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井上尚弥戦の予想に直結。フルトンが得意な距離は接近戦それともロングレンジ?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
S・バンタム級2団体王者フルトン(写真:Esther Lin/SHOWTIME)

ロマチェンコはPFPにふさわしくない

 “モンスター”前バンタム級4団体統一チャンピオン井上尚弥(大橋)の挑戦を受けるWBC・WBO世界スーパーバンタム級統一王者スティーブン・フルトン(米)が来日した。私は彼のプロモーター、PBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)の広報から来日は今週末と聞いていた。でも何となく予感として今週半ば、つまり今ごろではないかと思っていたが、予想よりも早かった。大一番に向ける意気込みとモチベーションを感じさせる。注目の一戦は25日、東京・有明アリーナで運命のゴングが鳴る。

 来日前のフルトンに知り合いの米国人記者を通してアクセスしてみた。やはり彼は評判通り、プライドの高い男だった。その一例として、現在のパウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキングに不満を抱いている様子がうかがえた。

 「自分がPFPに名前を連ねて当然だ」と。そのセリフはモンスターに勝ってから聞かせてもらいたいが、あからさまに「彼を個人的に非難する気持ちは全くないけど、いまだにロマチェンコが入っているのは理解できない」と指摘。「彼は今、ベルトを持っていない。スーパーウェルター級の比類なきチャンピオンのジャメール・チャーロやほかにも比類なき王者(ライト級のデビン・ヘイニーのことか)がいるのに納得できない」と元3団体制覇王者でライト級の統一王者だったワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)に批判的な姿勢を見せる。

フルトンは接近戦が上手?

 果たして自信家のフルトンは井上を攻略して念願のPFP入りを果たすことができるのか。海外メディアの中にもフルトンの勝ちパターンを掲げるところがある。その一つに出くわしたので紹介してみよう。「マイ・トップ・スポーツブックス」というサイトは次のように記す。

 「フルトンは速い、卓越したジャブを持っている。ジャブが的確に井上を捉えれば、それに続くコンビネーションが有効になってくる。フルトンは井上よりも接近戦が得意で近い距離でパワフルなコンビネーションを打ち込めるのが取り柄。ハイガードを保ちながらジャブを放ち、ボディー攻撃を仕掛けることもできる。同時にカウンターパンチのタイミングも抜群で、井上を苦しめる展開が想像される」

 フルトンのテクニシャンぶりが表現されているが、「井上よりも接近戦が得意」という部分にはツッコミが入るだろう。同サイトはフルトンの欠点にも触れている。

 「ディフェンスに回る場面でフルトンは距離を置いてシングルパンチで対処する傾向が見られる。その時、上体と頭の動きがスローで相手の正面に位置してしまう。そこでカウンターを食らいやすい。また一旦、守勢になると一つのラウンド全般にわたり貝のようにガードを固めて相手に撃たせっぱなしになる。それは見た目が悪い。井上にそんな攻勢を許すと幕切れは近いかもしれない。さらにフルトンは強いパンチを放つ時、バランスを崩すケースが散見され、対モンスターでは非常に危険だと思われる」

 誰でも守勢になれば、手数が減るのは当たり前だが、フルトンはまっすぐに後退する癖があると言いたいらしい。また「貝のようにガードを固めて撃たせっぱなしになる」とは2試合前のブランドン・フィゲロア(米)とのWBC・WBOスーパーバンタム級統一戦の攻防で見られたものだ。

墓穴を掘ったロドリゲス

 これまで井上が豪快に相手を倒してきたシーンを思い出すと、中間距離からロングレンジでの攻防だった気がする。よって、この記事の執筆者トレント・レインスミス氏の主張は的を射ていると思われる。井上のパワーがもっとも生きるのは中間距離だと言われる。フルトンは思いっきりくっつくか、長い距離をキープして対処するのが賢明なのかもしれない。

