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日本人の「連帯精神」がヒットを生み出す?~『SASUKE』が世界で人気の理由~

長谷川朋子テレビ業界ジャーナリスト
第32回『SASUKE』7月3日(日)よる6時30分からOA(C)TBS

来年で放送開始から20年を迎えるTBSのスポーツエンターテインメント番組『SASUKE』。実は今、世界展開をきっかけに、新たな盛り上がりをみせている。まもなく放送される第32回大会の見どころは出場する選手や新しいセットだけではない。外国人には、日本人スピリットも魅力のひとつにあるようだ。

緑山スタジオに番組史上最長25mの巨大セット

ライトアップされた『SASUKE』のファイナルステージ(C)TBS
ライトアップされた『SASUKE』のファイナルステージ(C)TBS

5月28、29日の週末、32回目を数える『SASUKE』(放送日は7月3日(日)よる6時30分~)の収録が行われた緑山スタジオに足を運ぶと、野外の敷地には『SASUKE』を象徴するファイナルステージがあった。リニューアルされ、高さは番組史上最長の全長25m。定番競技などで構成されるその巨大なタテモノにまずは圧倒された。競技が始まると、参加する選手とその応援団、ゲストと一般観覧者、スタッフら現場に居合わせた全員が選手のプレーに一喜一憂し、高揚感あふれた現場の雰囲気も体感できた。

1997年の初回からこれまで収録時に雨が降ることはほとんどなかったというが、今回は天候により初日後半の収録が初めて順延となるハプニングが起こりつつも、各所で改造されたセットをはじめ、長年人気選手として活躍してきた長野誠さんの引退表明などで盛り上がりをみせた。番組の世界展開が次々と広がっていることを背景に、アメリカ版で女性初の予選完全制覇者となったケイシー・カタンツァーロさんの日本版初参加という話題もあった。

今更ながら、わかりやすい単純なルールと、難易度の高い障害コース、それに挑む人間ドラマが『SASUKE』の見どころであることを改めて理解したわけだが、同時に長年にわたって支持を集め、今、世界展開が次々と広がっている理由は他にもあるのではないかと探りたくなった。勤続疲労を起こして消えていく長寿番組が多いなか、『SASUKE』は各国でも人気を集め、外国人をも夢中にさせている。理由は何か。知る価値はあると思った。

アメリカ版の成功、世界12カ国に広がる海外現地制作バージョン

『SASUKE』は90年代後半からスタートし、TBS得意のスポーツエンターテインメント特番として放送が続けられている。ここ数年は年一回の放送のみ、10%台を推移しているが、かつて古舘伊知郎氏がメインの実況アナウンサーを務めていた頃は、20%以上の視聴率もマークしていた。

そんな勢いあるタイミングの時、2005年から海外展開が始まった。2006年からアメリカで『SASUKE』を海外向けにアレンジした“Ninja Warrior(ニンジャ・ウォリアー)”の放送が始まり、2009年からは“American Ninja Warrior(アメリカン・ニンジャ・ウォリアー)”の番組名でアメリカ現地制作版がスタート。地上波NBC、ケーブルEsquireのゴールデン帯の人気番組として注目を集めていく。

ドラマ『24』最新シーズンの視聴率をも上回ったことがニュースになり、『エレンの部屋』などアメリカの人気番組に取り上げられ、女優エマ・ストーンや俳優クリス・ロックなど名前を挙げれば切りがないほど、複数のセレブ達からも支持されていった。アメリカでは『SASUKE』を模したセットが並ぶジムもあるという。数字上でもNBCのゴールデン帯で14週連続同時間帯視聴率トップを記録し、人気を確立させた。アメリカでの人気を受けて、現在、『SASUKE』とその海外現地制作版の放送実績は165カ国・地域に広がり、現地版の制作はイギリス、スウェーデン、トルコ、ベトナム、インドネシアなど12カ国。ここのところ現地版制作が次々と増え、先日はオーストラリア版が来年放送されることを発表していた。

こうして積み重ねてきた海外展開の存在が今、大きくなっているようにみえる。「世界大会」なども計画されているところだ。今回の収録現場では先のケイシー・カタンツァーロさんはじめ、海外版で出場中の参加者も見かけた。すべての海外版でコース自体を「Mt.Midoriyama(マウント・ミドリヤマ)」と呼ぶことから、緑山スタジオに憧れる外国人が増えているという。

アメリカ版初の完全制覇者アイザック・カルデロさんも収録現場に現れたので人気の理由について尋ねると、「『SASUKE』の魅力は日本が起源であることが大きい。実際にこの緑山スタジオに来ると、ますますそれを実感します」という答えがかえってきた。またアメリカ・ニュージャージー州から観に来ていた熱狂的なファンの女性は「『SASUKE』を8年、追っています。オリジナルは競技性に加えて、より励まし合う雰囲気を楽しめるから好きです。日本人のスピリットが魅力的です」と語っていた。

勝ち残るために相手を蹴落とす番組VS選手同士が励まし合う番組

かつて昭和の時代には視聴者参加型の番組が定番だった。その家族や友だちも「応援団」となって出演するような番組も多く、『SASUKE』は長寿番組ならではのそんな昔ながらの雰囲気が残っている。目当ての選手だけでなく、選手全員をみんなで応援する空気感は、例えて言うならば、親が子どもの「運動会」を観戦しながら他人の子どもまで応援している場の雰囲気と似たものを感じる。そこで気づいたのが、つまり『SASUKE』は日本人が知らず知らずに刷り込まれている「競争よりも連帯感」精神が根底にあるということ。それが外国人に目新しくうつり、海外の他の番組にはない面白さとなってヒットしているのではないか。

『SASUKE』の海外セールスに長年にわたって携わるTBSテレビメディアビジネス局海外事業部の杉山真喜人氏は、欧米の一般的な番組との違いをこう指摘する。

「『SASUKE』のフォーマットは、欧米にありがちな勝ち残るために相手を蹴落としたり排除したりするものではありません。学生や社会人の選手たちが超難関コースに挑む姿や選手同士が励まし合う姿に視聴者も親近感を覚えて応援したり、自らも輪に加わってみたくなったりします。文化や言語の違いに関係なく、参加者、視聴者、双方がポジティブな気持ちになれる点が、国境を越えて人気が拡大している要因のひとつだと思います。」

自分たちでは気づきにくいが、外国人を魅了させる日本の良さがさりげなく反映されていることは意外とある。それを強みに世界でもヒットを狙える番組は他にもありそうだ。

テレビ業界ジャーナリスト

1975年生まれ。放送ジャーナル社取締役。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、テレビビジネスの仕組みについて独自の視点で解説した執筆記事多数。得意分野は番組コンテンツの海外流通ビジネス。仏カンヌの番組見本市MIP取材を約10年続け、日本人ジャーナリストとしてはこの分野におけるオーソリティとして活動。業界で権威あるATP賞テレビグランプリの総務大臣賞審査員や、業界セミナー講師、行政支援プロジェクトのファシリテーターも務める。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)、「放送コンテンツの海外展開―デジタル変革期におけるパラダイム」(共著、中央経済社)。

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