シンガーソングライター、白波多カミンが映画初主演で実感。「これまでの自分をぶっ壊された気分!」
「ようこそ、映画界へ」。そう思わず声をかけたくなってしまうのが映画『東京バタフライ』に出演する白波多カミンだ。ご存知の方も多いと思うが、彼女はシンガーソングライター。これまで音楽界で活躍してきた彼女にとって、『東京バタフライ』は初主演映画になる。だが、そうとは思えない姿で、自身ともどこか重なる、音楽を、バンドを愛するヒロインの安曇役で確かな存在感を放つ。
本人いわく、今回の映画出演は唐突な出来事だったと明かす。
「わたしからすると、ある日突然、映画出演の話がメールで届いたといった感じで(笑)。はじめは、よく事態がのみこめなかったです。
聞いた話によると、佐近(圭太郎)監督が、この映画の企画の主人公となるシンガーソングライターの女の子をずっと探していたとのこと。でも、オーディションしてもみつからなくて、ピンとくる人がいなかったそうです。
それでスタッフさんに頼んで、日本の女性アーティストの方をリストアップしてもらって、その資料をみていった。それでもなかなかピンとくる人はいなくて、『最後か、もうどうしよう』と思って、目にしたリストの最後がわたしだったらしいんですね。
その瞬間、『あれ? この人、撮りたい!』みたいになったそうです。
佐近監督には、『わたしの歌っているときの表情や、話し方とかがぴったりだった』といったことを言われたんですけど、自分ではなぜ選ばれたかいまだによくわかりません」
映画出演の話がきたときは『騙されている』と思った(笑)
それゆえにはじめ話がきたときは、疑心暗鬼になっていたとか。
「『ぜひ出演していただきたい映画があります』と話がきたときは、『騙されている』と思いました。『こんなうまい話があるわけない』と。
すぐには信じられなかったです。演技なんてしたことないのにいきなり主演で、『そんな、またまたまた』と冗談でしょと思いました。
でも、その後、佐近監督と顔を合わせる機会があって、そこで『ほんとなんだ』とやっと信じることができました。そこで『わたし、映画に出るんだ』と一気にめちゃめちゃうれしくなりました。
ただ、そううれしくなったのは映画に出られることの喜びももちろん含んでいるんですけど、また別の楽しみがあったというか。これまでわたしは音楽というフィールドで活動してきたわけですけど、映画という未知の世界に身を置くことでまったく別の道が拓けて、わたしの考えるわたしの自画像までも破壊してくれるんじゃないかという予感みたいなのがあったんです。それでゾクゾクしてたまらなくなったんですよね。
とにかくやったことのないことにチャレンジするのが大好き。予定調和が大嫌いな性格なので(苦笑)。
ライブでも何が起こるかわからないという気持ちがないとやる意味はないと思っていました。ミュージシャンでもいろいろな考え方があると思うんですけど、わたしにとってライブはライブで。へんな話、演奏していてすぐにぶっ倒れてもいい。次に何が起こるかわからない。自分がその場に立ってわき出てきたものをだして、ぶつける。そういうもので。緻密に計算され尽くして、順序だてて進むようなショーにはしたくなかった。
普段生きていても、次に何が起こるかなんて、誰もわからない。そういう状態に自分を常に置いておきたいところがあるんです。
だから、このお話がきたとき、『こんなこと、生きてて起こるんや』と思ったけど、普通にシンガーソングライターとしての道を歩んでいたら、急に『こっちにも道あるで』みたいに声をかけてもらった気がして、ちょっとけもの道みたいに道なき道だけど、自分で開拓してみようかという気になったんですよね」
セリフを覚えてそれを言葉にして出すことがこんなに難しいことなのかと思いました
ただ、心は決まっていたものの、実際、演じるとなったら大変だったと明かす。
「はじめは『絶対にやってやる』といった気持ちで張り切っていたんですけど、始まると『なんて大変なんや!』と思いました。
台本ひとつとっても小説を読むのとは全然違う。自分でいろいろとくみとっていかなければならない。
もうド素人なので、すべてがゼロからの始まりで。セリフを覚えてそれを言葉にして出すことがこんなに難しいことなのかと思いました。自分が違和感なく話しているようにしながらも、そこに気持ちをきちんとのせて、わたしではない安曇ちゃんとして成立させる。そこにどういうプロセスを経たら到達するのか。その都度、壁にぶち当たって、クリアしていくことの連続でしたね。ただ、ハードルが高ければ高いほど、燃えるタイプ。なので、心が折れるようなことはなかったです」
自分のバンドにもどこか重なるところがあって辛くなる瞬間があった
