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微妙な研究成果が権威をまとってやってきた~どう対峙すべきか

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
「内閣府」の名前をまとって、まだ確かではない研究成果が世間に広まっている(写真:アフロ)

論文もないのに…

え?論文もないのに成果として発表?

いったい何が起こっているのだろう。

内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の研究チームが、実験方法に科学的な裏付けが足りない結果を成果として発表した。政府は研究リーダーに強い権限を与えるプロジェクトの運営方法を積極的に取り入れているが、その課題が浮き彫りになった。

出典:内閣府チーム、仮説段階の研究を表彰(日経産業新聞記事)

なんかコンテストをやっているらしい。

コンテストの狙いは脳の健康に効果のありそうな食べ物や生活習慣などを見つけることだ。企業などからアイデアを募り、山川PMらが開発した脳活動の指標をもとに、アイデアを試した時の脳の変化を測る。脳の健康に効果のありそうなものを表彰するという内容だ。今回が2回目でコラーゲンペプチドの摂取、ラベンダーのアロマハンドマッサージが表彰された。

(中略)

そもそもこのコンテストには問題がある。実際の測定方法が科学的な常識に沿っていないことだ。例えば薬の効果を示す際は、飲んだ人と飲まなかった人の効果を比較する。飲まない人のような比較対照群がいるわけだ。コンテストにはこれがなく、飲んだ人の前後の変化だけをみている。これでは効果を科学的に示したことにはならない。

出典:内閣府チーム、仮説段階の研究を表彰(日経産業新聞記事)

革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)といえば、国に選ばれた超エリート研究者が、ふんだんの予算を得て、革新的な研究を行うという、内閣府鳴り物入りのプログラムだ。

ハイリスク研究による非連続イノベーションの創出において成功を収めた米国DARPA(国防高等研究計画局)の仕組みを参考

研究者に対してではなく、プロデューサーとして研究開発の企画・遂行・管理等の役割を担うプログラム・マネージャー(PM)

に予算と権限を与える、我が国ではかつてない方式を導入

PMが目利き力を発揮し、トップレベルの研究開発力を結集して革新的な研究開発を強力に推進

出典:ImPACT概要

ImPACTができた経緯は以下のとおりだ。

「科学技術イノベーション総合戦略」及び「日本再興戦略」において創設が決定(平成25年6月閣議決定)

平成25年度補正予算に550億円を計上し、「独立行政法人科学技術振興機構法」の一部を改正して5年間の基金を設置

CSTI(著者注:総合科学技術・イノベーション会議)がPMを公募し、平成26年6月に12名、平成27年9月に4名を選定し、平成30年度末まで研究開発プログラムを実施

出典:ImPACT概要

たった16人に550億人を投資するという。イノベーションを起こし、日本の経済を立て直すことが求められている。

選ばれた16人には、山海嘉之氏など著名な研究者が並ぶ。素晴らしい研究成果を出している人がほとんどだ。

なのに…

チョコレートを売るため?

今問題になっているのは、山川義徳プログラム・マネージャーが率いる「脳情報の可視化と制御による活力溢れる生活の実現」だ。

実はすでに1月の研究成果のプレスリリースのとき、批判も出ていた。このヤフーニュース個人オーサーの詫摩雅子さんが厳しく批判していた。

ところが、詫摩さんの指摘などは、「チョコで脳が若返る!」という話題にかき消されている。

日経産業新聞の記事で批判がようやくウェブ上で大きくなってきた。

上記のページはこの研究の問題点が書かれているのでぜひご参照されたい。

しかし、まだまだこうした批判は広がっていない。google(すべて検索)でキーワード「脳」「チョコレート」で検索しても(2017年4月14日17時12分現在)、詫摩さんの記事が4番目に出てきてはいるものの、プレスリリースをもとにした記事が大半を占める。

  1. 脳活性化×チョコレート | みんなの健康チョコライフ- 明治
  2. チョコレート・カカオポリフェノール、カカオプロテインの情報集約サイト。チョコレート摂取による健康効果に関する研究結果を発表!|みんなの健康チョコライフ|株式会社 明治.
  3. カカオ多いチョコ “脳の若返り”可能性も|日テレNEWS24
  4. チョコで脳の若返り?大いに疑問な予備実験での記者会見(詫摩雅子)
  5. カカオを多く含むチョコレート 脳の若返り効果の可能性も- ライブドアニュース

止める手段はない?!

