイズ、そして牛肉などの食品関係とその加工品まで広げている。これらの農畜産物を生産する過程で、森林を切り開いて農地や牧場をつくっていた場合はアウトとなる。

 そして加工品には、皮革製品、チョコレート、コーヒー、植物油、一部のパーム油の派生製品(アイスクリームなどの食品や化粧品、洗剤など)と多くの商品に適用される。天然ゴムと言えば自動車のタイヤに欠かせない。もしゴムの生産地の状況を確認できなければ、日本の車はEUに輸出できなくなることもありえるだろう。

 もちろん木材も、丸太だけではない。製材や集成材、合板、パーティクルボードやファイバーボード、家具や建具。さらに木屑からつくられる燃料用の木質ペレットやパルプ、木炭、木粉まで。木製の額縁や鏡枠、台所用品。そして紙ならびに紙製品、つまり書籍や新聞、雑誌もリストにあった。

 該当の商品は、流通経路のトレーサビリティを求められる。商品が生産されたすべての土地をプロットで表示した地理的表示の座標と生産の日付を報告しなければならない。取引する会社は、原産地から加工までの流通過程をディーデリジェンス、つまり確認しなければならない。

 EUの製品調達先は世界各国に広がっているから、EUは世界中の森林に目を光らせることになる。

 こうした義務に違反した事業者には、EUの加盟国が罰則を科す。規定では、罰金の最高額は当該事業者のEU内の年間売上高の少なくとも4%の水準で設定するとある。しかも該当品の没収、公共事業関連の調達や公的資金(補助金、融資など)の利用除外などの項目もあるから、かなり厳しい。

 なお「生産国の労働、環境、及び人権にかかる国内法及び国際法に準拠していない」ことも排除対象に掲げている。これらは国連のSDGs全般に関わる項目なのだろう。

 結果的に、これらの輸出入に関わる企業に対する罰則だけでなく、生産地に対しても圧力となる。EU圏の人口は約4億7000万人で、高所得者層も厚いから、その購買力は世界経済を動かす。そこが「輸入しない」と言えば、経済的に打撃を受ける国も出るだろう。EU巨大市場の購買力が世界市場を動かしかねない。

さすがにいきなり禁止にするのではなく、何段階かの経過措置はあるようだが、取引を止められるとそれらの国の経済を直撃しかねない。だからパーム油の大生産国であるインドネシアやマレーシアは猛反発している。コーヒーやカカオの生産国も同じだ。

 EUがここまで強く臨むのは、やはり気候変動や生物多様性の危機を深刻に受け止め、同時にこれらに森林が果たす役割を自覚しているからである。

 ところが日本の対応は絶望的なまでに遅れている。

 いまだに違法木材さえ十分に規制していない。一応クリーンウッド法は制定したが、罰則なしの努力義務にとどまっている。また(合法と確認されない)グレー木材は完全にスルーだ。ましてや「合法だけど森林破壊」に対応する覚悟は、まったくなさそうだ。

 そして日本でも盗伐が頻発している。他人の山を勝手に伐ってしまう木材を平気で流通させている。産地偽装も日常的に行われているし、伐採跡地の再造林をしていないことも広義の違法木材に入るだろう。「国産材は環境に優しい」と言える状況ではないのだ。

 現在は国産材をEU諸国に輸出するケースは少ないが、木製家具の輸出は伸びている。そして食品輸出も増えてきた。これらもEUDRでは止められる可能性が出てきた。

 ただEUも、これだけの規則をつくったものの、細則は今後決めていくとあるので運用面ではまだ未知数だ。しかし、この動きは世界的な潮流として広がるに違いない。EU周辺諸国はもちろん、アメリカも追随する可能性が高い。

 日本だけ、のほほんとしてる場合ではない。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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