中国フィギュア女子、朱易選手はなぜ中国ネット民の怒りに火をつけたのか?
2月6日と7日に行われた北京冬季五輪のフィギュアスケート団体戦に出場したが、転倒が相次ぎ、中国チームの足を引っ張ったとして、朱易(ジュ・イー)選手が中国のネット上で激しい批判にさらされている。
批判が始まったのは6日のショートプログラムで転倒してから。中国のSNS、微博(ウェイボー)で「朱易の転倒」というハッシュタグがついた投稿が急増し、「なんでこんな選手が代表に選ばれたのか?」「チームの足を引っ張るな」「わざと転んだんだろ?」などと誹謗中傷が集中し、大炎上となった。
『環球時報』の元編集長が「これは朱選手に対するネットの暴力だ。自分たちの国を自ら貶めるようなこと(誹謗中傷)はしないで」と冷静になるように訴えたが、批判は止みそうもない。
なぜ中国のネット民はここまで怒ったのか?
彼らの怒りに火がついた理由はいくつかある。まず代表選考が不透明だということだ。
もともと代表に選ばれる実績のある選手が他にいたのに、アメリカ生まれで、しかも実績があまりない朱選手が選ばれた(とネット民は考えている)こと、朱選手があまり上手に中国語を話せないこと、2018年に(五輪のために)わざわざ国籍を中国に変えて、中国で代表に選ばれるようにしたこと、その裏には高名な科学者の父親の存在があり、父親のコネで選ばれたのではないか、ということだ。
これらはいずれも憶測に過ぎないが、これらの話を誰かが最初にネット上に書き、そこに尾ひれがついて、あっという間に拡散。ついに炎上する事態となってしまったのだ。
また、米中対立という国家間の問題や、若者の間で高まっているナショナリズムも関係しているとみられる。
朱選手を「アメリカのスパイだ」と誹謗中傷する人もいるように、人権問題やコロナなどでさらに悪化しているアメリカに対する憎悪の感情を、アメリカ生まれで、中国で育っていない彼女個人にぶつけてしまったことだ。
同じくアメリカ生まれで、同じく五輪前に中国籍を取得し活躍しているフリースタイルスキーの谷愛凌選手もいるが、谷選手の場合は中国語が流暢で実力の点でも申し分ない、むしろ、中国チームの助っ人になる存在、という違いがある。
フィギュア女子はわずか1席しか枠がないのに、そこに実績が伴わず、中国語もあまり話せない、名前もよく知らない選手が選ばれた、ということに対する不信感もあるのかもしれない。
今回、中国選手団には、中国国籍を取得して参加した海外出身の選手が10人以上参加しているが、「そもそも冬のスポーツがあまり盛んではない中国で、メダルを量産することは無理。海外から選手を引っ張ってきて、無理してメダルの数を稼ごうとした政府に対する国民の白けた気持ちもあり、そうしたジレンマも重なってしまったのでは……」と分析する中国人もいる。
富裕層、特権階級に対する怒り
さらに、父親がかつてアメリカ留学し、アメリカで有名な科学者として成功しているという点も、富裕層やその子どもに対する怒りを彼女個人にぶつけている、という点がある。
昨今の中国では、高額なギャラをもらっている芸能人や特権のある富裕層を批判する傾向が以前より高まっている。
朱選手の父親のように、早い時期にアメリカに留学できるような(恵まれた)立場の人や、アメリカ在住で経済的に成功し、子どもに高額な習い事であるフィギュアスケートを習わせることができる中国人に対しても、快く思っていないという面もある。
これらのことが国民、とくに若い世代のネット民の間で不満や怒りとなって渦巻いており、そのほとんどすべてに当てはまる、(しかし、何の罪もない)朱選手にぶつけてしまうという残念な結果になってしまったのだ。
中国では同じフィギュアスケートの金博洋選手が朱易選手を励ます言葉を中国メディアで話したり、中国国営のツイッターで「朱易、泣かないで」と投稿しているが、いったん暴走した若者の声はなかなか収まらない。
SNSには「憶測での批判はやめよう」「彼女は重圧の中で精一杯がんばっている」というネット民の冷静な声もあることはあるが、大勢の声にかき消されてしまっている状況だ。
朱選手関連の投稿は現在、検閲の対象となり、一部は閲覧できなくなっているが、若者たちの不満は、次は一体どこに向かうのだろうか。
参考記事: