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深い集中、そして「夢中」を取り戻せ!【井上一鷹×倉重公太朗】第2回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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集中に関する研究で有名なのは、心理学者のミハイ・チクセントミハイの研究で集中の極致と言える「フロー体験」というものです。それによれば、時間を忘れるほどの深い集中によって、人はえも言われぬ高揚感を得られるということです。誰しも子供のころは時間を忘れて何かに没頭し、楽しかった経験があるのではないでしょうか。それは集中を超えた「夢中」の状態です。「集中しなければ」という受動的なスタンスではなく、能動的に夢中で働くためには、どうすれば良いのでしょうか。

<ポイント>

・集中力の阻害要因は疲れではなく、「飽きること」

・役割と空間を紐づけて考える

・集中をそぐのは過去への後悔と未来への不安

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■人は疲れる前に飽きている

倉重:深い集中を取り戻すという話に行きたいのですが、前回の対談では、リモートではどう集中するかといった話をしました。結局、一人ひとりの集中というものは、取り組み方や環境、体調、基礎体力によって左右されるという話でした。また、個人が環境に投資すべきなのだと。確かに家の環境によってずいぶん変わってきますね。

井上:間違いなくそうでしょうね。データを取っていても、ダイニングテーブルで無理やり仕事をしているというのは、まだいいほうですよね。洋服用のカラーケースにノートパソコンを置いて、座布団の上で仕事をしている人が本当にたくさんいます。その状況は今集中できないどころではなくて、普通に腰痛レベルの不調がものすごく起こります。

倉重:洗濯機の上からZoomをしているという人もいました。

井上:ある意味かっこいいですけれどもね。今までは僕らはオフィスワーカーでした。オフィスで働く前提で会社と契約をしていた人たちは、給料が払われる前にオフィスのお金を天引きされているわけです。

倉重:オフィスの賃料や、机、椅子ですね。

井上:これまでの自分の環境は、給料の前に天引きされて勝手に提供されるものだったわけですよね。それが在宅勤務になったら、自分で用意しなければいけません。東京都内だと1人あたり月7万ぐらい、ファシリティーや賃料を会社が払っているのですよ。それがなくなったら、7万円を給料で渡されて、自分で選ばなければいけなくなるのですよね。そこに対する投資を自分でしないと、隣の同期が非常にいい椅子で仕事をしていたら、絶対に差がつきますよね。

倉重:多分、「え?」と思う人もいるかもしれないけれども、やはり腰痛になったら集中できません。照明や緑視率、匂いや音なども関係しているということですね。これも前回にも話しましたけれども、仕事への入り口も大切です。今までしていた通勤という儀式の代わりに何をするのか、攻めの休憩をどうやって取るのか、こういうものは自分なりのものを探していくという感じですか。

井上:そうです。この辺りはすぐにハウツーに「どうしたらいいの?」と、よく質問されます。だけれども、1個のものだけを続けるというのも問題です。集中に入るというのは、最初の瞬発力と、それを続けるための持続性、その深さというものがあります。

倉重:集中は立ち上げ速度と深さと持続性ですね。

井上:そうです。それによって方法が違います。では、立ち上げ速度はどのように上げればいいのと言われたら、例えばThink Labでオリジナルのアロマを作っています。アロマをたくことにも効果がありますが、問題があって、人には飽きというものがあるのです。

倉重:慣れると効かなくなってくるのですか。

井上:そうです。ここが難しくて、慣れると効く要素と飽きる要素があります。パブロフの犬はお肉の匂いをかいだらよだれが出ます。梅干しを見たらよだれが出るのは酸っぱいと分かっているからです。これは慣れていけばいくほどそうなんですよ。

 もう一個は飽きてくることです。集中の阻害要因を「疲れ」だと思っている人が結構いるのですが、人は疲れる前に飽きているのだそうです。これに関しては、イギリスで金メダルを取った人の脳を調べた研究があります。400メートルのトラックを25周ぐらいしている間、飽きるということに関してスタックしているのです。

