投資信託業界を清潔にするための残骸除去計画について
投資信託業界の悪弊として、時流に乗った売りやすいものを手軽に濫造し、人気が去れば捨て置いて、次の売れ筋を探し求めるために、投資信託の残骸の山が築かれていますが、そろそろ、ごみ掃除が必要ではないか。
森信親氏の講演の衝撃
2017年4月7日、当時の金融庁長官であった森信親氏は、日本証券アナリスト協会の第8回国際セミナーで講演し、次のように述べました。
「日本の投信運用会社の多くは販売会社等の系列会社となっています。投信の運用資産額でみると、実に82%が、販売会社系列の投信運用会社により組成・運用されています。系列の投信運用会社は、販売会社のために、売れやすくかつ手数料を稼ぎやすい商品を作っているのではないかと思います。
これまでの売れ筋商品の例をみても、ダブルデッカー等のテーマ型で複雑な投信が多く、長期保有に適さないものがほとんどです。こうした投信は、自ずと売買の回転率が高くなり、そのたびに販売手数料が金融機関に入る仕組みになっています。」
業界は、森氏の驚くべき内容の講演により、一瞬は心の痛みを感じたはずですが、もっと驚くべき厚顔無恥により、直ちに旧態に復し、今でも、ESGだのSDGsだのといった流行語を付しただけの安っぽい投資信託の乱売競争を熱心に展開しています。もはや、何をいっても聞かない業界にいうべきことはなく、また手数料稼ぎ等の業界の悪弊は周知のことですから、ここでは、こうした流行を追うことの当然の帰結として、流行が去った後に残る死屍累々の問題を検討してみます。
大量にある残高の小さな投資信託
森氏の講演に先立つ2016年9月に、金融庁は、「平成27事務年度金融レポート」を公表していて、そこで、次のように述べていました。
「我が国において規模の大きい投資信託は、投資対象を特定の種類の資産(特定の国の不動産、特定の業種の株式等)に限定した、テーマ型のアクティブ運用商品が多い。こうしたテーマ型の投資信託は、その前提となる経済環境や市場の関心が変化してしまえば自ずと人気がなくなるため、ロングセラー商品として定着しにくいものと考えられる。」
こうして、一方で、次々と新しい投資信託が作られ、他方で、人気の離散した古い投資信託が残り続けるために、残高の小さな投資信託が大量に存在することになる現状について、同レポートは、更に、次のように指摘していたのです。
「投資信託の規模が小さければ、一般的には、スケールメリットが働かないために管理コスト等は割高になりがちであり、顧客が支払う信託報酬等の手数料も高くなるものと考えられる。我が国で販売されている投資信託の多くがそうした状況に置かれているとすれば、家計にとっては長期的な資産形成を行うために最適な環境にあるとは言えないものと考えられる。」
金融庁は、残高の小さな投資信託が大量に存在する現状について、最重点施策である国民の安定的な資産形成にとって、好ましくないと断言したのですから、いかに鈍感で厚かましい業界としても、さすがに無視し得ない状況が生じました。なぜなら、背景として、投資信託の併合、即ち、小さな投資信託を統合して大きくすることによって、問題を解決しようとする具体的な動きが進展していたからです。
民主党政権に遡る
2010年、民主党政権は、6月に「新成長戦略」を閣議決定した後、12月に「金融資本市場及び金融産業の活性化等のためのアクションプラン」を公表し、2012年7月には、「日本再生戦略」を閣議決定して、そのなかで、投資信託と投資法人の見直しを行うとしました。
金融庁は、これに先立つ2012年1月に、金融審議会に本件を諮問し、金融審議会は、「投資信託・投資法人法制の見直しに関するワーキング・グループ」を設置して検討を重ね、2012年7月には中間論点整理を公表していて、12月に最終報告書を公表したのでした。この最終報告書は、投資信託の併合を進めるべきこと、そのための手続きを簡素化することを提言していて、これにより、初めて、金融行政の重点課題として、投信併合が設定されたわけです。
第二次安倍政権の発足
