東日本大震災から10年 トイレ問題はデリケートで声に出しにくいため、対策が遅れてしまう
2011年3月11日の東日本大震災からもうすぐ10年になります。10年というのはあっという間です。あの大災害から私たちは何を学び、何を備えたのでしょうか。ここでは、トイレという切り口で現状の課題を整理し、今すぐに取り組むべきことを提案します。
水洗トイレが使用できなくなることを想定すべき
当たり前のように普段使用している水洗トイレの多くは、災害時に使用できなくなります。断水、停電、排水設備や処理施設の損傷などにより、水洗トイレはただの器になります。過去の災害では、発災後、水が流れないことに気づかずに多くの人が使ってしまったため、便器は大小便で満杯になりました。
平常時であれば、水を用いて清掃することが可能ですが、断水時はそうはできません。では、そのまま放置すればよいかというと、感染症の問題もあるので一刻も早く改善が必要です。つまり、誰かが手袋をして汚物を取り除き、掃除しなければなりません。これまでの災害では、毎回といってもいいほど、このような事態が起きました。
水洗トイレが使えないことに気づかない
水洗トイレが使えないことに気づかずに使ってしまう理由は大きく2つ考えられます。
まず1つ目は、トイレが使えるということが当たり前すぎて、使えないことを想定できないからです。しかも発災後、私たちが思っている以上に早くトイレに行きたくなります。災害時の混乱状態だとしても、私たちはトイレに行きたくなります。生きている限り、排泄を止めることはできません。発災後6時間以内に約7割の人がトイレに行きます。よく考えれば当たり前のことで、平常時、私たちは2~3時間に1回ぐらいのペースでトイレに行きます。発災後6時間のうちに、水や食事を摂ることを求める人はほとんどいないのではないでしょうか。でも、トイレは7割の人が行きたくなります。
2つ目は、排泄したあとに水を流すという行為が習慣化しているため、断水していることに気づくのは、トイレで排泄した後になってしまうからです。水を飲むという行為の場合は、蛇口から水を出してコップなどに注ぐ行為が先にあるため、断水していることに気づくことができます。ですが、トイレはその逆で気づくのが難しいのです。しかも、流せないことに気づいたとしても、避難所や駅、商業施設、オフィス等だと、それを設置者に報告することはあまりしません。そのため、次から次へと排泄物が溜まってしまいます。
行政によるトイレ対策はどうなっているのか
日本には防災基本計画というものがあり、そこには、国や地方公共団体、住民等、各主体の責務が明確になっていて、それぞれが行うべき対策が具体的に記述されています。たとえば、トイレに関しては以下のようになります。地方公共団体はこれらを踏まえ、自らが果たす役割を示した地域防災計画を作成する必要があります。
東日本大震災でのトイレ問題
ここで、東日本大震災でのトイレ問題について考えてみます。東日本大震災の特徴の一つは広域災害です。狭域での災害であれば支援を集中させることできますが、広域での災害の場合は、支援が分散するので行き届かない問題が起きます。
仮設トイレを例に考えると分かりやすいのですが、東日本大震災の被災自治体へのアンケート調査によると、仮設トイレが被災自治体の避難所に行き渡るまでの日数は、3日以内34%、4~7日17%、8~14日28%、15~30日7%、1か月以上14%という結果でした。もっとも時間を要した自治体は65日です。仮設トイレを配備しようとしても届くまでの日数にバラツキが生じますし、かなりの時間を要します。断水や停電等により水洗トイレが使用できなくなり、しかも仮設トイレが届かないという状況により、多くの避難所のトイレは不衛生な状態になりました。
トイレ問題が引き起こす深刻な健康被害
私たちがイメージしなければならないのは、トイレが不衛生もしくは、不便になることで何が起こるかです。ここではトイレが不便もしくは不快になることで引き起こされる2つの健康被害を説明します。
1つ目は感染症による健康被害です。トイレは基本的に複数の人で使用するため、不衛生なトイレは、菌やウイルスを伝播しやすい環境になります。災害時は、体力が落ちて免疫力も低下しているため、集団感染のリスクも高まります。
2つ目は、トイレを我慢することによる基礎疾患等の悪化やエコノミークラス症候群等による健康被害です。できるだけトイレに行かなくて済むように水分や食事の摂取を控えるようになり、それが原因で体調を崩してしまいます。死に至ることもあります。
下図は、復興庁による報告書に掲載されているデータです。震災関連死の原因で最も多いのは「避難所等における生活の肉体・精神的疲労」で、市町村から報告事例として「断水でトイレを心配し、水分を控えた」という意見が記載されています。トイレ問題が直接の死因にはなりませんが、一人ひとりの健康を害する原因としてトイレの影響は大きいと考えられます。
東日本大震災の経験を備えに活かせているか