倉重:飽きないのですか。

井上:そうです。疲れる前に、飽きることによって人は弱ってくるのです。

倉重:分かります。私もフルマラソンを何回か走ったのですが飽きます。走っている最中に「暇だな」と思ってしまうのですよ。

井上:そういう飽きをつくってしまってはいけないのです。申し上げたかったのは、入り方や続け方や深め方にはいろいろな方法がありますが、その方法を自分なりに試すという感覚でいなければいけません。1年間ずっと同じ方法でできる人はそのような方法がなくても勝手にやっているような、非常に意識の高い人なのですよ。そうではなくて、「きょうはこれでやってみよう」というふうに楽しみながら選んでもらったほうがいいのではないかなとは思っています。

倉重:立ち上げに関しては、私は毎朝フルーツティーを入れることにはまっていましたが、少し飽きてきたので、最近はコーヒーをきちんと豆からひいて入れるようなことに変わってきました。

井上:すごい。さすがです。飽きると良くないですよね。

倉重:だから、きちんと変えるのはいいのだなということが聞けて良かったです。あとは、1人で集中できる場所を意識して取り戻せということですね。これからオフィスへの出社がどうなるのかは、会社によってさまざまかなと思いますけれども。コロナの状況が落ち着けばまたすぐに出社となる会社もあるわけです。そうなってしまうと集中できないような形になると、もったいないですよね。

井上:もったいないですね。オフィスが元々集中できなかったのは、同僚がたくさんいるからです。では、家にいたらどうなのかといったら、多分家は家で家族構成によっていろいろな問題を抱えているのだと思います。

本でも書いたのですが、「ワーク」と「セルフ」と「リレーションシップ」という3つをきちんと区分してあげることが大事だなと思っています。家で特につらいのが、父親としての自分、夫としての自分、部下としての自分、上司としても自分がいます。友達ともやりとりはしますし、遊びの時間や、1人で仕事する時間もあります。今言っただけでも7種類ぐらいの自分がいるわけですよね。

 これを全く同じ場所で、0秒で立ち上げなければいけないので、切り替える時にストレスがかかるわけです。だから、「今はお父さんっぽく振る舞わなければ」という時と、「社長が出てきているから、頑張っています」のようなタイミングで切り替えまくるわけです。

 今までは会社に行っている8時間は仕事モード、帰ってきたらお父さんモードのように、切り替える瞬間は1日に3回ぐらいしかありませんでした。これが増えれば増えるほど、そのタイミングで疲れますよね。「仕事に行きたくない」という気持ちを、「仕事に行く」に持っていくことを1日に何回もします。この切り替えることをするために大事なものが、空間を分けることだと僕は思っています。

倉重:物理的に切り分けるということですね。

井上:そうです。「この場所は何をするものなのだ」ということを決めることが一番楽です。やはり学校に行けば勉強をすると決まっていたし、会社に行けば仕事をすると決まっていました。物理空間と役割がひも付いているから、意志力でそこに行かなくていいのですよね。

倉重:「もうそこの部屋に入ったら仕事だ」のようになると理想ですね。

井上:そうです。大体、意識が高い人やライフハック的なことを考える人は意志を高めようとするのですが、意志でやると絶対に無理だと思います。絶対に続かないし、変な話ですがメンタルが壊れます。だから、空間を作って自動化したほうが良いのです。眼鏡屋的に言うと、例えばJINS SCREENというパソコン用の眼鏡を作っています。ブルーライトカットとして使っている人も当然多いのですが、「これを掛けた瞬間にモードが切り替わる」という人もいます。

倉重:それはいいですね。

井上:眼鏡をかけた瞬間にキャラを変えるようなことで、楽なはずなんですよ。それは空間でもいいし、眼鏡のようなアイテムでもいいし、匂いでもいいのです。やはり自分の役割の中で一番難しいのが1人の時間です。コロナ前にいろいろなオフィスで起きていたことは、男性の話ですけれども、お昼時間になるとトイレの大が埋まるのです。それは1人になりたいからということでした。

倉重:そうなのですか?

