介護事業者の新型コロナ対応の実際――感染予防対策は? 感染発生時の対応は? 家族の面会は?
「新型コロナが追い詰める介護現場の現状――実態調査が伝える介護職の悲鳴」では、UAゼンセン日本介護クラフトユニオンが、介護事業所を対象に行った「新型コロナウイルスに関する緊急アンケート」(2020年12月発表)のフリーアンサーをもとに、介護現場の声を紹介した。
今回は関東と関西の介護事業者の生の声から、感染予防対策、感染発生時の対応、家族の面会希望にどう対応しているかなど、介護現場の新型コロナウイルス対応について具体的に伝えたい。
国の助成金で新型コロナ対応が充実
まず、感染予防の対策。
国は2020年6月、介護現場の感染予防を支援するため、助成金を出す支援事業を開始した。衛生用品等の感染症対策のための物品購入の費用等「かかり増し経費」についてサービス種別ごとに上限額を定め、認めた品目については全額助成することにしたのだ。
「これで、サーモグラフィーを購入したり、マスクや消毒液などの備蓄を増やしたり、11月ぐらいから対応が整ってきました」(関西圏で特別養護老人ホームなど多数の事業所を運営する社会福祉法人A)
この助成金で「オゾン発生器を導入した」というのは、株式会社オールプロジェクト(千葉県君津市。*1)代表取締役の津金澤寛さんだ。
いわゆる「オゾン層」を構成するオゾンは無色透明の気体で、強い酸化力を持つ。低濃度でも新型コロナウイルスを不活化(感染力を失わせること)させる効果があることが明らかになり、オゾン発生器の購入費用をこの助成金の給付対象とした自治体は多い。医療機関でも導入するところが増えている。
オールプロジェクトでは、すべての拠点にオゾン発生器を設置。常時、湿度管理をしながら低濃度オゾンで事業所内のウイルスを不活化している。また、毎夜、無人の時間帯に高濃度のオゾンを発生させて事業所内をクリーンな状態に戻している。さらには、オゾンを水に溶かした「オゾン水」による感染予防も行っているという。
「事業所の入り口にオゾン発生器を設置して、オゾンを溶かしたオゾン水をつくり、頭から靴裏まで噴霧して、ウイルスを不活化してから事業所内に立ち入るようにしています(*2)」(津金澤さん)
アルコールによる手指消毒を頻回に行うと、手荒れがひどくなる人もいる。その点、オゾン水は手が荒れることもなく、一度、発生器を導入すればオゾン水自体の製造コストは水道代程度だ。ただ、30分程度でオゾンが抜けて元の水に戻ってしまうので持ち歩きはできない。そのため、オールプロジェクトでは事業所入り口での噴霧としているという。
「新型コロナの感染は簡単に収束に向かうとは思えませんし、今後また未知のウイルスが流行する可能性もあります。この機会に様々な備えを一気に進めておこうと考えました」と津金澤さん。
たしかに、介護事業者は将来も見据えて、この助成金を有効に活用するのが得策だ。
*1 つばさグループ/株式会社オールプロジェクトでは、訪問介護、定期巡回・随時対応型訪問介護看護、デイサービス、認知症グループホーム等を運営。関連法人である社会福祉法人志真会では、特別養護老人ホームを運営している。
*2 オゾン水・低濃度オゾン(常時)・高濃度オゾン(無人時)を併せて使用することに意味があり、消防や警察、自衛隊でも導入されていると、津金澤さんは言う。
職員に対する厳しい行動規制は必要か
「新型コロナが追い詰める介護現場の現状」で紹介したように、介護事業者によっては、家族が県外に仕事で出かけただけでその職員に2週間の自宅待機を求めるところもある。しかし、社会福祉法人Aもオールプロジェクトも、強い行動規制は行っていないという(1月6日の取材時点での対応)。