災害時のトイレ対策は、震災関連死を防ぐために不可欠だと考えています。防災基本計画にあるとおり、地方公共団体は計画を作成し、備えを徹底することが必要です。ここで重視したいのは、モノとしてのトイレの配備だけではなく、被災者の健康確保のために必要なトイレ環境を整えることです。トイレを我慢せずに行きたいときに安心して行けるようなトイレ環境が必要です。
内閣府(防災担当)は、東日本大震災の経験を踏まえ平成28年(2016年)に「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」を作成しました。本ガイドラインには、「トイレの課題は、多くの健康被害と衛生環境の悪化をもたらし、同時に不快な思いをする被災者を増やすことになり、人としての尊厳が傷つけられることにもつながる。被災者支援の中で、避難生活におけるトイレの課題は、今まで以上に強い問題意識をもって捉えられるべきである」と記述されています。また「市町村においては、本ガイドラインを参考に災害時のトイレの確保・管理計画を作成し、その計画を実効性のあるものとするため、地域防災計画等に反映させることが求められる」となっています。
災害時のトイレの確保・管理計画、6割が未策定
2020年11月11日の毎日新聞の記事によれば、全国の20政令市と東京23特別区のうち内閣府が市区町村に要望する災害発生時の「トイレの確保・管理計画」を6割が策定していないとなっています。また、各自治体が想定する最大避難者数に対し、ガイドラインの目安を満たすトイレ(携帯・仮設トイレなど)を確保できているかについては、23市区が「確保できていない」という結果でした。
さらに、2019年に農林水産省による農業集落排水の風水害対応に関する調査(対象:集配施設を管理する市町村)では、指定避難所のトイレの必要数を把握していないのは67%、災害時トイレ計画を作成していなのは69%、トイレの対策を不十分と感じているのは73%という結果が出ています。
トイレ対策は、被災者の命を守る上で欠かせません。地方公共団体としてのトイレの確保・管理計画は真っ先に作成すべきことです。計画がなければ何をどのように備えるべきか、発災時にはどのように対応すべきかが分かりませんし、個人・企業・団体がやるべきことや協力すべき内容も分かりません。つまり、お互いのやるべきことを理解した上での役割分担が重要で、それらを踏まえた計画と訓練が必要です。
具体的な備えとして、防災基本計画で示されている携帯トイレや簡易トイレ、仮設トイレ、マンホールトイレなどを一気に備蓄したり整備したりするには、かなりの費用がかかります。また、備えを行政だけに頼るのではなく、自助や共助として個人・企業・団体の備蓄を推進していくことも必要です。
被災経験者から、「災害時は、普段やっていることしか出来ない」という言葉をよく聞きます。だからこそ、防災訓練も含め普段から実践することが大事なのですが、計画がないということは大混乱することが想定されます。
新型コロナウイルス感染症と今後のトイレ対策
今後は、新型コロナウイルス感染症への対応も必須となります。感染者と濃厚接触者、それ以外の人など別々にトイレ対策を考えなければなりません。東日本大震災のトイレ事情から分かるとおり、外部からトイレを調達する場合、どのくらいの時間を要するかはやってみないと分かりません。自らの地域の被災状況や道路事情、災害の規模によっても左右されるため、予測しづらいのです。そのため、最低限のものは避難所および地域で備えておくことが必要になります。繰り返しますが、排泄は待ったなしです。災害時は真っ先にトイレの対応をすることが求められます。だからこそ、その場に備えがあることが重要です。
また、新型コロナウイルス感染症への対策として分散避難が検討されていますが、分散避難するということは、公助が届きにくくなるので、それぞれの場所にトイレの備えが必要になりますし、分散避難先から発生するし尿等の収集を考えなければなりません。また、在宅避難者等がトイレを利用するために避難所に訪れることも考えられます。それらも考慮して必要数を算定し、屋内と屋外においてトイレの導線も含めた運用方法を検討することが必要です。
国際赤十字の基本的な救援コンセプトにピラミッドアプローチという考え方があります。これは、環境衛生、食糧・栄養をベースとし、その上に公衆衛生、さらにその上に治療ケアが位置付けられています。ここでいう環境衛生は、給水とトイレのことです。つまり、トイレ対策ができていなければ命を救うことはできないことを意味します。
東日本大震災だけでなく、熊本地震、北海道胆振東部地震、豪雨・台風災害など、この10年間に数多くの被災経験を重ねてきました。昨年の水害は新型コロナウイルス感染症流行下での対応となりました。一つひとつの災害からはたくさんの学びがあります。ただし、トイレ問題はデリケートで声に出しにくいため、対策が遅れがちです。また、障がい者や高齢者、女性、子どもなど、弱い立場にある人に重くのしかかります。これらを理解し、丁寧に意見を聞き取りながら計画をつくっていくことが必要です。
東日本大震災から10年を迎えるときだからこそ、トイレ対策の重要さを再認識し、それぞれの備えにつながる行動を起こしてもらいたいと思います。