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【荻野勝彦×倉重公太朗】「日本型雇用はどこへ行く」第1回(同一労働同一賃金のゆくえ)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
荻野勝彦氏と記念撮影

倉重:倉重公太朗の『労働法の正義を考えよう』対談企画5弾として、人事界隈の超有名ブロガーである荻野さんにお越しいただいておりますが、自己紹介をお願いしていいでしょうか。

荻野:超有名かどうかは分かりません。サラリーマン生活が、もう30年を超えまして、大体、半分くらいが人事の関係、半分くらいは人事じゃないけれども労働政策にも少し関係をするようなことに携わってまいりました。今年から中央大学のビジネススクールで客員を始めましたので、きょうはそちらの立場でということで、勤め先を離れて、ちょっと一般論的なお話をさせていただくといいのかなというふうに思っております。

倉重:ありがとうございます。某大企業にお勤めで、かつ、お勤めされながら大学のほうでも教えていらっしゃる。あと『労務屋ブログ』という有名なブログ主でいらっしゃいますね。

荻野:有名かどうか。あまり品のいい代物ではありません。

倉重:厚労省の審議会であるとか、そういうものもやられてますよね。

荻野:もう7~8年前になりますが。

倉重:荻野さんは労働政策に関するご意見を表明されているということで、今日は様々な角度からお尋ねしたいと思います。

まずは、日本型雇用というものを現代的にどう捉えるかという視点でお尋ねしていきたいんですけれども、やはり働き方改革と、ここ1年少し言われていますけれども、実際にいろいろな取り組み例とかをお聞きになっていると思いますが、政府の動きを含めて、荻野さんの目から見て、今の働き方改革と言われているものを、どのように評価されていますか。

荻野:一言で働き方改革といってもかなり幅が広いですし、実態先行のものもあれば、理念先行のものもあります。例えば、テレワークは見切り発車的にどんどん実態が先行しているように見えますし、一方で、同一労働同一賃金は、具体的にどうしていくのか、まだ各社、ご苦労をされているところではないかと思います。進み具合も違えば粒度も違うようなものが混ざっていて、一言で言い切るのも難しいところはあります。

倉重:なるほど。やはり働き方改革というと、一番に出てくるのが労働時間の話だったりしますよね。上限規制も来年からということですけれども、労働時間であるとか、テレワークであるとか、同一労働同一賃金、さらに育児、介護とかの問題、個別に言ったらいろいろあると思うんですけれども、全体の労働政策としては、今の安倍政権の方向性というものは、どう思っています?

荻野:言い方が難しいですが、拙速な感は否定できないですね。政治的には成果を急ぎたいというのはよく分かりますし、労働時間の上限規制のように、もうかなり長いこと、やるべきではないか、できるのではないかと言われてきたことに、実態もついてきたということもあり、この際思い切って踏み切ったというのはよかったのかも知れませんが。

しかし、その一方で、同一労働同一賃金のような、もっと労使でじっくり議論をして、試行錯誤しながら時間をかけて取り組むべき課題についても、非常に拙速にガイドラインを作ったりしているので、そこは評価が難しい。これが2本柱ということですが、対称的な感じかなと思います。

倉重:おっしゃるとおり、日本の労働法の中で初めて労働時間の上限規制というものが入り、かつ高度プロフェッショナル制度も、工場法から流れを受け継ぐ労働法において、初めて、法律として、成果と時間が比例しないということを明言したという意味では、ある意味、歴史の転換点に来ているのかなと思う一方で、同一労働同一賃金は、企業の中の、本来は労使交渉で決めるべき問題ですから、そこに口を出すのは、これは法律でどこまでやるべきなのかと。正直、裁判所もかなり困っているんじゃないかなと思います。

荻野:ハマキョウレックスと長澤運輸の最高裁判決が出ましたので、実務には参考になるだろうと思います。ただ、これは労契法20条の事件なので、今回の法改正の後にはまた別の立論もあり得ますよね。

倉重:そうですね。同一労働同一賃金ガイドラインがたたき台を経て、どのような指針になるかですね。手当て関係に関しては、おっしゃるとおり、確かに最高裁を経て考え方が整理されてきたかなと思うんですが、基本給、それから賞与、退職金と、私はセンターラインと言っているんですけれども、そのセンターラインに関しては、まだまだ不透明感が強いかなと思ってます。ただ、企業の賃金制度というものは、これは人事権の根幹をなすものであり、そこにどこまで国が、司法が口を出すのかなというのが非常に難しい問題だなと思っているんですけれども。

