日米間に楔打ち込んだ中国共産党
安倍晋三首相の靖国神社訪問に始まり、籾井勝人NHK会長の慰安婦「どこの国にもあった」発言、百田尚樹NHK経営委員の「南京大虐殺はなかった」「広島と長崎の原爆もそうだ。(略)東京裁判は大虐殺をごまかすための裁判だった」発言。
在日米国大使館が安倍首相の靖国参拝に「失望」を表明したことに対する自民党の萩生田(はぎうだ)光一総裁特別補佐の「共和党政権の時代にこんな揚げ足を取ったことはない」発言。衛藤晟一首相補佐官の「むしろ我々の方が失望だ」発言。
米紙ウォールストリート・ジャーナルのインタビューに、安倍首相の経済ブレーン、本田悦朗内閣官房参与は「日本が力強い経済を必要としているのは、より強力な軍隊を持って中国に対峙できるようにするためだ」と語ったと報じられた。
歴史的な事実に基づかない籾井、百田発言は論外だが、萩生田、衛藤、本田3氏の発言は安倍首相の周辺の「本音」を強くにじませている。日米間に不信感を植え付け、日本を孤立させる中国共産党の謀略が見事に奏功していることをうかがわせる。
何の策を弄さずとも、どんどん自爆してくれる日本の自称「真正保守」の直情径行ぶり、猪突猛進ぶりに、中国の習近平国家主席も笑いを通り越して、呆れているのではないか。日本はあの戦争から何も学んでいない、と。
日本人の最大の欠点は、すぐに感情的になることだろう。理性の力で感情の高まりを抑えることができない。小局や面子にこだわるため、大局が見えない。「本音」をオブラートに包み、「建前」を装うには忍耐力が必要だ。日本に一番求められているのは戦略的忍耐だ。
仏ノルマンディー公がイングランドを征服し、ノルマン朝を開いた1066年以来、ことごとく他国の侵略を退けてきた英国人の特徴は「ずるくて、いい加減」なところだ。「いい加減」だから感情的にならない。「ずるい」から現実主義に徹することができる。
これまでのエントリーで「日本の戦争責任をいうなら、かつて7つの海を支配した大英帝国の植民地主義はどうして裁かれないのか」という意見を多数いただいた。
まったくその通りなのだが、英国で、植民地主義を美化したり、正当化したりする人にこれまで出会ったことがない。
今年は第一次大戦開戦からちょうど100年に当たるため、英BBC放送では特集番組が放送されているが、戦争が一般市民や英国社会に与えた影響が詳細に分析されている。
「グレート・ウォー(第一次大戦のこと)」の痛ましさ、悲惨さ、愚かさが英国の歴史という文脈を超え、人類普遍のテーマとして取り上げられている。戦争の高揚感はなく、人間の虚しさをも漂わせている。
英国王室は帝国主義とともに繁栄したが、現在のエリザベス女王はまったく別の価値観を体現している。第二次大戦の勝利、大英帝国の崩壊、英国病の克服、ダイアナ元皇太子妃の離婚と事故死。英国は過去に執着せずに、どんどん進化している。
英国が日本に送ったメッセージは当初、「戦争の歴史を蒸し返せば、敵対感情がよみがえる。どうして、自分でフタを開けるのか。もう、前を向こう」というものだった。
しかし、安倍首相に近い籾井会長や百田経営委員の発言によって、日本は都合良く戦争の歴史を書き換えようとしているという確信に変わっている。それが、日本の安全保障にとって大きなマイナスになっている。
安倍政権に極めて厳しい見方を示している英紙フィナンシャル・タイムズのアジア担当部長デービッド・ピリング氏は、元ホワイト・ハウス高官の話として、ケリー米国務長官が日本のことを「予測不能で、危険」とみなしていると伝えた。
添えられた風刺画も痛烈だ。リングサイドで心配そうなオバマ米大統領とケリー国務長官をよそに、安倍首相は中国に向かって果敢に突進していくという構図だ。
歴史認識について、安倍晋三首相は国会答弁でこう繰り返している。
「我が国は、かつて、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大な損害と苦痛を与えてきました。その認識においては、安倍内閣としても同じであり、これまでの歴代内閣の立場を引き継ぐ考えであります」
「安倍内閣として、侵略や植民地支配を否定したことは一度もないわけであります。基本的には、歴史認識については、歴史家に任せるべきであろうというのが私の考え方であります」
靖国神社参拝については、こう語っている。
「国のために戦って、尊い命を犠牲にした方々に対し、尊崇の念を表し、御霊安かれなれと御冥福をお祈りすることは、国のリーダーとして当然のことであり、世界共通のリーダーの姿であると考えています」
安倍首相は靖国参拝について「政治問題、外交問題化させるべきではない」という立場だが、皮肉にも自らの参拝で政治・外交問題に発展させ、歴代内閣を踏襲するとの表明を無意味にしてしまった。
4月の訪日でオバマ大統領が日本に一泊しかしないことも安倍首相の周辺には「日本軽視」と映り、フラストレーションの原因になっていると米紙ニューヨーク・タイムズは伝えている。
中国の戦略は、日本の好戦的イメージを欧米社会に植え付け、「尖閣問題に巻き込まれてはいけない」と思わせる。日米間に相互不信という楔を打ち込み、日本を孤立させる。日中間の軍事格差が大きく開いた時点で、尖閣を手中に収めることだ。
これに対して、米国の戦略は、中韓の過度の接近を防ぎながら、日米同盟を保険にして中国の威圧的な膨張主義を抑制し、中国との全面対立を避ける。アジアの成長力を米国経済の糧にすることだ。
日本の戦略は、安倍首相の経済政策アベノミクスで少子高齢化による経済力の衰退にブレーキをかけ、アジアへの影響力を維持する。防衛力と日米同盟を強化して、尖閣諸島などに対する中国の威圧をはねのける。
日米間に生じた不信感で一番、得をするのは何度も繰り返しているように中国の習主席なのだ。中国はインド、ロシアなど14カ国と国境を接している。南シナ海、インド洋へとつながるシーレーン防衛を考えると、東シナ海の尖閣に軍事力を集中できない。日本は忍耐強く、中国の圧力をしのぐことは十分に可能だ。
靖国問題について、多くの国民がフラストレーションを感じるのは、自国の戦没者を追悼するのにどうして他国からここまで言われなければならないのかという思いがこみ上げてくるからだ。
靖国神社は一宗教法人だ。独自の歴史観を持ち、A級戦犯を合祀したことが問題の根底にある。首相が参拝しても政治・外交問題化しないよう環境を整えるためには、靖国神社自らが変わる努力も必要なのではないのだろうか。
(おわり)