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日本とのGSOMIAを破棄すべきか、すべきでないか――苦悩する文在寅大統領

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
文在寅大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 「ホワイト国」からの除外など韓国に対する日本の輸出規制措置への対抗手段として韓国政府内では今月24日が継続するかどうかの期限となっている日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄が検討されているようだ。

(参考資料:経済では韓国は日本に太刀打ちできない!)

 タイで開催されたASEAN会議に出席した際に行われたポンペオ国務長官と河野太郎外相との日米韓3者会談で康京和外相が破棄を示唆する発言をしたのに続き、青瓦台(大統領府)の金絃宗国家安全室第2次長までもが「我々に対する信頼欠如と安全保障上の問題を提起する国と敏感な軍事情報共有を維持するのが正しいのかを含め、総合的な対応措置を取る」とGSOMIA維持を再検討することを明らかにした。

 GSOMIAについては与党の「共に民主党」のみならず先頃、事態打開のため訪日した超党派から成る韓日議員連盟の姜昌一会長も日本が韓国を「ホワイト国」から除外する決定を下したことを受け「日本は論理的矛盾を犯している。敵対関係なのにどうして我々がGSOMIAを結べるだろうか」と述べ、GSOMIAの維持に疑問を呈していたが、一方で、最大野党の「自由韓国党」や第二野党の「正しい未来党」も破棄には反対もしくは慎重な立場にあり、また文在寅政権内でも韓国情報機関(国情院)のトップである徐薫院長は「慎重でなければならない」と反対の立場を明らかにしている。

 このように韓国内にはGSOMIAの維持については賛否両論の声があるが、それでも「破棄する」根拠として主に以下3点が挙げられる。

 一つは、日本との信頼関係が崩れ、もはや友好関係にはないこと。

 日本から「安全保障上信用できない、信頼できない国」と烙印を押され、AグループからBグループに格下げされたのに信頼関係を前提に結ばれたGSOMIAを維持するのは矛盾するとみなす韓国政府は長嶺安政・駐韓日本大使を外交部に呼び出し「このような報復的な経済措置を取る国家を我が国民はこれ以上友好国とみなすことができないだろう」と強調していたが、韓国はすでに昨年の国防白書(2018年版)で前回まで記述のあった「韓日両国は自由民主主義と市場経済の基本価値を共有している」という表現を削除していた。削除した理由は、日本が韓国を自由民主主義の価値観を共有しているパートナーとみなしていないことへの対抗措置であった。

 日本政府は安倍総理の2015年の施政方針演説からそれまであった「韓国は基本的な価値や利益を共有する最も重要な隣国である」との文言を削除していた。2015年の施政演説で単に「韓国は最も重要な隣国」と呼んでいた。それでも、2016年と2017年の施政演説では「戦略的利益を共有する最も重要な隣国」と位置付けていたが、海上自衛隊の旭日旗掲揚問題やレーダー照射問題などで関係が悪化した2018年には「戦略的利益を共有する最も重要な隣国」という表現も省いてしまった。

 次に、GSOMIAの対象だった北朝鮮との間で朝鮮半島の緊張緩和と恒久的平和に向け南北軍事協定が交わされたこと

 GSOMIAが結ばれた朴槿恵前政権下の2016年は核実験とミサイルを乱射する北朝鮮を「日韓共通の敵」とみなしていたが、昨年の韓国の国防白書では板門店での南北首脳会談や南北軍事協定が交わされたことで「北朝鮮の核やミサイルの威嚇」という表現が消え去り、金正恩政権や北朝鮮軍についても「敵」との表現が削除された。こうしたことからも明らかなように韓国の北朝鮮への認識が変わったこともGSOMIA不要の理由となっている。

 最後に、米国の仲介が功を奏しない以上、韓国の本気度を示す必要があること。

 GSOMIAは米国が日米韓の3か国安保協調体制を構築する必要性から日韓両国に働きかけた結果、結ばれた協定である。従って、破棄されれば困る米国を引っ張り出して、日本に圧力を掛け、対韓輸出規制を撤回させる戦術としてGSOMIAを持ち出したのだが、米国の仲介が功を奏しなかった以上、「加害者の日本が盗人猛々しくも逆に大きく出る状況を決して座視しない」とのキツイ表現を使い、「不当な経済報復措置に対し相応の措置を断固取る。もう日本には負けない」と対決姿勢を鮮明にした以上、文大統領はそれがハッタリでないことを示す必要性があることだ。

(参考資料:文在寅大統領の「対日強硬発言」は恩師・故盧武鉉元大統領の14年前の「談話」を踏襲)

 一方、「破棄できない」根拠も主に以下、3点ある。

 一つは、米国が猛烈に反対していること。

 米国務省も、ペンタゴン(国防省)も、また駐韓米軍司令から駐韓米大使までもが口を揃えて、韓国と北東アジアの安全を保障するうえでGSOMIAは欠かせないと韓国側に維持するよう求めている。最大の同盟国の意向を無視し、破棄すれば、米韓の安保体制に支障を来すどころから、米韓関係が悪化すれば、米国を日本に追いやりかねないとの危惧がある。

 二つ目に、北朝鮮のミサイル発射が再開され、韓国の安全が脅かされていること。

 GSOMIAは北朝鮮のミサイル関連情報を共有するための協定である。その北朝鮮は5月4日、9日、7月25日、31日、そして8月2日と短距弾道ミサイルと新型のロケット砲を発射している。その理由について金正恩委員長自らが「韓国への警告である」と露骨に威嚇していた。特に今月5日から20日まで行われる米韓合同軍事演習に反発している北朝鮮による更なるミサイル発射があり得るかもしれない状況下でのGSOMIAの破棄は韓国にとって得策でないことだ。

(参考資料:再開した北朝鮮のミサイル発射の狙いは? 米朝実務交渉を前に駆け込み発射)

 三つ目は、経済問題を安全保障問題に絡めることに国民が共感してないこと

 韓国では日本への対抗措置として「日本のモノを買わない」との合言葉による不買運動が起きているが、一部進歩系団体の活動家らを除けば、一般国民の間では「GSOMIAを破棄すべき」との声は上がってない。国民の支持を得られなければ、文政権としても破棄はできない。まして、GSOMIAを破棄すれば、日本への対抗で歩調を合わせたばかりの保守野党が離反し、対日で国論の分裂を招きかねない。経済に加えて、安保まで揺らげば、来年の総選挙に影響を及ぼしかねない。

 「破棄すべきか、すべきでないか」――文大統領にとっては他の誰よりも暑い夏になりそうだ。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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