日本で市街地レース開催が実現!?改めて考えたい、市街地レースの開催への課題
産経新聞の報道『日本版「モナコGP」 公道でレース開催 自民 法案提出へ』によると、「モータースポーツ推進法案」なる法案が今国会に提出され、成立を目指す方針だという。法案には市街地での公道を使ったレースの開催を実現するための道路使用許可の円滑化も盛り込まれるという。
日本のモータースポーツ界にとってはビッグニュースだ!
高いハードルをようやく乗り越える時が来た。
F1世界選手権の「モナコグランプリ」をはじめ、海外では当たり前に開催されている公道を使用した市街地レース。これまで日本では警察による道路使用許可がなかなか認められず、実現が難しいとされてきた。
記憶に新しいところでは、2007年に三宅島でオートバイのレースや走行イベントを開催する計画が進められていたが、安全性に対する懸念からレース開催は見送られたほか、北海道小樽市では2007年の公道での米国フォーミュラカーレース「チャンプカー(現在はインディカーに統合)」開催を目指し、計画が進められてきたが、これも実現せず。そして最近では、日本の人気レースシリーズ「SUPER GT」を沖縄県(豊見城市)の埋め立て地を使って開催する動きがあったが、この計画も中心人物の急逝により頓挫することになった。
このように何度かトライされてきた日本の公道・市街地レースの開催だが、やはりネックとなっていたのは道路使用許可が簡単には下りないこと。いくらプロモーターが根回しをしようとも、根本の部分がネックとなっていては資金も集まらず、当然、実現までには時間がかかってしまうものだ。
しかし、法案が可決されれば、市街地レースの開催に向けて話を進めやすくなるため、近い将来、日本での公道・市街地レース開催が現実のものとなるだろう。日本での公道レース開催を夢見ていたモータースポーツ関係者やファンにとっては朗報と言える動きだ。
シティセールスとして大きな効果がある
国が主導で「モータースポーツ振興」を行う動きもモータースポーツ関係者にとっては積年の夢であった。2000年代に入り、アジアや中東の国々が国家プロジェクトとして国際レースが開催可能なサーキットを作り、F1やMotoGPなどの世界選手権を誘致してきた。その影響でヨーロッパでのグランプリ開催が減り、次は日本の開催がいよいよ危ないという状況になった時、日本のモータースポーツ関係者は行政に協力を求めた。しかし、その時代は行政主導のモータースポーツ振興という概念はほとんど浸透しておらず、お願いしても「のれんに腕押し」の状態だったといえる。
一気に公道レース開催に向け、行政が手の平を返したかのように動き出した背景にはいくつかの理由が考えられる。一つはモータースポーツ関係者による根気ある根回しであろう。横浜市で開催される公道を使った交通安全のパレードにF1やレース用のオートバイが参加するのは関係者の努力の賜物だ。
もう一つの理由は近年、大ブームになっているマラソンやトライアストロンなど公道を一定時間封鎖するスポーツイベントが都市部でも多く開催されるようになったことだ。都市部のマラソン大会は前日に受付を行うので、必然的に宿泊をすることになり、観光を兼ねた市民アスリートを誘致できる。そして、街をあげてイベントを盛り上げることでシティセールスにもつながるメリットがあるため、大都市に限らず、地方自治体が積極的に開催している。こういうマラソンブームにより、公道を封鎖して行うスポーツイベントで道路の使用許可が取りやすくなったというのも、公道レース開催へのワンクッションと言えるだろう。
モータースポーツでいえば、主に山間部にあるサーキットでイベントを開催するよりも、電車など公共交通機関のアクセスが充実した都市部での開催は大きなメリットがある。また前例が無いだけに、都市部でのレース開催のインパクトは大きなものになるだろう。世界選手権クラスのメジャーレースを開催できるとなれば、テレビ中継で街の様子が全世界に配信され、外国人観光客の誘致にもつながっていく。国にとってもメリットがあるからこその法案だ。
果たして公道レースは根付くのか?
代表的な公道レースをあげてみよう。まず思い浮かぶのはF1世界選手権の「モナコグランプリ」や「シンガポールグランプリ」だろう。また、伝統の「ル・マン24時間レース」も多くの部分が公道区間となるレースだ。アジアでは元ポルトガル領のマカオで1954年から公道レースが開催され、F1を目指す若手ドライバーの世界ナンバーワンを決める「F3マカオグランプリ」が有名だ。そして、2輪ではイギリスのマン島を周回する「マン島TTレース」を代表的な公道レースとして挙げる人も多いだろう。
そして、昨年からスタートした電気自動車の「フォーミュラE世界選手権」は世界各国の市街地をコースにした公道レースとして開催され、騒音や環境面ので影響が少ないことから、日本でも開催実現が期待されている。
日本で公道レース開催の機運が高まる最大の理由は「シティセールス」にある。近年、活発化する動きの中で、様々な地方自治体関係者から公道レース開催の構想を聞くことも多くなってきた。そんな中で「うちの街がどこよりも先駆けて開催したい」という動きがこの法案の報道で活発化していくであろう。いろんな自治体が手を挙げ、ありとあらゆるキャンペーンも始まっていくはずだ。
しかしながら、公道レース開催には莫大な費用がかかるということを忘れてはならない。世界各国にテレビで生中継されるF1やフォーミュラEなどの世界選手権クラスのレース開催なら、外国に向けての「シティセールス」という大義名分で資金集めもできるだろうが、公道レース開催にはフェンスなどのコースを作るための資材、長期間に渡る仮説スタンドの建設、レース開催のための路面の改修など、かかってくる費用を考えれば、わずか3日間程度の観光客流入とチケット収入では到底利益を生み出すことはできない。
また、モータースポーツに理解が乏しい人たちがゴリ押しで進めてしまう公道レース開催は安全性に対する懸念も生じてくるだろうし、蓋を開けて見たときに、選手の安全、観客の安全が確保できない状況では長続きすることはないだろう。そのほか、巨大イベント開催には様々な調整事項と主催者の統率力が必要になってくる。
私自身も一人のモータースポーツ関係者として、市街地での公道レース開催をぜひ日本で実現して欲しいと思っている。しかし、そのイベント開催に手を挙げるなら、しっかりとモータースポーツの現状を理解してもらってから計画を進めてもらうことを切に願う。
100年近くの長きに渡って開催されている公道レースからノウハウだけでなく、そこに根付いているイズムや文化、そして市民の生活習慣を学び、リサーチすること。これは欠かしてはいけないことだ。「ル・マン24時間レース」は街から街へ自動車の競争をする都市間レースから始まった。アジアで数少ない公道レース「F3マカオグランプリ」はマカオのカジノ王が主催し、主に香港在住の西洋人が自動車を使った宝探しゲームのような趣向から始まった。そして、2輪の「マン島TTレース」はイギリス本土の公道に厳しい速度制限が存在し、この課題をクリアするために自治の違う「マン島」を周回するレースとして始まった。有名な公道・市街地レースはそれぞれに成り立ちが異なり、時代に合わせて変遷を遂げ、住民に理解され、今に至る。
せっかく自動車大国、日本で公道レースを開催するなら、世界に「さすがは日本だ!」と思わせるような発想を持って開催を実現してほしい。サーキットでできるものを、わざわざ公道で行うからには、モータースポーツに対する理解と情熱も不可欠だ。「シティセールス」という大義名分のもと開催し、2、3年で役目を終えるイベントなら要らない。手を挙げるからには、海外の先人たちから学び、情熱を持って取り組んでもらえることを願う。