監視カメラ・スマホアプリで追跡、中国「AI監視社会」のリアル
AIが広がる監視社会とはどんなものなのか、その実例が中国の新疆ウイグル自治区などで展開されている――。
メディアや人権団体が、相次いでその現状を伝えている。
ニューヨーク・タイムズは、河南省の警察当局がウイグル族特定のために1カ月あたり50万回の顔画像の読み取りを行っていたと指摘。
オランダのセキュリティ専門家は、ネット上で公開状態になっていたデータベースの分析から、中国の顔認識AIの企業がウイグル自治区の住民250万人を追跡監視していた、と明らかにした。
また、人権擁護団体のヒューマン・ライツ・ウオッチは、中国政府当局がスマートフォンの顔認識AIの機能も持つアプリと住民監視データベースを連携させ、住民の電力消費量まで追跡して“ 疑わしい行動”をチェックしていた、との報告書を公表した。
国連人種差別撤廃委員会は昨年8月、中国において300万人を超すウイグル族などのイスラム教徒の少数民族が、投獄や強制収容を受けている、との推計を明らかにしている。
●50万回の顔画像読み取り
ニューヨーク・タイムズは4月14日、中国におけるウイグル族に対する、AIの顔認識機能を使った監視の現状をまとめている。
それによると、タイムズは警察当局が運用する住民データベース、政府による調達の際の仕様書、提供企業の公開資料などを検証。
中国国内に1100万人いるといわれるウイグル族に焦点をあてた監視システムの存在が明らかになった、という。
タイムズによると、中国の政府当局は浙江省杭州や温州、福建省の沿岸地域で、ウイグル族を対象とした、顔認証を使ったシステムを運用しているという。
中国中央部の黄河沿岸の都市、河南省三門峡の警察当局は、住民がウイグル族かどうかを判別するために、1カ月で50万回にのぼる顔認証によるチェックを行ったという。
また、陝西省の中央部の警察当局は昨年、「ウイグル民族の判定機能を持つ顔認識システム」の調達を目指していたという。
顔認識のAIテクノロジーは、YITU(依図科技)、メグビー(曠視科技)、センスタイム(商湯科技)、クラウドウォーク(云从科技)といった評価額10億ドル(1100億円)以上の「ユニコーン」と呼ばれる中国ベンチャーが提供しているという。
そして、これらのベンチャーには米国などの資本も入っている、とタイムズは指摘する。
センスタイムにはフェデリティ・インターナショナルやクアルコム・ベンチャーズ。YITUにはセコイア・キャピタル。そして、メグビーには、元グーグル・チャイナの初代社長リー・カイフー(李開復)氏のファンド、シノベーション・ベンチャーズが、それぞれ投資しているという。
●ウイグル自治区の住民250万人を追跡監視
ネットの自由の擁護を掲げるオランダのNPO「GDIファウンデーション」共同創設者、ビクター・ジュベール氏は2月、ネット上で公開状態になっていたあるデータベースの存在をツイッターへの連続投稿で明らかにした。
ジュベール氏の投稿によると、これは中国のAIを使った顔認証を手がけるベンチャー、センスネッツ(深网視界)がウイグル自治区の住民を追跡監視するデータベースだった、という。
このデータべースには、IDカードに記載された発行日や性別、国籍、住所、生年月日、写真、勤務先などの250万人分以上のデータが含まれていた、という。
データベースには、「追跡ポイント」として「モスク」「ホテル」「警察署」「レストラン」などの名前があげられており、監視カメラの設置場所とみられるという。またその場所は新疆ウイグル自治区に集中していた、という。
ジュベール氏がデータをサンプル調査したところでは、55%が漢民族、28%がウイグル族だった。
そして、データベースはリアルタイムで住民の位置情報を追跡し続けており、そのデータは24時間で668万件にのぼった、としている。
●消費電力から自動車の運転まで
ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は5月2日、「中国が用いる抑圧のアルゴリズム:新疆警察による大規模監視アプリをリバースエンジニアリング(解析調査)」と題した報告書を公開した。
それによると、HRWは2018年1月から13カ月をかけて、新疆の警察官が住民の情報を追跡監視するためのスマートフォンのアプリを解析したという。
このアプリは、警察当局の住民監視データベース「統合ジョイント・オペレーション・プラットフォーム(IJOP)」と連携し、「疑わしい住民」に関するデータの表示や入力を行うためのものだという。
アプリには、住民の名前やIDナンバーなどを使ったデータ検索機能があり、IDカードの顔写真をチェックするためのAIによる顔認証機能(メグビーが提供する「フェイス++」)も搭載されているという。
この警察官用のアプリの画面には、調査対象の住民の血液型、身長、宗教などのチェック項目があるという。
さらに、端末間の通信が暗号化されているワッツアップ、バイバーなどのチャットアプリや、VPN(仮想プライベートネットワーク)など51種のアプリを使用しているかどうかも調査項目として設定していた。
「怪しい行為」の追跡には、様々なデータが用いられている。
例えば、「ガソリンの購入者と自動車の所有者が違う」「滞在が長期にわたった海外旅行者」「電力消費量が急増している」などが、当局による調査の引き金になるという。
●300万人以上を拘束と国連
国連の人種差別撤廃委員会は昨年8月、中国の現状について報告した。この中で、「ウイグル族などチュルク語系の少数民族の大規模拘束」について、推計としてこのように報告されている。
100万人以上の人々が対テロセンターといわれる施設に拘束され、さらに200万人が"再教育キャンプ"といわれる施設に強制収容され、政治、文化の教化が行われてきた。
一方で中国政府は、やはり3月に公表した白書の中で、2014年以降、新疆で約1万3000人の「テロリスト」を拘束した、と表明。人権侵害についての国際的な批判を否定する姿勢を取っている。
●監視ツールとしてのAI
顔認識システムなど、監視ツールとして使われた場合のAIのリスクは、人権団体などから繰り返し指摘されている。
※参照:顔認識AIのデータは、街角の監視カメラとSNSから吸い上げられていく(04/21/2019)
そして、具体的な人権侵害として名指しされる最も深刻で大規模な実例が、中国における対ウイグル政策だろう。
AIに期待される可能性の大きさは、抑圧のツールとしては、人権へのダメージの大きさにもつながる。
国際的な批判の中で、提供企業を含め、それをなお続けていくのだろうか。
(※2019年5月3日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)