無観客ライブから投げ銭や電子チケット制有料配信へ。アーティストやライブハウス支援の動き、始まる
新型コロナウィルス感染症の拡大は、音楽業界にも大きな影響を及ぼしている。
予定されていた数多くのイベントの中止・延期が発表され、ライブ・エンターテインメント産業は苦境を迎えている。そんな中、インターネットを通じた「無観客ライブ」の生配信を支援につなげる動きも生まれている。
■負債1億円からクラウドファンディングで5000万超
「正直、この公演をすることで自分たちが負債を負うことになるとは思ってませんでした」
3月1日、横浜アリーナ。ステージでこう語ったのは、川崎出身の8人組ヒップホップグループBAD HOPのメンバー、YZERRだ。2018年には武道館公演を成功させ、昨年11月にリリースしたEP『Lift Off』では海外の第一線のプロデューサーと楽曲制作を行うなど、人気、実力ともに日本のヒップホップシーンの未来を背負う存在として注目を集める彼ら。この日に予定されていた初のアリーナ公演は、当初は通常のワンマンライブとして行われる予定だった。
しかし感染拡大を受け、通常の公演は中止。チケット全額を払い戻した上で、本番同様のステージセットを用いた無観客ライブのYouTube生配信を敢行した。
BAD HOPはメジャーレーベルや事務所に所属せずメンバー個人が自主運営するグループだ。公演にはスポンサーもついていないため、1億円以上の制作費用はメンバー8人の借金となる。
ステージ上でメンバーのT-Pablowは「普通に公演をキャンセルすれば負債は3~4千万円で済んだ」と告げ、その上で「コロナウイルスのせいでネガティヴな気持ちが蔓延するのが嫌で、画面越しからポジティヴなメッセージを発信したかった」と、ライブ配信を行った意図を語った。こうした姿勢は多くの共感を集め、ファンのアイディアから彼らが始めたクラウドファンディングのプロジェクトではすでに5千万円以上(3月14日時点)の支援が集まっている。
https://camp-fire.jp/projects/view/241091
人気アーティストによる「無観客ライブ」の生配信の動きは、他にも広がっている。2月28日にはスキマスイッチ、2月29日にはKREVAや打首獄門同好会、3月1日にはナンバーガール、3月8日にはaikoが、予定されていた公演を中止もしくは延期。かわりに、それぞれのYouTubeチャンネルなどで無観客ライブの生配信を実施した。
ただ、これらはどれも、主催者側にとっては会場費や制作費など多額の赤字を抱えることになる施策でもある。影響の長期化が見込まれるなかで、ライブエンターテイメント産業全体の持続的なサポートにはなりえない。
■有料配信や投げ銭が新しい選択肢に
そんな中、電子チケット制の有料ライブ配信の動きも生まれている。
東京を拠点に活動するバンドceroは、3月13日に電子チケット制の有料ライブ配信「Contemporary http Cruise」を開催した。
チケット代金は1,000円で、購入者は1週間にわたってアーカイブを視聴可能。「応援投げ銭システム」も導入され、チケット購入時に投げ銭が可能となっている。この日はceroにとって全国ツアーの仙台公演の開催予定日だったが、こちらは振替公演となることが発表されている。
所属レーベル「カクバリズム」の代表・角張渉は、有料制のライブ配信を実施するに至った経緯について、公式ページにて以下のように綴っている。
メンバーの高城晶平もツイッターにて「新しい選択肢」として有料配信に踏み切ったことを発信した。
電子チケット制の有料ライブ配信の試みは、こうした状況の中で、アーティストやファンが自粛することなく、かつ健全でサステナブルなものとして音楽活動を展開するための意義ある試みだと筆者は考える。今回はあくまで新型コロナウィルスによる延期や中止を受けての施策だが、ひょっとしたら、ライブエンタテインメントにとっての一つの大きな可能性になるかもしれない。
また、東京・新代田のライブハウスFEVERはYouTube課金制システムの導入を検討しているという。先日、FEVER代表の西村仁志氏は、InstagramでオーディエンスにYouTubeチャンネル登録を呼びかけた。
https://www.instagram.com/p/B9oo6pjpEcD/
こうした動きにASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文など多くのミュージシャンが賛同。
結果、ライブハウスFeverのYouTubeチャンネルは投稿から1日で登録者数1万5千人を突破した(3月14日時点)。
本稿の執筆時点では、現状、コロナウィルス感染拡大の収束の目処は立っていない。そして、大阪市内のライブハウスで新型コロナウイルスの感染拡大が起きていたことや、専門家会議によって「密閉空間で換気が悪い」「手の届く距離に多くの人がいる」「近距離での会話や発声」といった条件が揃うことがクラスター(小規模な感染集団)発生の条件にあたるとされたこともあり、特に高リスクな環境だとされたライブハウスへの影響はかなり長引くことが予想される。特に資金面で体力がない小さな店ほど経営への打撃は大きいだろう。
ただ、これまで各地のライブハウスが音楽シーンに果たしてきた役割はとても大きい。単に演奏の場を提供するというだけでなく、アーティストを育成し、支え、東京だけでなくそれぞれの都市でのローカルな音楽カルチャーを発信する拠点にもなってきた。
感染拡大の社会全般への影響が深刻になった今、こうしたライブハウスや、アーティストの活動を、どのようにサポートしていくことができるか。その新しい方法が模索されている。