Yahoo!ニュース

レアル・マドリー、C・ロナウドは本当に移籍するのか?創造主の啓示とは。

小宮良之スポーツライター・小説家
CL決勝、ユベントスで2得点のC・ロナウド(写真:ロイター/アフロ)

レアル・マドリーのクリスティアーノ・ロナウド(ポルトガル代表、32才)が退団希望を口にし、世界的なニュースになっている。

「これは決めたことだ。撤回はしない」

ロナウド本人が言い切ったことで、移籍はにわかに現実味を帯びている。古巣であるマンチェスター・ユナイテッドを筆頭に、バイエルン・ミュンヘン、パリ・サンジェルマン、あるいは中国のクラブが興味を示しているという。

「君が必要だ。移籍しないで欲しい」

ジネディーヌ・ジダン監督は"直電"で、留まるように説得しているという。

現時点では、混乱が混乱を呼んでいる。

では、どんな顛末になるのだろうか?

開幕したコンフェデレーションズカップ、ロナウドはポルトガル代表としてメキシコ戦で先制点をアシストし、マンオブザマッチに選出されている。

ロナウドのクラブへの不信感

ロナウドが移籍志願に至った理由は、すでに明らかになっている。

「クラブが守ってくれなかった」

ロナウドはそう言って、不信感を抱いているという。スペイン検察から脱税疑惑を突きつけられたとき、クラブが積極的に擁護してくれなかった。少なくとも、ロナウド自身はそう感じているのだ。

ロナウドは見た目からは想像も付かないほど、繊細でナイーブな人間である。故郷マデイラで少年時代を取材したときだった。

「クリスティアーノは、自分が認めた人間、もしくは味方になってくれる人間には、とても好意的に接する。友人になると情宜に熱い。でも、そうでない人には決して心を許さないし、関係を断つようなところがある。とてもナイーブなんだ」

スポルティング・リスボンのユース時代にロナウドとチームメイトだった選手は洩らしていた。

被害者意識を持ちやすい、とも言える。

実は2012年にも、ロナウドはマドリーと契約更新を巡って、一度こじれている。ロナウドはゴールをするも、それを祝わなかった。それによって、クラブへ無言の抗議を示したのだ。

ロナウドは、信じられないほどプライドが高い。クラブに対して、特権的扱いを求める。現在の年俸は5000万ユーロ(約60億円)。その数字は、男の自尊心を満たすものだ。

その中で、脱税疑惑はとんでもない辱めになった。自分を守らないクラブに矛先を転じる。それはロナウドにとって、自然な行動なのだろう。この心境に至るには、昨シーズン、本拠地サンティアゴ・ベルナベウでブーイングを浴びたことも少なからず影響しているはずだ。

ロナウドには、待遇に見合う働きをしてきた、という自負がある。今シーズンもチャンピオンズリーグは得点王。決勝のユベントス戦では、2得点を奪い、12度目の欧州王者に貢献した。唯一無二の存在であることは間違いない。

しかし、どれだけ望もうとも、ロナウドはマドリーというクラブ以上の存在にはなれないのである。

マドリディスモの正体

ロナウドは特別な選手であることを求めるが、彼は特別ではあっても、あくまでマドリーというクラブの一員である。

「近年では、マドリディスモの象徴はラウールだろうが、彼すらも愛され、尊敬されたのは、マドリーの紋章を胸につけていたからだ」

そう語ったのは、80年代、マドリーのリーグ5連覇に貢献したMFミチェルだ。マドリディスモとは、マドリー主義と直訳できるが、マドリーというクラブの概念や信仰に近いだろう。

ミチェルはマドリーでプレーする意味を説明している。

「自分の激烈なスタイルはクラブの流儀とマッチしたが、それはクラブの歴史から導き出されたとも言える。マドリーで子供の頃から育った人間だから言えるが、このクラブでは多くのことを学べる。子供がここに入れば、出るときには立派な男になっている。そういう場所だ。このクラブに入るには高い能力が必要だが、クラブの栄光は常に選手を凌駕していることを忘れてはならない。マドリディスモを胸に戦うことで、選手は自分以上のものにしてもらえるのだ」

ミチェルの言葉は、どこか信者のようでもある。

「宗教じみていると言われれば、そうだろう。それほどに、マドリーは大きな存在なのさ。私はマドリディスモという方舟に乗せてもらえた。それだけで満足なんだ。ここでは、選手はどれだけ活躍しても選手以上になれない。ドン(アルフレッド・ディステファノ、1950年代にマドリーに5年連続欧州王者をもたらした伝説のエース。2014年に88才で死去)だけは違うかもしれない。彼はマドリディスモの創造主だからね」

ロナウドはマドリーに栄光をもたらした。しかしマドリディスモもロナウドに力を与えているのだ。

「マドリーの選手なら、黙って戦い続けろ。きっと与えられる」

創造主であるディ・ステファノは啓示を与えている。

ロナウドは残留か?

ロナウドに設定されている移籍違約金は、10億ユーロ(約1200億円)である。現実的な移籍金としては2億ユーロ(240億円)と言われる。それでも高額だが、これなら手を出すクラブはいくつかある。その意味で、ロナウド移籍はあり得ないことではない。

来シーズン、ロナウドは33才になる。昨シーズンはスプリントの面などで全盛期の影はなく、ドリブルからのゴールは激減した。肉体的な衰えは隠せないのだ。

ただ、マドリーは全力でロナウドを引き留めるだろう。

昨シーズン、ロナウドはゴールゲッターとして覚醒した。エリア内を仕事場にすることで、そのヘディングと決定力の高さを顕示。何より重圧の高いゲームで、経験と度胸の良さをつけた。

また、ロナウドはマーケティングでの価値も高い。その存在は、数千億円以上のお金を動かす。並ぶ者のないメディアスターでもあるのだ。

ロナウドの代わりになるとすれば、モナコのフランス代表エムバペだろうか。しかしエムバペは十代で経験も浅く、時間的猶予が必要になる。率直に言って、様々な意味で今のロナウド以上の選手は、マドリーにとって存在しない。

結論的には、各方面からの説得によって、ロナウドは急転直下、残留を決意するのではないか。"離婚"はどちらにとっても有益ではない。

ともあれ、マドリーはマドリーであり続ける。マドリディスモという方舟から下りるなら。無理矢理に下船を止めることはない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事