井上:1人の時間というものが本当にないわけですよ。誰からも干渉されないという瞬間を求めているのです。

倉重:確かにオフィスにいたらそうですよね。

■1人でいる時間がクリエイティビティを高める

井上:1人の時間が取れない文化だということは電車文化だからだと思っています。

倉重:一緒の時間に行って、一緒に帰ったりするということですか?

井上:人が同じ物理空間にいるではないですか。西海岸の人などが割とイノベーティブなことを起こしていたりするのは、車に乗って出勤したりしますよね。だから、1人の時間が多いのですよ。

倉重:確かにクルマを運転している時間というのは何もしていないように見えて、実は考え事もできるし、まとまります。

井上:三上(さんじょう)という言葉があります。考え事をするのに最も適した場所として、「馬上」と「枕上」と「厠上」があげられているのです。1人でいるときにクリエーティブとセレンディピティーが降ってくるというのは、よくあることなのですよ。現代はやはり上質な1人の時間というものを持ちにくくなっています。

倉重:なるほど。だから、車で通勤するということは結構いいのかもしれないですね。1人でいると、そのうちに無意識で考えがまとまっているのかもしれないし。

井上:やはり1人の場所や時間を確保するということがすごく大事だなと思っています。

倉重:あとはリモートだと新しい人に会ったり、新しい刺激を受けたりしているかということは意識しなければ駄目ですね。やはり知っている人とだけでは、脳を使う部分も多分限られてくるでしょうし。

井上:本当に限られてきますよね。前に倉重さんに話したかどうか分かりませんが、僕はリモートワークになって、今は結構深い課題だなと思っていることがあって、記憶が定着しないという現象が起きているのです。

倉重:どういうことですか。

井上:今は倉重さんとリアルで久しぶりにお話をしているではないですか。だから、今倉重さんと話していることはタグ付けがされています。

倉重:確かにそうですね。匂いでも、場所でも。

井上:だから、思い出せるのですよ。「あの時、あの感じで話したあれね」となりますよね。だけれども、全部Zoomなどで全員同じ相手だったりすると、「この話は話したかどうか絶対に分からない」ということが起きます。何をこの人と共有したのかタグ付けができないから、記憶の定着が落ちるということはアイデアも生まれにくくなるはずです。これが今、リモートワークの問題だなと思っています。新しい人と話すこともその1つです。本当にすぐに忘れます。だって、僕は今予定を見なければ次の予定が何だか分からないです。

倉重:それは多分リモート関係なく前からではないですか(笑)。

井上:それはもう間違いないですね。今の例は間違いなくそうです(笑)。

倉重:確かにZoomなどでも新しい人と会って、何を話そうかなどと一生懸命に考えるとそれはすごく記憶に残りますからね。私は積極的にデジタルナンパというか、例えば会ったことのない大学の偉い先生にいきなり突撃をしてみて、意外と最近はOKしてくれるので、「対談をしませんか」と誘ってみるようにしています。

井上:訪問しなくて済むから、会いやすくはなっていますからね。

倉重:あとは、ハック的な話だと、ブルーライト対策はきちんとしておくということですね。

井上:そうですね。ブルーライト対策は間違いなく必要です。ブルーライトというものは見える光の中で一番紫外線に近いのです。紫外線は肌を焼きますよね。だから、エネルギーが強いわけです。エネルギーが強い青い光が要は目の奥まで届くわけです。今、電子デバイスは青い光を強く出していて、青色LEDができた後から特に青を強くするようになっています。それによって、視神経がやられやすいということが論文では語られています。だから、そこをカットしてあげたほうがいいでしょう。

