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久保建英は「マドリード」の選手か、「バルサ」の選手か?

小宮良之スポーツライター・小説家
マドリード戦、途中出場した久保建英(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

正念場の久保 

 久保建英(19歳、ヘタフェ)は、正念場を迎えている。

 ここ2年ほど、久保は日の出の勢いで突き進んできた。

 17歳にしてFC東京でレギュラーを勝ち取り、瞬く間に主力、エースとなって日本代表にも選ばれ、18歳を機に名門レアル・マドリードに移籍。昨シーズンは1部マジョルカにレンタルされ、ポジションをつかむ。18歳で主力選手としてスペイン挑戦1年目を過ごし、今シーズンは活躍が認められる形で、ヨーロッパカップ出場常連のビジャレアルに再びレンタル移籍している。

 しかし、新天地ではウナイ・エメリ監督の信頼を得られなかった。「フィジカルや守備の力が足りない」。そんな烙印を押されることになった。そこで今年1月、同じ1部のヘタフェに新天地を求めたが、首脳陣には同じ評価を下されつつある。

 FCバルセロナの下部組織で育って、マドリードでプレーする決意を固めた久保。ありあまる才能を持つ選手だが、その進むべき道とは――。バルサ、マドリードの伝統、哲学に迫ることで検証する。

マドリードの選手の万能さ

<どんな状況でも本来のプレーできる>

 それが名選手の一つの条件だろう。

 場所を選ぶ、監督次第、チームメイトの相性――。そうした状況に関係なくプレーできるか。臨機応変さこそ、成功するサッカー選手の資質と言える。

 その点、マドリードは万能に戦える選手を生み出す下部組織で有名である。スカウティングから強さうまさを兼備した選手を選び、勝者としての肉体と心を鍛え、切磋琢磨によって、タフな選手を育成。多くの選手が、欧州のトップクラブで活躍を見せている。マルコス・ジョレンテ(アトレティコ・マドリード)、セルヒオ・レギロン(トッテナム)、アルバロ・モラタ(ユベントス) 、アクラフ・ハキミ(インテル・ミラノ)、ボルハ・マジョラル(ASローマ)などマドリード出身選手は枚挙にいとまがない。

 昨シーズン、UEFAユースリーグ(ユース年代のチャンピオンズリーグ)でマドリードの優勝メンバーとなったストライカー、19歳のパブロ・ロドリゲスは、今シーズンからセリエBのレッチェに入団。開幕当初はケガからの回復とコロナ陽性などで出場できない日々が続いていたが、昨年12月にデビューして以来、8試合出場で4得点2アシストとポテンシャルの高さを示している。

「セリエAで主役になるような選手になりたい」

 そう語るロドリゲスは、2025年までの契約を結んでいる。

 その活躍によって、レッチェはカスティージャ(マドリードのセカンドチーム)のマルビング・パクにも触手を伸ばしているという。

「王者の誇りを持って戦え」

 マドリードの選手はその教えを叩き込まれ、勝利のメンタリティを確立する。気高く、言い訳をしない。剛直さ、勇ましさを感じさせる。

バルサの特殊性

 一方、マドリードの宿敵であるバルサは、対極的な哲学を持っている。

<ボールありき>

 彼らはボールの主人となることで、すべてが可能だと叩き込まれる。当然だが、スカウティングの段階で、技術センスに重きが置かれる。ボールプレーを重んじ、コンビネーションで使い、敵を倒す。攻撃に特化してトレーニングが繰り返される。

「小さくてうまいことは個性だ」

 バルサの下部組織である「ラ・マシア」の中興の祖と言えるヨハン・クライフは言ったが、それはバルサの本質を表している。

 多くの場合、小さいことはハンデである。リーチが短い、ヘディングで不利、パワーの面で非力。他のクラブでは、サイズを理由に落第する者もいる。

 しかし、バルサイズムは逆。小さく際立っているのは、相応の技術の高さを意味し、成長しても自分より体が大きな相手に技が通じることを意味している。ユース年代は体格の違いなどで勝てる場合があり、サッカーセンスこそ育むべき、という発想だ。

 事実、バルサはシャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、リオネル・メッシなど小柄な選手が少なくない。

 そのフィロソフィは世界的に「特殊」と言える。特殊さを極めることによって、特別なサッカーを具現化した。徹底的に自分たちがボールをつなげ、奪われたらそこで奪い返し、そこを起点にゴールへ迫る。「攻撃こそ防御なり」、攻め続けることが念頭にあるのだ。

 その戦い方の構造は、下部組織まで一貫している。

 メッシを例に挙げるまでもなく、選手個々の技術は傑出して高い。ボールの動かし方には一つの法則があり、その精度と速度が連携の中でアドバンテージとなる。一貫した形だけに、下部組織でトレーニングを積んできた選手にとっては慣れ親しんだもので、トップチームに入っても違和感なくプレーすることができる(逆に外から来た選手は1年目、苦労する)。

久保が苦労している理由

 もっとも、誰もがバルサのトップに上がれるわけではない。上がれなかった選手は新天地を求めるわけだが、多くの場合、難儀する。何しろ、どこにでも通用する選手として育てられていない。あくまで、バルサ予備軍としてのエリート。万能さはない。縦にボールを蹴り込み、守備でフィジカルタフネスを求められるチームで、戸惑うのは自明の理だ。

 久保は少年期をバルサの選手として過ごしている。その色合いを濃く帯びた選手と言えるだろう。マドリードで育った選手のような剛直さはない。良し悪しではなく、これからも苦労することは多いだろう。

 しかしボールプレーヤーとしての久保は、やはり突出している。磨いた技術は、強力な武器だろう。バルサのユースに昇格せず、クロアチアでプロ契約をし、今やチャンピオンズリーグで旋風を起こしているライプツィヒの主力選手となった攻撃的MFダニ・オルモのようなケースもある。バルサで身につけたプレーを生かせる居場所を作れたら――。

 久保は今、そのための暗中模索だ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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