 それでもフルトンがクロスレンジの攻防で優位に立てる保証はない。単純に考えてパワーで上回る井上に圧倒されるのではないか。彼が接近戦で対抗できるのはクリンチの場面で、レスリング行為で井上の攻勢を阻むぐらいのことしか頭に浮かんで来ない。そもそも今までの井上の対戦相手は、彼のパワーを警戒して意図的に接近戦を回避してきたと思う。例外がWBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)準決勝で対戦したエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)。しかし出だしからアグレッシブだったロドリゲスは2ラウンドで粉砕された。もしフルトンが近い距離で優勢に展開するならば、それは相手にパンチがないケースに限られるだろう。フィゲロア戦で押される場面が目立ったのは、あのルイス・ネリ(メキシコ)にフルカウントを聞かせたフィゲロアがパンチャーであることの証拠。一撃の威力と的確さでフィゲロアを勝る井上が相手ではフルトンはもっと苦しむに違いない。

ロドリゲスを倒してガッツポーズをとる井上(写真:ボクシングシーン・ドットコム)
ロドリゲスを倒してガッツポーズをとる井上(写真:ボクシングシーン・ドットコム)

フルトンは接近戦が苦手?

 一方、今年6月、国際ボクシング名誉の殿堂博物館入りを果たした元世界2階級制覇王者で現在スポーツ専門メディア、ESPNの解説者を務めるティモシー・ブラッドリー氏は別の視点を持つ。映像メディア「ファイト・ハイプ・ドットコム」のインタビューで同氏は以下のように述べている。

 「井上は対戦相手にハードワークを強いる。試合中フルトンは一時も隙を与えることができない。井上が繰り出すパンチはどれもがシャープでクイックで正確だ。加えて私の意見ではフルトンは接近戦の攻防がウイークポイントだと思う。だから井上がかけるプレッシャーにダメージを負うと想像する。上質なスキルを誇るフルトンがアウトボクシングを貫いて勝利をつかむチャンスは間違いなくある。でも井上のパワー、インテリジェンスが試合を決定づけるはずだ。途中まで競った展開になっても、おそらく後半、井上がストップ勝ちに持ち込むだろう」

 ブラッドリー氏はフルトンが接近戦が不得意だと明言している。スキルだけで対抗できてもパワーがある相手には押されるということだろう。だからと言って、アウトボクシングに活路を拓けるかというと、井上がかける圧力は尋常ではないと同氏は断言する。そこから垣間見えるのは井上の“スペシャル度”。やはり途中まで渡り合えても、1秒たりとも気が抜けないモンスターとの戦いは徐々にフルトンの戦力を削って行くはずだ。

一瞬で決着がつく

 ボクシングには「強打者は接近戦が得意」、「テクニシャンは遠い距離で戦う」というセオリーみたいなものがある。だが、これは単純すぎる。もっと奥深いものがある。それが魅力でもある。また「自分の距離で戦う」というとアウトボクサーの戦法に聞こえるが、ファイター型がラッシュするシーンでも当てはまる言葉だ。

 どんな距離でも対応できるから井上はあんなに強いのではないだろうか。今回、挑戦者の立場の井上は、ホームで戦う利点もあり、早めに仕掛けて行くと推測される。「井上はフルトンにセットアップする時間を与えず、パワーで圧倒することを心がけるべきだ。私は井上がどう出るかよくわかる。勝負はフルトンがどう対応するかで行方が決まってくるだろう」とは井上と2度対戦したノニト・ドネアの予想。早めにガツンと叩けということだ。

ロサンゼルスで最終調整を行ったフルトン(写真:ジュリアン・チュア氏のフェイスブックより)
ロサンゼルスで最終調整を行ったフルトン(写真:ジュリアン・チュア氏のフェイスブックより)

 上記の記者を通した回答でフルトンは、自身の最大の長所を「常に冷静さを持って戦えることと難局をアジャストできる能力」だと言っている。そして「ハイテンポの攻防に入っても根気強く戦い、ペースを引き寄せる自信がある」と付け加える。もちろん、それは井上にも当てはまる勝利への道だ。それでも井上には一瞬で2本のベルトを獲得し、4階級制覇を達成する力がある。距離がどうあろうとスリルを提供するのはモンスターしかいない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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