■質の良い睡眠を得るために大切なこと

倉重:なるほど。あとは、良い睡眠に関しては何かティップスはお持ちですか。

井上:良い睡眠は、これはまたブルーライトの話に戻って、寝る前にスマホをするというのはよくありません。青い光は昼の光ではないですか。昼の空は青いですよね。僕らは夜行性の動物ではないから青い光を浴びると昼だと思ってしまうのですよね。だから、メラトニンという睡眠導入ホルモンが出にくくなって、眠りが浅くなります。次の日も集中ができなくなってしまいます。

 睡眠そのものに関しては、今、研究が進み始めています。スタンフォードで眠りの研究をしている西野先生は「それほど確かなことは言い切れない」と言っていました。最近出てきたことは、寝る90分前に39度ぐらいのお湯に入って、体温をコントロールして、1回上げて下げると眠りに入りやすいということでした。

倉重:確かに風呂に入ると眠くなりますものね。

井上:それ以外は本当に個人差もすごい領域で何とも言えないという話です。

倉重:井上さんは睡眠に関する何か団体の顧問をやっていましたか?

井上:顧問ではないのですが、スリープラボという場所で初期メンバーをやっていました。

倉重:そこで何か分かったことはありますか。

井上:大したことではないですけれども、考えれば考えるほどいい睡眠をしていないなということは分かりました。睡眠も集中と一緒で、入り口と深さ、持続性の話になります。

倉重:眠れないという人は睡眠導入剤などを飲んだりしますよね。

井上:「もう眠れないの」のようなことを言う人がいますが、僕はそれは全くないので。

倉重:すぐ眠れるわけですね。

井上:だから、睡眠偏差値は非常に高いと思っていたのですが、調べてみると全然高くなかったのです。睡眠は深くないし、僕は起きた時のさっぱり感が非常に低いのです。

倉重:年ですかね。

井上:年もありますね。あとは1個実践するようにしているのは、複雑なタスク、ToDoは残さないということです。ずっと考えている感じになってしまうので。

倉重:確かに重い案件をやっているときは目が覚めますね。

井上:覚めますよね。だから、ToDoをはっきりさせて、いつやるかということは後に決めてしまって、今は考えないという努力をする。それは睡眠も集中も一緒なのですけれども、大事だなとは思います。

倉重:もうToDoはどこかに書いておいて、やらない時は忘れるということですね。

井上:完全に忘れるということです。

倉重:それが一番いいですね。この切り替えをうまくやることが本当にこつですね。今の話とつながりますけれども、変えられないことはもう悩んでも仕方ないと。これは本当に私も弁護士としての活動でも常に意識しているのですが、やはり今を起点に次にベストを尽くすしかありません。過去は変えられないですからね。

井上:素晴らしい。

倉重:過去は変わらないのでそれしかないです。本当にそれと同じことが書かれていました。これは1人でストレスなく働くという上でも大事なマインドですよね。

井上:当たり前のことを言いますけれども、集中をそぐのは過去への後悔と未来への不安です。不安と後悔はアプローチできないことに対してぐじぐじ言っている行為なので、それをなくしていくことは、非常に本質だけれども難しい話です。

倉重:過去は変えられないという当たり前のことをきちんと受け入れて。

井上:マインドフルネスが一番大本で言っている「今ここに集中する」という概念は、後悔と不安を見ないということなので、それは絶対ですよね。

倉重:未来に関しては正しく恐れるということですよね。

井上:そうです。不安を口にするということはあまり意味がないですよね。でも、手が付けられるものと付けられないものをはっきりさせるということは、よくあるセルフマネジメント系の話では絶対に必要だと思います。

(つづく)

対談協力:井上一鷹(いのうえ かずたか)

大学卒業後、戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトルにて大手製造業を中心とした事業戦略、技術経営戦略、人事組織戦略の立案に従事後、ジンズに入社。JINS MEMEの事業開発を経て、株式会社Think Labを立ち上げ、取締役。算数オリンピックではアジア4位になったこともある。近著は「集中力 パフォーマンスを300倍にする働き方」、「深い集中を取り戻せ ―― 集中の超プロがたどり着いた、ハックより瞑想より大事なこと」。 https://twitter.com/kazutaka_inou

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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