荻野:基本的には、企業の賃金制度などに手を突っ込んで直接どうこうしようというのは、あまり筋のいい話ではないと思いますが。

倉重:でも、わざわざ同一労働同一賃金の規定を労働契約法からパート労働法に移すというのは、これは行政指導をするためですよね。

荻野:もちろんそういうことでしょうね。

倉重:ということは、かなり口を出すぞということでしょうね。

荻野:実効性、目先の成果を求めたいというのは当然あるでしょうから。

倉重:ただ、やっぱりかなり確かに、そのかいもあってかパートの労働条件が改善されているということは統計でも有効求人倍率に照らして、非正規に関しては賃金水準が上がっているというのは見えますけれども、ただ、一方で正社員の方は、統計的に見てもあんまり上がってないですね。そうすると賃金原資が増えているわけではなさそうだなと思いますが。

荻野:正社員も雇用自体は伸びていますから、総報酬も伸びているのではないかと思います。ただ、順番としてはまず非正規雇用の賃金が上がり、それから業績が改善すれば正社員の賞与が伸びるという順序できて、正社員の月例賃金が目に見えて力強く伸びるというところまでは、たしかにまだ来ていないかもしれません。

倉重:なるほど。象徴的だなと思ったものは日本郵便の事件で、住宅手当の不合理性に関する判決も出ましたよね。でもその後、日本郵便の最大労組であるJP労組と合意をして、10年かけて住宅手当をなくすというようなニュースが出ていました。

まさにこのニュースに象徴されるように、労働条件を正社員の方に合わせるんじゃなくて、正社員のほうを下げるという決断を労組もしたんだなと。これはやはり将来の投資や郵便事業が斜陽産業であることを熟慮の上での決断であろうと思っているんです。

荻野:JPの場合は、私が正しく理解しているかどうか分からないところがありますが、正社員の新しい雇用管理区分をつくった。いわゆる転勤を伴うような人事異動などはなく、キャリア的にも、責任の重い仕事に就くわけではないというものだろうと。これはおそらく、今年から5年有期で無期化する、その受け皿としても想定されていたのではないかと推測しているのですが。

倉重:一般職ですね。

荻野:この理解でいいとすれば、そういう雇用管理区分については、建前的には住宅手当の必要性は低いのかもしれない。だからといって、即座に廃止するのは影響も大きいので、当面は存続して将来的な課題として検討するというのは常識的な対応と思います。そこに、昨年、今年と東京と大阪で有期雇用にも住宅手当を支給すべきという判決が出たわけですね。これがきっかけになったのかどうかは分かりませんけれども、そろそろ懸案を解決しようということではないかと思います。使用者サイドの見解をみると、10年間かけて調整するということですし、賞与も積み増しするといった配慮をしているようです。長い時間とそれなりのコストをかけて、制度として合理的なものにしていくということだと思います。

倉重:なるほど。ある種、象徴的だと思うものは、やはりJPの場合は非正規雇用が20万人いるという中で、もちろん人によって額が違いますけれども、最大3万円の住宅手当を支給すると単純計算で60億を毎月出すという話になります。これが本当に合理的な投資判断なのかということですね。恐らくこのような視点で労使は議論をしたんじゃないかと思ってます。要は、そういう議論をして、労使で最終的には決めたんだということに意味があるかなと思っているんですね。

荻野:おっしゃるとおりだと思います。例えばハマキョウレックスの事件だと、7種類から8種類とか、手当が何種類もありますね。

それらすべてが、これはこのための手当であって、だからこういう合理的な計算をしていくらにしました、と厳密やっているかというと、そうではないかもしれない。

倉重:要は、もともとは基本給から外したかったんでしょうね。

荻野:もちろん、それなりの理屈はあったのでしょうが、先生ご指摘のとおり、たとえば春の労使交渉のときに、まあいろいろ事情があってベアはこの回答だけど、それとは別に手当を増額しましょうとか、そういう一種の方便めいた使い方がされてきたという実態もたぶんあったと思うんです。

倉重:あとは賞与とか退職金の計算にも入らないですしね。

荻野:そうですね。割増賃金のベースに入らないということも考えたかもしれません。そういうところで、必ずしも厳格に合理的ではないような形で手当が拡大した部分もあったのではないかと思います。そして、いったん賃金制度に入れてしまうと、社会環境が変わっても手をつけにくい。そうしたものについて、今の時代に合理的なものかどうか、労使で整理してみるきっかけになるかもしれません。

倉重:そうですね。手当て関係は再整備というのは、おっしゃるとおりだろうと思います。

荻野:多分、そっちの方向に進むんじゃないでしょうか。

                                                  (つづく)

【対談協力】荻野勝彦氏

東京大学経済学部卒

現在は中央大学客員講師。民間企業勤務。

日本キャリアデザイン学会副会長。

個人ウェブサイトhttp://www.roumuya.net/。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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