作品は、過去に同じ夢を追いかけていた若者たちの物語。介護士の安曇、サポートギタリストとして裏方として活躍する仁、アルバイトをしながら音楽活動をする修、妻の実家の和菓子屋で働く稔は、かつて大学時代にバンドを組み、メジャーデビューが期待されるほどの人気を得ていた。だが、デビュー寸前に意見の相違でバンドは空中分解。6年後、30代を前にそれぞれ人生の岐路を迎えた彼らは、ふとしたきっかけで再び集まり、かつて果たせなかった夢にひとつのピリオドを打つ。
人生における後悔と挫折、夢へのけじめとそこからの自己の再生を描いた物語は、本作の主題歌で劇中で安曇たちのバンドが生み出す曲でもある白波多の楽曲「バタフライ」の歌詞の世界にもどこかリンクする。
「白波多カミンwith Placebo Foxesというバンドを組んで、メジャーデビューしてるんですけど、『バタフライ』は、アルバム『空席のサーカス』に収められています。2016年に発表した曲です。
安曇たちの組んだバンド「SCORE」と、白波多カミンwith Placebo Foxesはまったくの別のバンド。でも、もうすでに解散しているとか、バンドの置かれた状況とかで重なるところがないわけではない。確かにリンクするところがあるから、自分としてもしんどく感じて辛くなる瞬間があったんですね。
ですから、実はバンドのメンバー全員に相談しました。『こういう映画の話があって、出演してもいいかな』と。メンバーが嫌な思いをしたら嫌だったので。
でも、メンバー全員が『いいよ。やりたいことやりな』と快く送り出してくれたんですね。それはすごくうれしかったです。
あと、直接的には関係ないけど、映画の中では、バンドがプロデューサーによって挫かれるじゃないですか。わたし自身はそんなことがなくて、プロデューサーには大変お世話になって助けられたんですけど、でも誤解されたくないなと思って、断りを入れました。
『バタフライ』という曲は、バタフライで泳いでいるリズムを意識して作った曲で。バタフライって下手な人が泳ぐと溺れているように見える。でも、そのように不格好でも一生懸命前に進もうとする姿って美しいんじゃないかなと思って、そういうなにかうまくいかないけれど、それでも前に一歩でも進もうとする人へのエールを込めたところがある。それは、今回の『東京バタフライ』という映画の物語性にかなりリンクしていると思います。
『バタフライ』という曲を作った身としては、時を経て、また改めて曲が解釈されたというか。つながってはいるんですけど、『バタフライ』が、また新たなひとつの作品になった気がして。自分の子どものような存在が、今度は映画として独り立ちして自分の手元から旅立った感じがあります。エンドロールで流れるのを前にするたびに、『わが子ながらあっぱれ。さようなら』というような気分になります(笑)」
これまでの自分をぶっ壊されて、気持ちよかった(笑)
安曇という役を終えたいま、「演じる」ということをどう感じたのだろうか?
「はじめはどうなることやらでしたけど、いまはチャレンジしてすごくよかったなと思っています。
広くとらえると、たとえば自分のセリフがありますけど、それも自分だけでは成立しない。相手の俳優さんがどうやって話されるのかによって、自分も同じセリフでも変化させないといけない。また、相手からの言葉を受けることで、自分の言い方が自然と変化することがある。立たされた場所や、相手との立ち位置でも変化する。なにかめぐりめぐってひとつのシーンが出来上がっていく感覚がある。
場合によっては、解釈を明確にしなければいけないこともあれば、あまりそういうことにしばられないでどうにでもなっていい余地を残しておかなければいけないときもある。
自分の感覚としては、演じているときは安曇ちゃんとしているんですけど、たとえばセリフを覚えているときは安曇ちゃんはまた自分の中の別のレイヤーのところにいる。また、知らず知らずのうちに自分というよりも安曇ちゃんの見ている世界、安曇ちゃんというフィルターを通して、世界を見るような感覚のときもありました。
ほんとうにすべてが新しくてエキサイティングで。『こんなこと、生きててあって、わたし、ほんまに幸せやな』って思いました。
ただ、そうなれたのは自分の力ではなくて。ほんとうに共演の水石亜飛夢さん、小林竜樹さん、黒住尚生さん、佐近監督をはじめとしたすべてのスタッフとキャストの皆さんが導いてくれたところがほんとうに大きい。
わたしが安曇ちゃんを作ったんじゃなくて、皆さんが安曇ちゃんにしてくれた気がします。
これまでわたしは、常に自由になりたくて、割と決めつけが激しくて、『わたしが、わたしが、わたしが』と自我を前にだしてやってきたところがあるので、そういう自分をいい意味でぶっ壊されたような感覚があって、すごく気持ちよかったです(笑)」
「東京バタフライ」
監督・編集:佐近圭太郎
脚本:河口友美
音楽:白波多カミン
出演:白波多カミン 水石亜飛夢 小林竜樹 黒住尚生ほか
アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中。
場面写真はすべて(C)2020「東京バタフライ」製作委員会