F1は鈴鹿で?それとも大阪の市街地で?橋下さんには鈴鹿のF1を一度見て欲しい!
11月29日(日)大阪市の公道、御堂筋を歩行者天国にし、フェラーリのF1マシンやスーパーカーがデモ走行やパレードを行うイベントが開催された。橋下徹・大阪市長や松井一郎・大阪府知事らもイベント「御堂筋オータムパーティ2015」に出席し、橋下市長は「大阪でF1の公道レースをやるべき」と発言し、大阪での市街地F1レース開催の実現を来場者に呼びかけた。また、自身のツイッターのプロフィール写真をデモ走行したフェラーリF1マシン(F2003-GA)のコクピットにおさまるスナップ写真にする(橋下徹ツイッター)など、橋下市長は自身も公道を使ったF1レース開催に乗り気である姿勢を見せている。
全国的に有名な御堂筋を使ったF1デモンストレーション走行のインパクトは大きく、テレビをはじめインターネットでもそのニュースや動画が報道され、大きな反響を呼んだ。ネットではすっかり「大阪でぜひF1を見たい」というムードが拡散している。
実は私もモータースポーツやF1を語れる当日の司会者としてイベント会社からオファーを受けていたが、別のイベントの仕事が既に決定していたため、やむなくお断りすることになった。この大きなイベントに関わることができなかったのは残念であった。というのも、モータースポーツ業界にとっても市民権を得られるキッカケとなる画期的なイベントだったからだ。また、橋下市長のような全国的に知名度のある人物がF1やモータースポーツについて語ることはとても嬉しいことであった。
しかしながら、鈴鹿サーキットで開催されている「F1日本グランプリ」に関わる身の私としては、世間の「大阪でF1開催の実現を」という急激に盛り上がったムードには少々複雑な気持ちであるのも事実だ。
F1デモ走行を実現に導いた大阪
大阪では2013年、2014年にフリースタイルモトクロスの大会「RedBull X-Fighters」が大阪城西の丸庭園で開催され、今までにないモータースポーツイベントとして話題が集まった。橋下市長はツイッターで「大阪城西の丸庭園の使用許可の調整を行政が徹底的に行い(これが大変!)、イベント自体は全て民間の負担で税負担なし。これが大阪維新の会の方針です」とモトクロスイベントの開催を説明。
今回もモータースポーツの振興という観点よりは、行政が民間の活動をサポートするという観点でインパクトのあるF1走行を御堂筋で実施した。走行したF1マシン、フェラーリF2003-GAはミハエル・シューマッハがチャンピオンに輝いたマシンであり、国内の個人オーナーが所有しているもので、最新型ではない。
実はF1マシンが公道を使ってデモンストレーションランをするのは初めてではない。2011年に横浜市の商店街内を「レッドブル」のF1マシンが低速ながら走行した例があるが、御堂筋という有名かつ大阪の大動脈とも言える主要な道路を使用してF1がデモ走行したのはエポックメイキングな出来事といえる。
数年前までは、道路使用許可を得て封鎖された公道でレーシングカーやレーシングバイクがデモンストレーション走行するのは、なかなか警察の許可が降りず、実現が難しかった。2009年に鈴鹿サーキットにF1日本グランプリが富士スピードウェイから戻る時、鈴鹿商工会議所が市内の公道でのF1デモ走行を計画したが、この時は警察からの理解が得られず、スポーツ施設の敷地内での走行に変更せざるをえなかった。この時代は、モータースポーツ車両の公道走行は暴走行為を助長するとの考えを持つ人がまだ多く、公道でのF1マシン走行の前例もなかったため、許可を得るまでのハードルが非常に高かったと言われている。
しかし、近年では交通安全をうたったパレードをはじめ、徐々にレース用車両の走行イベントが実現している。鈴鹿市でも今年、行政主導のモータースポーツ振興イベントでレース用バイクのデモ走行が実現した。厳格なルールに基づいて競技として行われるモータースポーツは暴走行為とは異なることが理解されはじめた証拠である。最近は日本の人気レース「SUPER GT」でも警察車両(パトカー)がスタート前にレース車両の隊列を先導走行する試みが実施され、警察側のモータースポーツへの理解も深まりつつある。また、国会では市街地レースの開催に向けた法改正の動きもあり、国内初の公道レース開催の機運も高まっている。
大阪は本気でF1をやりたいの?
