ドーピング注意印があった治療薬 誰にでも起こる危険性 首相片腕が過激報道を批判 ノルウェー薬物騒動
クロスカントリースキーのテレーセ・ヨーハウグ選手が、ドーピング検査で陽性反応を示した。選手は、唇の治療のためだったとし、自身の責任を全否定。医師は全責任を負って辞職した。アンチ・ドーピング・ノルウェー機構は、最終処分を下すまで、暫定的な処分として、2か月間の資格停止を命じた。
医師は、イタリアの薬局で治療薬「Trofodermin」を購入。その外箱には、「ドーピング」という大きな赤い注意印が記載されていた。「なぜ、選手と医師は気づかなかったのか」と国内外で疑問の声があがっている。
フィンランドとスウェーデンでは、特にノルウェーのスキー業界の現状に対する批判が強い。
ドイツのスーパーマーケットチェーンであるリドルでは、フィンランドにある支店で、「ノルウェーサーモンを買えば、リップクリームが無料!」という皮肉なキャンペーンを打ち出した。ノルウェーの人々は、さすがにこれは気に入らないようで、「ユーモアか?いじめか?」とSNSなどで話題となっている。
問題となっている薬品は、ノルウェーでは販売が許可されていない。今回、イタリア現地より、その外箱の写真を入手できた。明らかに、注意を喚起するようなシンボルマークが記載されている。
TV2によると、イタリア現地の薬局の薬剤師は、「そもそも、日焼けした唇の治療に、Trofoderminを使うという話を聞いたことがない」と首をかしげる。「唇のような薄い肌に、クロステボルは塗らない。正直に言いますが、今回の話は信じることができませんよ」。TV2は現地の複数の薬局にコンタクトをとったが、どこも同じような返答がかえってきたという。
スキー連盟は、次なる陽性反応選手3人目をださないために、緊急対策案を複数打ち出した。外国で薬を購入する際には、ノルウェーにいる医師からの許可を必要とするなどだ。
しかし、TV2のドーピング専門家であるカッゲスタ氏は、「いくつかの提案は、まるで子どもレベルだ」と批判する。国営放送局のクロカン専門家は、1人目のスンビー選手のぜんそく薬物陽性反応が問題となった、1年9か月前に、緊急対策はできたはずだと、遅すぎる対応を批判する。
スウェーデンでは、薬の購入の際には、セカンド・オピニオンを必要とするなど対策が取られており、今回のノルウェーのような騒動は、「そもそもスウェーデンではありえない」と報道されていた。ノルウェー・スキー連盟は、今後スウェーデン・オリンピック委員会から今後の改善策について助言を求めるとしている。
地元選手「誰にでも起こりうる」
この騒ぎは、収まることがなく、連日メディアやネットで議論が続いている。選手たちの間でも動揺が大きい。当初はマスコミにコメントを避けていた地元のスキー選手たちも、口を開き始めた。
ノルウェー国営放送局にたいして、Tiril Eckhoff選手(バイアスロン)は、「私たちにとって、“目を覚ましなさい”という警報だった。私たちは医師を信じることができない。すべて、自分たちでチェックしなければ。私にも同じことが起きたかもしれない。そんなつもりはなかったのに、禁止薬物を摂取してしまうかもしれない。選手にとっては悪夢です」。
Thingnes Bo選手とEmil Hegle Svendsen選手(両選手バイアスロン)も、「これは誰にでも起こりうることだ」とコメント。「それが何なのかわかるまでは、私は何も使用しません。病的なほど、疑い深くなってしまいます」とSvendsen選手は語る。
素晴らしすぎる環境が、選手を甘やかす
VG紙にたいして、Oystein Pettersen選手(クロカン)は、葛藤も打ち明ける。「選手が最高の実力をだせるようにと、構成されたチームのシステムは素晴らしい。素晴らしすぎて、選手は周りが見えなくなってしまう。ノルウェー選手は最高の階級にいるが、同時に、甘やかされてしまう」。同選手は、医師を信頼しており、何も確認せずに薬などを受け取っていると話す。
首相片腕がマスコミの過激報道に眉をひそめる
クロスカントリースキーは、ノルウェーが金メダルを量産する、誇るべき国技ともいえる。今回の騒動には、多くの政治家が議論に参加している。20日、アーナ・ソールバルグ首相の側近である首相秘書のオーネス氏(保守党)が、過剰なスポーツジャーナリズムを批判するという異例の事態が起きた。
選手の大きな顔写真は、連日メディアの表紙を飾る。首相秘書は、自身のフェイスブックで、ネガティブ報道に対して、「行き過ぎではないか」とコメント。国営放送局の討論番組では、首相秘書とタブロイド紙VGのスポーツコメンテーターが議論するという事態に発展した。
ノルウェーのメディアは、政府から多くの補助金を受けている。日本人の筆者からすると、このシーンは政治家による報道陣への圧力にみえた。政府にとって、支援するスポーツ種目が、国内外でネガティブに報道されることは、好ましくないだろう。
Text: Asaki Abumi