投資信託の併合問題は、ものの見事に、政権交代の境目に当たったのですが、それでも、金融庁は、前政権時代の最終報告書をもとに、投資信託の併合の簡素化を重要な目的として、「投資信託及び投資法人に関する法律」の改正を行います。改正法は、2014年12月1日に施行されました。
施行に先立つ9月、日本証券業協会、日本投資顧問業協会、投資信託協会の三協会は、日本取引所グループとともに、「東京国際金融センターの推進に関する懇談会」を設置し、2015年9月に報告書を公表します。それを受けて、三協会は、「資産運用等に関するWG」を立ち上げて、2016年6月に報告書を公表します。更に、それを受けて、投資信託協会は、2016年9月に、理事会の直下に資産運用業強化委員会を作り、具体策の検討を開始し、2017年6月に、報告書を公表して、併合を重要な課題に掲げるに至るわけです。
そして、この渦中の2016年9月に、先の金融庁のレポートにおける指摘となるわけですが、金融庁は、更に、追い打ちをかけるように、2017年7月、投資信託協会との意見交換会における指摘事項を公表して、そのなかで投資信託協会の報告書に言及し、「本報告の中で明らかにされた、投資信託の併合に関する問題点については、併合を具体的に進めるためのマニュアル(「投資信託の併合に係る実務要領」)が貴協会において整備されたと聞いており、今後は、この実務要領を現場の隅々に浸透させる努力をお願いしたい」という極めて異例な具体的要請をしたのです。
たった一件の併合実績
しかし、今日に至るも、併合の実績は、たったの二件しかありません。最初は、2020年5月の野村アセットマネジメントによるものです。二番目は、同年10月のクローバー・アセットマネジメントの事例ですが、これは2014年の改正法の手続きによるものではないので、改正法による併合事例は、依然として、野村アセットマネジメントのものだけです。
法律改正までして、7年以上経過しても、事例一件とは、異常です。法律改正は、国民の利益になることを前提として、現状に対する改善案として、業界団体からの要望に従って企図されるはずのものですから、金融庁からすれば、法律改正までして、投資信託の併合を容易にしたのに、長い時間が経過しても事例が一件では、業界の姿勢について、改革推進の意欲を欠くものとして、疑問を呈せざるを得ないわけです。
併合が進まない理由
併合が進まない理由は、業界の怠慢でしょうが、他にも理由があります。なによりも、投資信託の併合は、民主党政権によって着手され、不幸にも政権交代の狭間に落ち込んだことにより、様々な影響を受けてきたはずですが、それを個別に指摘することは不可能です。しかし、より根源的な問題として、少なくとも三点あるでしょう。
第一は、民主党政権下で併合が浮上したのは、小規模な投資信託では、経費率が高くなって、顧客の利益を損なうという論拠に基づいていて、この論拠は今の金融庁にも承継されていますが、実際には、業界は、規模に関係なく経費率を一定にする慣行のもとで、この問題を回避してきており、改めて顧客の利益のための併合という錦の御旗は掲げられないことです。
第二は、業界の側において、併合を推進することの利益誘因が必ずしも明瞭ではないことです。例えば、併合には、販売会社の協力が不可欠ですが、手数料や信託報酬が一円も増えないなかで、販売会社には面倒な事務をする利益誘因は全くないわけです。
第三は、2014年の法律改正が不十分で、実務の実情を反映していないために、簡易な手続きによって併合できることになった投資信託の範囲が極めて狭く限定されていることです。これは、より根源的に、法律が既に廃車になるべきポンコツと化していて、いかに修理してもポンコツの性能は変わらないということでもあります。
業界の決断と真の改革の起動
実は、業界の真の怠慢は、併合を推進できない現状を逆手にとって、そこに安住していることです。法律の抜本的改正を求めるためには、業界として、不退転の決意のもとで、改革の断行を確約する必要があります。金融庁が業界に求めているのは、第一に、残骸処理へ向けた業界の決断であり、第二に、新たな残骸を生まないように、流行を追う悪弊を断ち切ることであり、第三に、顧客の利益の視点で、販売会社との関係を含む業界慣行を是正することです。