実は研究者の間で批判がないわけではなかった。ところが、実名で批判をできる人はほとんどいないという。

というのも、山川プロジェクト・マネージャーのもとには、大物研究者が多数いるからだ。

具体的にはATR(株式会社 国際電気通信基礎技術研究所)所長、島津製作所副部長、ATR 室長、NTT主幹研究員、岐阜大 助教、理化学研究所ユニットリーダー、副チームリーダー、Araya Brain Imaging CEO、京大 経営管理副院長・教授、京都大学准教授、京都大学教授、東京大学教授、NICT(情報通信研究機構)主任研究員、大阪大学教授、ATRグループリーダー、筑波大学講師といったそうそうたるメンバーが並ぶ。明治も大手企業だ。

批判をしたことに対する制裁を恐れれば(今風に言えば忖度して)、口を閉ざさざるを得ないということか。

また、チョコレートなどの食品や習慣なので、医薬品等の広告規制の網にも引っかからない。

健康増進法の誇大広告等禁止規定にはひっかかるかは微妙だ。

(誇大表示の禁止)

第三十一条  何人も、食品として販売に供する物に関して広告その他の表示をするときは、健康の保持増進の効果その他内閣府令で定める事項(次条第三項において「健康保持増進効果等」という。)について、著しく事実に相違する表示をし、又は著しく人を誤認させるような表示をしてはならない。

出典:健康増進法

初期段階の研究であるがゆえ、同規定が禁止する「著しく事実に相違する表示、著しく人を誤認させる表示」にあたるかは微妙と言わざるを得ない。

一応ImPACTは半年ごとに進捗状況を総合科学技術・イノベーション会議に報告する。その際

有識者会議は、進捗状況報告の内容等を踏まえ、必要に応じて PM に対して改善を求めることができる。

改善を求めるに際しては、ハイリスク・ハイインパクトな取組を促し、PM に大胆に権限を付与するという制度の主旨に留意し、細かな改善を求めるのではなく、

・研究開発プログラムがテーマに示された産業や社会のあり方の変革に十分なインパクトを与えないことが懸念される場合に、より効果的な研究開発プログラム運営への改善を建設的に求める。

・日本政府の事業として不適切な点があれば是正する。

といった観点から大局的に行うものとする。

出典:革新的研究開発推進プログラム運用基本方針 取扱要領

だが、プログラムの評価は終了後でないと行われない。

内閣府総合科学技術・イノベーション会議がどのような対応をするか注視する必要がある。

権威をまとった微妙な研究にどう対峙するか

評価、評価では疲れてしまう。まだ、海のものとも山のものとも分からない研究に予算を出す意義は認める。

研究はよく「千三つ」と呼ばれる。千の研究のうちものになるのは三つくらい、という意味だ。だから大胆な仮説のもとに研究をして、成果が出なくても責めるべきではない。

だからといって研究成果の誇張はいただけない。それが内閣府ImPACTの研究という衣をまとっているからよけいそう思う。昨今問題の怪しい医療情報サイトの記事とは全然違うからだ。

研究成果の誇張は昨今当たり前になりつつある。そうしないと研究費が取れない、と研究者が忖度しているのか、実際そうなのかは、議論の余地はあるが、今後も嘘とは言い切れないものの微妙な研究成果が、メディアを介して誇張されてやってくる可能性がある。

How to read health news(健康ニュースの読み方)は、1948年に設立されたイギリスの行政機関National Health Service (NHS)が書いた記事だが(松永 和紀氏の記事経由で知った)、非常に参考になることが書かれている。

  1. Does the article support its claims with scientific research?(記事は科学的研究でその主張を支持しているか?)
  2. Is the article based on a conference abstract?(記事は会議の要約に基づいているか?)
  3. Was the research in humans?(人間の研究か?)
  4. How many people did the research study include?(研究調査には何人の人が含まれていたか?)
  5. Did the study have a control group?(研究に対照群があったか?)
  6. Did the study actually assess what’s in the headline?(調査は見出しの内容を実際に評価したか?)
  7. Who paid for and conducted the study?(誰が研究費を払って調査したか?)
  8. Should you'shoot the messenger'?(あなたはメッセンジャー(ニュース)を攻撃すべきか?)
  9. How can I find out more?(もっと知るには?)

以上の10項目に注意して研究情報を読み解くべきだという。非常に参考になる。

しかし、もっと参考になるのは、National Health Service (NHS)の存在だ。

圧力にめげず、すぐに情報を扱う独立(とはいっても政府機関だが)の存在だ。

政府機関でもNPOでもよいが、科学情報に対峙する独立の機関が、日本では少ないのだ。

市民科学研究室日本科学者会議サイエンス・メディア・センターといった組織はあるが、大きな影響を与えるに至っていない。

個人のブロガー(私も含めて)もいるが、限界がある。

しかし、この領域を強くしていなかいと、一般の人たちが怪しげな医療、科学情報に直に対峙しなければいけなくなる。一般の人たちの関心や調査能力は決して馬鹿にできるものではない。だからこそ、科学の権威と一般の人に間に立つ中間的な存在を強くしていなかないといけないのだ。

私の利益相反(利害関係)を書くと、内閣府総合科学技術・イノベーション会議でお話したこともあるし、内閣府のイベントに出たこともあるし、議員の原山優子氏とも面識がある。だからこそ、勝手に意向を忖度しないで、堂々と発言すべきなのだと思う。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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