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[高校野球]2024年のデキゴト③夏の甲子園は史上初のタイブレーク決着。だけど……

楊順行スポーツライター
2006年夏のようなドラマは生まれにくい(写真は早稲田実・斎藤佑樹)(写真:岡沢克郎/アフロ)

 夏の甲子園は、中崎琉生と西村一毅、両左腕の安定感が光った京都国際が初優勝。京都勢が「夏」を制するのは、1956年の平安(現龍谷大平安)以来、なんと68年ぶりだった。しかも関東第一(東東京)との決勝は、史上初のタイブレーク(以下TB)によるもの。高校野球特別規則の改正により、決勝でもTBを適用したのは2021年だから、まあ、史上初も当然か。そもそも決勝が延長にもつれるのは06年、駒大苫小牧(南北海道)と早稲田実(西東京)の引き分け再試合以来。延長での決着となると1996年、松山商(愛媛)と熊本工までさかのぼる(春は16年の智弁学園[奈良]と高松商[香川])。

 タイブレーク(tie break)とは、同点で延長戦にもつれた場合、攻撃側にあらかじめチャンスを設定して得点が入りやすいようにし、早期決着を促す方式だ。選手への過度の負担を避け、さらに大会運営の面でもメリットが大きい。高校野球ではもともと神宮大会で11年、国体で13年、春季各都道府県や地区大会では14年から導入されていた。このときは、規定のイニングで1死満塁、攻撃側が任意の打者を選ぶ指名打順制での運用だった。ただし、春夏の甲子園とそれにつながる大会では、得点の入りやすい状況を人為的に設定することへの拒否反応が予想され、採用については慎重だった。

 一方で甲子園では、13年夏から準々決勝翌日に休養日を設定した。勝ち上がるチームが最大4連戦とならないようにする配慮だ。だが翌14年のセンバツでは雨天順延が続いたうえ、広島新庄と桐生第一(群馬)が引き分け再試合となったことで、休養日が消滅。体調管理のために休養日を設けたはずなのに、それが形骸化してしまったわけだ。大会後半が過密日程となったこの事態を受け、日本高野連はその年7月、甲子園でのTB制導入について全加盟校にアンケートを実施する。

「延長50回」もひきがねに……

 タイミングがよかったのか悪かったのか、その集計のさなかに開催された全国高校軟式野球では、決勝が3日連続のサスペンデッドゲームとなり、決着したのはなんと延長50回。これも追い風となり、将来的にTBを導入するという方向性が固まっていく。さらに17年のセンバツでは、2試合続けて延長15回引き分け再試合という史上初の事態が発生。これでTB導入やむなしという機運が高まり、17年に実施した再度のアンケートでは、40都道府県の回答中38が導入に賛成している。そして6月、翌18年センバツと選手権を含むすべての大会での採用が決まった(ただし18年センバツでは、全試合が延長12回までに決着がつき、結果的にTBは実施されていない)。

 甲子園での初めてのTB適用は、18年夏だ。8月6日、第2日第4試合では、佐久長聖(長野)と旭川大高(現旭川志峯・北北海道)が延長12回を終わって4対4。延長13回は無死一、二塁、前イニングの継続打順から攻撃を始める方式で、2イニング目の14回表、佐久長聖が1点を勝ち越して逃げ切った。第8日第3試合では、星稜(石川)が済美(愛媛)との2点差を9回に追いついて12回を終え9対9。13回に星稜が2点を勝ち越したが、その裏の済美は、無死満塁から矢野功一郎が逆転満塁アーチで11対13。逆転満塁サヨナラ弾での決着は、史上初めてだった。

 実はこのときの高校野球特別規則には、「決勝はTB制度を採用しない」という一項があり、それはこう続いていた。「決勝での延長回は15回で打ち切り、翌日以降に改めて再試合を行う。ただし、決勝の再試合ではTB制度を採用する」。つまり、甲子園や各地方大会、各地区大会の決勝だけは、従来どおりの方式で15回引き分け再試合だった(神宮大会、国体はTBあり)。

 そのレアケースがいきなり実現したのが、18年秋の北信越大会で、主役はまたも星稜。奥川恭伸(現ヤクルト)がエースで、啓新(福井)との決勝は延長15回、2対2の引き分け再試合となっている。再試合は9回で星稜の勝利だったが、もしここでTBまでもつれたら、延長回数は無制限で、決着がつくまで延長16回以降も行うこともありえた。

 そういえば奥川は19年夏の甲子園、智弁和歌山との3回戦ではTBの延長14回を自責0で1失点完投。3安打23奪三振という完璧な投球で、もし令和の名勝負という企画があれば、真っ先にこの試合を挙げる。そして21年からは、決勝でもTBを適用することになり、23年には適用イニングを見直し、延長10回からとなったわけだ。

 そもそも、決勝だけ除外していたのは、決勝で機械的にTBを適用するのは、大一番だけにあまりに味気ない、という心理があったと思われる。だがそれでは、選手の体調管理という大義と整合性がとれない。それが、21年の「決勝でも適用」という判断につながったのだろう。

 だけど、だ。たとえば、TBを適用せずに決勝が延長に入り、延々と続いたとしても、決着がついてしまえば、翌日はもう試合がない。となると、そこまで体調に配慮しなくてもいい気もする。古いファンとしては、手に汗を握る延長戦を見てみたいというのがホンネだ。69年夏の松山商対三沢(青森)や、先述の駒大苫小牧対早稲田実のような、珠玉の延長名勝負を、ね。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は64回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて55季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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