東日本大震災から10年で公開、『漂流ポスト』主演の雪中梨世 「親友を亡くした役が自分と重なりました」
東日本大震災の被災地、岩手県陸前高田市の山奥に建てられた郵便ポスト。亡くなった人への想いを綴った手紙が今も届き続けている。このポストを巡る映画『漂流ポスト』が、震災から10年となるこの3月に公開される。撮影は3年半ほど前。ニース国際映画祭で最優秀外国語短編映画グランプリなど、海外で高く評価されてきた。3.11に親友を亡くした主人公を演じる雪中梨世に聞く。
役者の使命感で「絶対やりたい」と思いました
雪中梨世は福岡出身の26歳。高校生だった2012年に舞台でデビューしている。
「小学生の頃からドラマが好きで、『ナースのお仕事』とか『奥さまは魔女』とか観てました。単純に『テレビの世界に入ったら、こんな華やかなおうちに住めるんだ』と思って、女優を目指したんです(笑)。そういう入口から、いろいろな映画を観るようになって、美しいフランス映画や、ドロドロした韓国映画も好きです(笑)」
趣味には“街中華巡り”を挙げている。
「週イチくらいで、1人でチャーハンを食べに行きます。街中華って落ち着くんです。ご夫婦でやっているお店が多くて、『おかえり』と言ってくれるような雰囲気が心地良くて。私の祖父母が福岡でラーメン屋さんをやっていて、赤テーブルや歩くと靴の裏がペタペタ鳴る床に、子どもの頃の記憶が蘇る懐かしさもあります」
朗らかに語る雪中だが、『漂流ポスト』で演じた園美は、東日本大震災で親友を亡くしたことを受け入れられないまま、日々を過ごしている役。その親友・恭子からの留守電メッセージが入ったガラケーをいまだに持っている。
「通っていたワークショップに清水(健斗)監督が講師としていらっしゃって、映画のキャストのオーディションも兼ねて、台詞を読んだり、カメラテストをしていただきました。台本はまだできてなかったと思いますけど、ストーリーは聞いていました」
ある日、園美が中学時代に恭子と埋めたタイムカプセルが見つかる。中には将来のお互いに向けた手紙が入っていた。蘇る美しい思い出と罪悪感。そして、園美は漂流ポストの存在を知る。
「3.11がテーマと聞いて、私は当時福岡で普通に過ごしていたので、被災した経験もなくて演じられるのか、不安はありました。でも、漂流ポストのことも聞いたうえで、直感的に『絶対やりたい!』と思ったんです。震災や戦争を伝え続けることには意味があって、役者のひとつの使命ですし、大切な人を亡くした経験は誰にでもあるので」
大切な人に伝えられなかった想いがあって
陸前高田の漂流ポストは、もともと震災で亡くなった人への想いを受け止めるためのものだったが、今では震災に限らず、事故や病気で亡くした人へ宛てた手紙も届き続け、その数は500通を超える。雪中自身も撮影に入る少し前に、祖母を亡くしたという。
「私も祖母に伝えられなかった想いがあって、モヤモヤはずーっと心の中にありました。ふとしたときに頭の隅に祖母が現れて、記憶がだんだん薄れるのを感じていたのも、園美と重なっていて。届かない手紙を書いて何になるのか? 自己満足ではないのか? そういう迷いを抱えて、『一歩踏み出すことが忘れることに繋がりそうで怖いんです』という台詞は、まさに自分が思っていたこと。園美と同じように葛藤しながら、撮影していました」
恭子への手紙を投函しようとするシーンでは、園美はポストの前で立ち尽くし、手紙を入れずに踵を返してはまた戻り、投函口に手を入れても離せず……と長い逡巡を続けていた。ついには手紙を握ったまま、へたり込んでしまう。
「あそこは段取りも演出もなくて、『時間をかけてもいいから思うままにやってください』とのことでした。手紙を出すか出さないか迷っていて、不意に力が抜けちゃって尻もちをついたのも、リハではやっていなくて。本当に『ああ、無理だ……』って力が尽きてしまったんです」
抱えていたものを手紙に全部吐き出しました
そのシーンに限らず、この映画全般で雪中には、演技を越えて心の奥から滲み出たものを感じさせる。ある意味、ドキュメンタリーのようにも見えた。
「一番気をつけたのは、『震災があったから』みたいな気持ちにならないことです。悲劇のヒロインっぽく見えてしまうと、この作品の意味がなくなってしまうので。『こうしよう。ああしよう』とか考えず、自分の感情が動くままにやろうと心掛けていました」