橋下市長は「大阪でF1の公道レースをやるべき」とF1開催に前向きな姿勢を示したが、どこまで本気かは不明だ。今回はあくまでデモ走行イベントが実施されたにすぎない。ただ、F1を走らせたというインパクトは大きかった。国内レースの車両も要請があれば、きっと喜んで参加しただろうが、世間一般に分かりやすいのはやはり世界最高峰のモータースポーツ「F1」であり、思い切った施策は狙い通りの影響を世間に与えた。今後、大阪で「F1グランプリ」を誘致する本格的な動きも出てくるだろう。市街地レースの開催はモトクロスイベントと同じくシティセールスになり、大きな経済効果を生むと考えられる。
とはいえ、過去の記事『日本で市街地レース開催が実現!?改めて考えたい、市街地レースの開催への課題』でも紹介したように、市街地でのF1開催には法改正が行われたとしても、ハードルが非常に高い。まず何より、イベントの運営資金の捻出。F1は開催権料だけでも高額で、一説にはシンガポールの市街地で開催される「シンガポールGP」は40億円と言われる。
また、いくら法改正で市街地レースを開催しやすくなるとは言え、現実的には交通渋滞や騒音など住民への配慮は最も大きな課題であり、お金で解決できるものではなく、住民の反対運動などが起これば当然、政治にも影響が出る。それに、これからはテロ対策にもお金がかかってくることになるだろう。
諸所の問題で二の足を踏んでいるうちに、レース統括団体はソッポを向くことになるので、スピーディーに物事を進めなければならない。民間の資金で行政が協力するというスタイルで、果たして「F1グランプリ」の開催は大阪の市街地で可能なのだろうか。いろんな意味で、モータースポーツが日本で市民権を得て、市街地での巨大モータースポーツイベントが歓迎されるまでにはまだまだ時間がかかる気もするが。。。
1カ国1開催の原則
仮に大阪でのF1開催への調整がスピーディーに進んだとして、もう一つネックになってくるのはF1が「グランプリ」開催の定義として定める「1カ国1開催」の原則だ。
現在、国内で「F1日本グランプリ」を開催しているのは鈴鹿サーキット(三重県)で、2018年までの開催契約がある。契約料は明らかにされていないが、27回開催という歴史のあるサーキットであるだけに、新興のシンガポールGPに比べると低額というのが定説だが、これは行政の協力に頼らずに民間企業である運営会社(株式会社モビリティランド)が支払っている。そこで大阪が開催に手を挙げたとするならば、過去の例から見ても、鈴鹿サーキットと同額というわけにはいかないのは当然で、「F1日本グランプリ」自体の開催権料が釣りあがる可能性がある。
「1カ国1開催」の原則には例外もある。「ヨーロッパGP」「パシフィックGP」など地域名を使用したり、実際にはイタリアで開催されていながら「サンマリノGP」という他国の名称を使って1カ国2開催となった例もある。国内では鈴鹿と共にTIサーキット英田(現在の岡山国際サーキット)で1994、95年に「パシフィックGP」が開催され、1カ国2開催となった例があった。
また、常設サーキットと市街地サーキットの1カ国2開催は2008年〜2012年にスペインのバレンシア市街地コースで「ヨーロッパGP」がバルセロナ郊外のカタロニアサーキットの「スペインGP」と共に開催された例が記憶に新しい。高い経済成長に後押しされたスペインでの1カ国2開催だったが、2012年のスペイン経済危機の影響でバレンシア市街地コースでの開催は終了した。
少し昔になると、アメリカで1976年〜79年に常設サーキットのワトキンスグレンでの「アメリカ東GP」とカリフォルニア州ロングビーチ市街地コースの「アメリカ西GP」が開催された例があるが、これはF1が今のようにオーガナイズされ巨大興行団体になる前の話である。スペインの例のように強烈なバブル型の好景気に後押しされなければ、F1の1カ国2開催、さらに市街地コースと常設サーキットの共存は前例が少ない。
鈴鹿が培ってきたもの
今年で27回目の開催となった鈴鹿サーキットでの「F1日本グランプリ」は富士スピードウェイに舞台が移った2007年、08年を除いて1987年から開催されている。現在の契約でいくと2018年には30回目の開催ということになる。
観客動員数はピークの16万1000人(2006年)から比べると、F1人気の低迷もあり、近年は10万人以下になっているが、「マクラーレン・ホンダ」の参戦もあって2015年は前年比9000人増の8万1000人となった(決勝日の観客動員数)。25年以上通い続けているリピーターも多く存在し、ファンの間では1年に1度のイベントとして定番化している。
鈴鹿はリピーターの意見に真摯に耳を傾け、満足度の向上につとめてきた。これも鈴鹿での開催が長く続いている理由だ。F1日本グランプリの木曜日に熱心なファンに向けて公開ピットウォークを無料で開催したり、サイン会を行ったりするのも鈴鹿が世界に先駆けて提案し、今やF1では各国グランプリでファンサービスを実施するのは当たり前となった。
また、鈴鹿サーキットの国際レーシングコース(5.8km)は世界屈指の名コースである。ドライバーたちが口々に「チャレンジしがいのあるサーキット」「大好きなコース」と絶賛するコース。1987年以降、F1ワールドチャンピオン13人のうち11人が鈴鹿で優勝を飾っており、ドライバーの実力が試されるコースであることは世界中のファンが知っており、鈴鹿のレースは非常に関心が高い。
さらに2000年代に入ってからは鈴鹿市をはじめとする周辺自治体もF1日本グランプリ開催に積極的に協力するようになり、国道の一部区間をバス専用道路にして近鉄白子駅からのシャトルバスの利用を促し、交通渋滞の緩和につとめている。鈴鹿サーキットと鈴鹿の街、そしてリピーターであるファンたちが培ってきたものは非常に大きいと感じる。
今後、市街地を使ったF1開催を計画するなら、まず手をあげる前に鈴鹿で開催されるF1日本グランプリを一度ご覧頂きたいと思う。まずは日本のF1ファンの心や世界中のF1ファンが鈴鹿を見る心を真摯に知って欲しいと思う。
市街地コースでの開催となれば世界中の関心を集め、シティセールスとして大きな経済効果を生み出すだろう。新しいファン層も生まれるかもしれない。しかし、過去の例にもあるように、ファンの心を理解しないまま、開催を巡るシーソーゲームが行われ、大人の事情から利便性が失われ、退屈なコース設定の市街地コースでの開催となってしまえば、ファンは決して喜ばない。法改正後のブームに乗っかって引っ掻き回して、資金がショートして嵐のように去ってくのだけは絶対に勘弁していただきたい。
「結局、誰トク?」な状況にならないためにも、橋下市長はじめF1誘致を考える自治体のトップの皆さんにはぜひ一度、日本グランプリを見に来てもらえれば嬉しい。そして、自身も一人のファンになって理解を深めてもらえば、世界中のファンに歓迎され、愛される市街地レースがいつの日か実現すると思う。