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武豊騎手がジャパンを選んだ理由と愛国トップトレーナーとのエピソード

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
A・オブライエン調教師と武豊騎手

2年越しで実現したタッグ

 初めて最強コンビが実現しそうになったのが一昨年の凱旋門賞(GⅠ)。武豊が騎乗を予定していたのはエイダン・オブライエン厩舎のブルーム。しかし、同馬は体調不良により出走を回避。結局、他陣営からの依頼で凱旋門賞に参戦出来た武豊は、馬場入り後、コース上を歩くオブライエンと交差した。何という事の無い一場面ではあったが、天才騎手の胸の内を想像すると、エモーショナルなシーンに見えた。

初コンビが予定されていた2019年の凱旋門賞。ブルームの回避により武豊はルジェ厩舎の馬に騎乗。本馬場入場時、オブライエンと交差するシーンがあった
初コンビが予定されていた2019年の凱旋門賞。ブルームの回避により武豊はルジェ厩舎の馬に騎乗。本馬場入場時、オブライエンと交差するシーンがあった

 それから1年後、20年の凱旋門賞。今度はジャパンでついにスクラムが組まれるかと思われた。しかし、競馬の神様はあと1日の我慢をしてくれなかった。新型コロナウィルス騒動の中、現地入りしていた日本のトップジョッキーの耳に、信じられないバッドニュースが飛び込んだ。オブライエン厩舎で使用しているゲイン社の飼料から禁止薬物が検出されたため「凱旋門賞に出走を予定していた同厩舎の4頭は全て出走を取り消せざるを得ない」という。結果、武豊は本来、参戦する予定だった欧州最大の一番をスタンドから観戦する事になったのだ。

 更に1年後の今年の凱旋門賞。ついにその時がやってきた。キーファーズの勝負服に身を包んだ武豊は、オブライエンに足をあげてもらって同厩舎のブルームに跨った。

 「エイダンが足をあげてくれて『おぉっ』と思いました」

 結果は11着に沈んだものの、世界に名を轟かす調教師とペアを組んで最高峰のレースに挑んだのは、武豊にとっても日本の競馬界にとっても新たな歴史の扉を開いた瞬間といって過言ではなかった。

今年の凱旋門賞でオブライエン厩舎のブルームに騎乗した武豊
今年の凱旋門賞でオブライエン厩舎のブルームに騎乗した武豊

 そのブルームは次走でブリーダーズCターフに挑むと直線1度は抜け出すレースぶりでユビアーの2着に好走した。そして、同じレースに出走したジャパンはブルームから0秒5遅れての4着。この2頭が今回、ジャパンC(GⅠ)に出走するため、日本にやって来た。ブルームはライアン・ムーアが、そして武豊はジャパンに騎乗をする運びとなった。

左からR・ムーア、武豊、A・オブライエン
左からR・ムーア、武豊、A・オブライエン

ジャパンをチョイスした理由

 今回のこの両頭の騎手の振り分けに関し、オブライエンサイドに話を伺うと「ユタカがジャパンを選択した」との事。ジョッキーに確認すると首肯した。ジャパンは、母の半兄に武豊騎乗で凱旋門賞を3着したサガシティがいるという血統の馬だった。そのあたりを考慮したのか、それとも単純に勝つ可能性が高いと見込んだのか……。そのあたりを改めて問うと、ゆっくりと口を開いた。

 「前走のブリーダーズCターフではブルームが先着しているわけですし、どちらが強いのかは微妙で分かりません。ただ、ジャパンは実績が凄いし、今回で引退の可能性もあると聞いたので、1度は乗ってみたいと思いました。より乗りたい方を選ばせてもらったという事です」

 ジャパンは3歳だった19年にイギリスでダービーを3着した後、フランスのパリ大賞(GⅠ)を優勝。更にイギリスのインターナショナルS(GⅠ)を連勝。このレースではプリンスオブウェールズS(GⅠ)の覇者で直前のキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(GⅠ)であのエネイブルとクビ差の接戦(2着)を演じたクリスタルオーシャンを破っての快勝劇だった。近走では当時の輝きを取り戻せず苦戦しているが、実績だけを考慮すればこちらを選択しても何ら不思議はないのである。

クリスタルオーシャンを破って英インターナショナルS(GⅠ)を制した時のジャパン
クリスタルオーシャンを破って英インターナショナルS(GⅠ)を制した時のジャパン

2年前、アメリカでの出来事

 さて、冒頭に記した幻のタッグとなった一昨年の凱旋門賞から約1ケ月後の話である。

 19年の11月。ブリーダーズカップに騎乗するためアメリカ入りしていた武豊。ロサンゼルスの北東に隣接するパサデナのレストランで食事をしていると、そこに偶然、知った顔の団体が現れた。

 ジョッキーのライアン・ムーア。そして、調教師のジョセフ・オブライエンとその父エイダン・オブライエンだった。

パサデナのレストランで偶然、顔を合わせた。左からR・ムーア、A・オブライエン、武豊、ジョセフ・オブライエン
パサデナのレストランで偶然、顔を合わせた。左からR・ムーア、A・オブライエン、武豊、ジョセフ・オブライエン

 日本ではまだ発表前だったが、この時点ですでにキーファーズの松島正昭オーナーとクールモアの間でジャパンに関する話が進んでおり、自然とその話に花が咲いた。そして、それぞれ自らの席に戻った後、武豊は言った。

 「エイダンとは同い年なんですよね。世界中の競馬場で顔を合わせているけど、実際に彼の厩舎の馬に乗った事はまだないので、ジャパンみたいな凄い馬に乗れるのであればそれは楽しみです」

 本当に騎乗出来るまでまさかあれから2年もの歳月を要するとは、当時は誰も思っていなかった。ジャパンCという大舞台でついに実現したジャパン騎乗。ここで優勝しようものなら、その話題性は大きい。本日15時40分、運命のゲートは開く。果たしてどのような結果が待っているのか。注目しよう。

2005年、英国でのオブライエンと武豊
2005年、英国でのオブライエンと武豊

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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