ユーティリティプレーヤーか、スペシャリストか。CB高橋はなを支える「もう一つのモチベーション」
【ユーティリティか、スペシャリストか】
ユーティリティ、ポリバレント、マルチロール。
複数のポジションでプレーでき、状況に応じて武器を使い分けられる選手は重宝される。
その能力は戦術理解力や状況判断力の高さにも比例するため、攻守のバリエーションを増やし、ケガ人が出てしまった時には穴を埋めることができる。中盤やサイドには、そのスキルを備えた選手が多い。
一方、ゴールキーパーやセンターバック、センターフォワードなどの得点に直結するポジションは、そのポジションで勝負してきた選手が少なくない。ゴールを奪うためのスキルと、奪われないためのスキル。それぞれの道を極めてきたスペシャリスト同士のデュエルは見応え十分だ。
そして稀に、ユーティリティ性と専門性を高いレベルで両立させる選手がいる。アタッカーとして国内外で20年以上のキャリアを築いてきた安藤梢は、昨季、センターバックとして浦和の優勝に貢献し、リーグMVPに輝いた(その前はボランチも務めた)。フォワードとセンターバック、どちらのポジションでも結果を残してきたのだ。経験値の高さやフィジカル面の優位性を生かしながら、サッカーを深く理解し、人一倍の努力とケアを積み重ねてきたからこそ成せる偉業だろう。安藤は現在、膝のケガでリハビリ中だが、早い復帰を祈りたい。
今、同じ浦和で安藤のように2つのポジションでスペシャリストを目指している選手がいる。
高橋はなだ。
高橋はジュニアユースでフォワードとして頭角を現したが、年代別代表でセンターバックにコンバート。169cmの高さとスピードを生かした対人の強さ、よく通る的確なコーチングで浦和の最終ラインを支えてきた。WEリーグでは、2021年以降センターバックとして出場機会を増やす一方でフォワードとしての出番は減り、代表でも最終ラインに定着。前十字靭帯損傷の大ケガから完全復帰を果たした昨年のワールドカップでは、23歳の若さながら海外の猛者たちに負けない対人の強さを発揮し、ベスト8進出を支えた。
「私は『技術ゼロ、気持ちは200』みたいなプレースタイルです。普段から気持ちは出していくタイプだと思いますが、本当に技術はないので。(代表では周りの)みんなについていくのに必死ですけど、気持ちだけは負けずにやらなきゃと思っています」
そんな泥臭さと謙虚さを貫いてきた高橋は、守備者としてキャリアを極めていくのだろう――と考えていたのは筆者だけではないと思う。だが、高橋自身は、フォワードとして試合に出られる「準備」を常にしてきたという。
【実ったアピール】
3月3日に浦和駒場スタジアムで行われたWEリーグ第8節・INAC神戸戦で、高橋が待っていた瞬間は訪れた。
1−1で迎えた55分、ボランチの栗島朱里に代わって投入されたポジションは、最前線だった。試合後、高橋はこんな裏話を明かしている。
「(楠瀬直木)監督には『いつでも前(FW)で準備しています!』と、ことあるごとに言っていたので、そのチャンスが来た!という感じでした。いつもフォワードの気持ちでプレーしているので、『元FW』とは言われたくないんです。ただ、試合ではなかなか前でプレーする機会がなかったですし、選手として与えられた場所で結果を出すことが大事だと思っていますから。でも、隠れていろいろ準備はしていました」
楠瀬監督は、高橋のフォワード起用を構想に入れていたという。背景には安藤や猶本光、菅澤優衣香など前線の主力にケガが多く、最終ラインは長嶋玲奈や石川璃音の台頭で層が厚くなってきたというチーム事情もあった。
楠瀬監督が元々フォワードだった安藤を守備の要として起用したのも、きっかけはケガ人が多いチーム事情を考え、安藤の経験値に期待したからだった。結果として、安藤の守備者としての強さは存分に引き出され、チームのさらなる成長につながった。高橋自身も、そのような経緯を踏まえて、チームを助けるためにアピールしたのだろう。
「『いつかやらせてほしい』と直談判がありました(笑)。相手にとっては非常に嫌なタイプだと思うので、(FWで起用することは)考えてはいました」(楠瀬監督)
試合の4日前、代表のアジア最終予選・北朝鮮戦で、セットプレーの流れからパリへの切符に通じる値千金の先制ゴールを決めた高橋は、WEリーグを代表する“時の人”となった。90分間、フル出場で戦い抜いたその試合から中3日という日程も考慮され、このINAC神戸戦では先発には名を連ねていない。だが、切り札として投入されると、2000人超の観客が沸いた。
味方の縦パスやクロスを引き出す動き出しを繰り返し、ボールを持つと積極的に前を向いて仕掛ける。リーグ最少失点を誇るINAC神戸の最終ラインは堅く、ゴールを奪うことはできなかったが、試合後の高橋の表情はスッキリしていた。
「(FWは)自分主導で動けるので楽しいですね、やっぱり」。そう実感を口にした後、こう続けた。
「(センターバックから)前に上がりたい気持ちとか、点を取りたい気持ちが、一つのモチベーションになっていました。フォワードもやれるからこそ、センターバックでもしっかり頑張るぞ、と自分に言い聞かせていました。一つのことを突き詰めるスペシャリストになることはもちろん大事だと思いますが、『自分には違う強みがある』とも思っているし、だからこそ人より多く(練習を)やらないと、いざチャンスが来た時につかめない。結局、どちらも極めたいと思うから、まだまだ足りないのもわかっていて、本当に言い方が難しいんですが……どちらもスペシャリストになりたい、という気持ちはあります」
【前例少ない“二刀流”に】
与えられるポジションがセンターバックだけなら、そこで戦い抜く覚悟はあるのだろう。だが、自身の原点でもあるフォワードとしての本能も、まったく錆び付いてはいない。高橋が描く最終的な理想は、代表でも浦和でも、両方のポジションでチームを勝たせる「二刀流」かもしれない。日本女子代表選手としてはその前例はほとんどなく、新たな可能性を開くことにもなる。
「普段から、フォワードとしてはどんな準備をしているのか」という質問に対して、高橋は率直な回答で記者たちの笑いを誘っている。
「(自主練で)シュート練習ばかりやっていますよ。アップの時にディフェンダーは後ろでヘディング(のクリアの練習)をしたり、ロングボールを蹴る練習が多いんですけど、できたらシュート練習の方に行きたいなって思うこともあります(笑)」
外国人選手にもあたり負けないフィジカルと気持ちの強さ、戦術理解力。加えて、どこでもムードメーカーになれるコミュニケーション力の高さが、高橋の成長を支える。
理想のフォワードの一人は、代表のチームメートで、INAC神戸の田中美南だという。
「田中選手はターンとかキープがすごく上手なので、このタイミングでターンできるんだ!と思うんです。それが(自分の)フォワードとしてのプレーに生きるときもあるし、ディフェンダーとして守っているときには『このターンをされるかもしれない』と分かるので。(代表で)トップレベルの選手と一緒にプレーするからこそ、勉強になっています」
ハイレベルな環境でゴールを守る能力を磨きながら「奪う」スキルもコツコツと蓄積してきた。その相乗効果を、今季はリーグ戦で見せる機会が再び訪れるだろうか。
浦和は次節、3月10日にアウェーのヨドコウ桜スタジアムで、C大阪と対戦する。