南北の緊張が高まったこのタイミングで「金正男暗殺事件」のドキュメンタリーがついに韓国で上映
朝鮮半島の雲行きが怪しくなってきた。南北のホットラインである連絡通信網の復元による和解ムードが米韓合同軍事演習への北朝鮮の反発で一瞬にして吹っ飛んでしまったからだ。
昨年6月以来途絶えていた南北通信連絡線の再稼働を南北が同時発表したのが朝鮮戦争休戦日の7月27日。それからまだ2週間経らずの8月10日、金正恩総書記の妹・金与正(キム・ヨジョン)党副部長は米韓合同軍事演習が予定どおり実施されることに猛烈に反発する談話を兄の委任を受け、発表した。
与正氏は「背信行為にはそれ相応の代価を払わす」と米韓を威嚇した。また、午前、午後と2回交信することになっていた通信連絡線はこの日の午後をもって再び不通となってしまった。
「金与正談話」を受け、翌日には対韓担当部署である統一戦線部の金英哲(キム・ヨンチョル)部長も矢継ぎ早に談話を発表し、「我々の善意に敵対行為で応えた代償についてはっきり分かるようにしなければならない」と、決意を示した上で「(米韓両国は)誤った選択によって自らがどんなにおびただしい安保危機に迫っているのかを時々刻々感じられるようにするであろう」と予告した。こうした「恫喝」から北朝鮮が自制していたミサイル発射の再開に踏み切るのではと韓国では憂慮されている。
北朝鮮の予想外の反発に当惑した米国務省は「合同演習は防御的なもので、決して北朝鮮に敵対するものではない。米国は北朝鮮との対話を求めており、南北対話を支持している」とのコメントを発表し、韓国政府もまた「敵対的な意図はない」と必死に北朝鮮を宥めているが、こうした最中に2017年2月13日にマレーシアの空港で起きた金総書記の異母兄・金正男(キム・ジョンナム)氏の暗殺事件を扱った米国のドキュメンタリー映画「暗殺者たち(Assassins)」が今日(12日)から韓国で封切られることになる。
この映画は日本ではすでに世界に先駆けて昨年10月に「私は金正男を殺してない」とのタイトルで公開されている。つい先日(9日)もNHKBSで「金正男殺害事件の真相」の表題で放送されたばかりである。
昨年韓国で日本と同時上映されなかったのは韓国映画振興委員会が北朝鮮を刺激するのを恐れて許可しなかったと伝えられている。しかし、その後、配給会社や人権団体、脱北団体などが韓国当局に抗議したこともあってか、「芸術映画」として認可され、今回上映される運びとなった。
映画は北朝鮮工作員によって「暗殺犯」に仕立てられたインドネシア国籍のシティ・アイシャとベトナム国籍のドアン・ティ・フォンの2人の若き女性の救出に至るまでの過程を弁護士ら関係者の証言や暗殺現場となった空港のCCTV映像、さらには様々な資料から追っているが、観る者に「金正男暗殺」が金正恩総書記の指示に基づく計画的に仕組まれた大胆な犯行であることを赤裸々に見せつけている。
韓国では7月28日にマスコミ向け試写会が行われたが、監督のライアン・ホワイト氏は「この事件を最も熟知している韓国での公開を楽しみにしていた。観客がこの映画をどう受け止めるのか興味津々だ」と語っていた。
この映画は2000年に独立映画を扱う最も権威のある「The Sundance Film Festival」で初めてお披露目されたが、ホワイト監督は「マレーシア取材中に会った北朝鮮の駐在員らから『非常に危険な計画である』と忠告されたことがあった。彼らも無関心でいるはずはないと思っているので金総書記もこの映画を見るのではないかと思っている」と、試写会の会見の場で語っていた。
北朝鮮は「金正男暗殺事件」発生から一貫して事件への関与を否定しているが、金総書記を事件の「首謀者」と位置付けた「暗殺者たち」の韓国上映に北朝鮮当局がどのような反応を示すのか注目されている。
北朝鮮がこれまで金総書記を非難するビラや拡声器放送には物理的手段を使って抗議の意思表示をしてきたことは周知の事実である。昨年、韓国政府が脱北団体によるビラ散布を阻止しなかったとして開城に建てられていた南北融和の象徴である共同連絡事務所を爆破したのはまだ記憶に新しい。
また、映画との関連では2014年に金正恩総書記の暗殺をモチーフにしたコメディー映画「ザ・インタビュー」が配信された際にはホワイトハウスに書簡を送り、「最高指導者に対する冒涜だ」と抗議しただけでなく、「映画に関わった者も我が方の断固とした懲罰を受けるべきである」(「我が民族同士」のウェブサイト)と警告を発していた。その後、配給元の米ソニーピクチャーズエンタテインメント(SPE)が北朝鮮によってサイバー攻撃を仕掛けられたこともあって一時は上映中止に追い込まれたこともあった。