撮影も実際に漂流ポストがあるガーデンカフェ『森の小舎』で行われた。園美がポストに届いた手紙を無言で読むシーンは、本番前日に雪中が下見に来たときの映像がそのまま使われている。
「だから、素で本物の手紙を読んでいました。自分が祖母とどう向き合うか、迷いがある中で、ひと文字ひと文字に想いが込められた手紙に『私も書いたら一歩踏み出せるのかな』とか、いろいろな気持ちが混ざっていました」
そして、園美が泣きながら恭子への手紙を改めて書くシーンでは、雪中が実際に祖母へ宛てた手紙を書いていたという。
「結構な時間を使わせていただきました。ガーデンカフェが本当に静かで、鳥の声しか聞こえないような場所で、手紙に向き合える雰囲気だったのを覚えています。自分がずっと抱えてきたものを全部きれいに吐き出せたし、想いを書いたのと同時に頭の中を整理できました」
役をまっとうしながら、雪中自身も一歩を踏み出せたようだ。
海で叫ぶシーンでは雨が降るのを待ちました
撮影は3年半前とあって、「正直あまり記憶にありません(笑)」と言うが、その中でもいまだによく覚えているシーンがあるそう。
「園美が海に入って叫ぶシーンです。撮影した日が曇っていて雨が降りそうで、『降る前に撮ろう』となるのが普通ですけど、監督もカメラマンさんも『降ったほうが良い画になる』ということで、雨待ちをしました。雨がやむのを待つのでなく、降るのを待ったのは初めてです(笑)。そしたら、本当に雨が降ったんです! みんなで『行くぞ!』と海に向かって走りました。やっぱり画的に全然違ったし、自分の心の中でも何かが変わった気がします」
そのシーンは、叫び声自体は入ってない。
「恭子の名前を叫んだり、親友を奪った海への怒りや、想いを伝えられなかった自分に対する悔しさもあって。そういうことをずっと叫んでいたと思います」
なかなか会えなくても1人1人を大切に
清水健斗監督は2011年3月12日に岩手に赴く予定だった。自分が1週間前に訪れた場所が津波に流されてしまう様子をニュースで見て、他人ごとと思えず長期ボランティアに参加。直に見聞きした被災者の想いを風化させないために『漂流ポスト』を製作した。
ニース国際映画祭、ロンドン国際映画祭、ロサンゼルスインディペンデント映画祭、プレスプレイ国際映画祭など、海外の数々の映画祭で上映されて多くの賞に輝く。東日本大震災から10年となる今年、日本で追悼ロードショーが行われることに。
「海外で受賞するたび、いろいろな人に『すごいね』と言われましたけど、たぶん世界のどこでも通じるテーマなんでしょうね。この節目に公開していただけるのは本当にうれしいです。私も今は客観的に観られるようになりました。自分の出た作品で涙するのはちょっと恥ずかしいですけど(笑)、家族のこととかいろいろ思い出して、ウルッときてしまいます」
奇しくも今の日本、そして世界も苦難に見舞われている。
「コロナ禍で人となかなか会えない状況が続いて、自分が関わる1人1人を大切にしなきゃと思うようになりました。今、隣りにいる友だちにも、もし明日会えなくなるとしたら、何か話しておきたいことはないか。そう考えて、ちゃんと想いを伝えるように心掛けています」
Profile
雪中梨世(ゆきなか・りせ)
1994 年10 月7 日生まれ、福岡県出身。
2012 年に舞台『桜の森の満開の下』(原作/坂口安吾)のヒロイン役でデビュー。その後、少年社中『ネバーランド』や柿喰う客フェスティバル『サバンナの掟』など舞台を中心に活動。ドラマ『家政夫のミタゾノ』、『越路吹雪物語』などに出演。『漂流ポスト』で映画初主演。現在は大中莉雪として活動している。
公式HP https://acalino.jp/tokyo_talent/risetsuonaka/
『漂流ポスト』
監督・脚本・編集・プロデュース/清水健斗
3 月 5 日よりアップリンク渋谷ほか全国順次公開
公式HP https://www.hyouryupost-driftingpost.com/
『漂流ポスト』で回想シーンを演じた神岡実希×中尾百合音インタビュー
https://news.yahoo.co.jp/byline/saitotakashi/20210227-00224598/