「人混みのところにあえて行くのはやめましょう、とは話していますが、家族での外食などを禁止したりはしていないですね。大阪から通勤している職員もいますので、県外からの移動に関して特段の取り決めはしていません」(社会福祉法人A)
「君津市は東京への通勤圏ですから、家族が県外に出たからといって、職員を自宅待機にしたり、家庭内で隔離したりはできません。というか、むしろ、そうした対応をとっている事業者には、なぜそう判断したのか聞いてみたいですね」(オールプロジェクト・津金澤さん)
津金澤さんは、「もちろん職員には、この時期にわざわざ県外に出かけなくてもいいでしょう、とは言います。しかし、絶対に行くなとは言いません」とも。
緊急事態宣言発令前の取材時点での対応ということもあるが、津金澤さんの判断の根底には「過剰に恐れる必要はない」という思いがある。「明確に伝えているのは、『手に付いたウイルスを口に入れなければいい』ということぐらい」と、津金澤さんは言う。
「職員もいろいろ不安に感じて、例えば、『子どもの学校の先生が感染したが出勤していいか』と聞いてくることもあります。濃厚接触者かどうかは保健所が判断し、必要ならPCR検査を受けることになりますよね。保健所が必要ないと判断したのであれば、感染の確率は相当低い。だから出勤は問題ないよ、と答えています」(津金澤さん)
津金澤さんが大切にしているのは、管理者としての見解を明確に伝えることだ。
「何かあっても職員の責任は問わない。責任は全部管理者である私がとる。だから、みんなは基本的な感染対策をきちんとしてくれればそれでいい、と伝えています。手洗い、消毒の実施、使い捨て手袋の着用、飲み会や食事会をしない、手で食べ物を持って食べない、1日2回の検温などですね」(津金澤さん)
「管理者の自分がすべて責任をとる」。津金澤さんがそう言い切れるのは、職員との間に強い信頼関係があるからだろう。こう言われれば、職員も、信頼を損なうような行動には自然とブレーキがかかるはずだ。「自分は守られている」と感じられるこの言葉は、ルールによる厳しい行動規制よりよほど受け入れやすく、しかも重い。
地域の感染状況により対応には差が
一方、関西圏に多数の特別養護老人ホームやデイサービスなどの拠点を持つ社会福祉法人Aの対応は、より柔軟だ。地域によって感染状況や、住民の意識、対応にも差があり、法人全体としての統一的な対応はなかなか難しいという事情もある。
「基本的には出勤前に検温をして、37.5度以上であれば出勤停止にし、PCR検査を受けるよう指示が出た場合、検査結果が出るまでの給与は補償します。あとは、職員自身や家族に体調不良があったときには、必ず上長に報告して指示を仰ぐよう徹底していますね」(社会福祉法人A)
報告を受けた上長は、地域の実状に応じて出勤可能かどうか等について個別に判断することになる。
実は社会福祉法人Aでは、運営するデイサービスの利用者に感染者が出たことがある。それに伴い、濃厚接触者として2週間の自宅待機となった職員もいた。
感染者が出たデイサービスは休止。利用者は、自法人を中心に近隣のデイサービス利用に振り替えた。中には濃厚接触者とされた利用者もあり、PCR検査の受検が必要となった。
「でも、それを伝えたご家族は、『ああ、それでは検査を受ける必要がありますね』と冷静に受け止めてくださって。その後も、感染者が出たことによる風評被害は特にありませんでした」(社会福祉法人A)
事業所の管理者の適切な判断、対応により、それ以上の感染は発生しなかった。
1月25日現在、社会福祉法人Aの所在地である県内では1日の新型コロナウイルス感染者数が最も多かった1月8日でも、60人に満たない。緊急事態宣言の対象とはなっていないが、宣言発令後、徐々に感染者数は減少し、1月27日の感染者数は20人台にまで減少している。
1日の感染者数が1000人前後で推移する東京を擁する首都圏と社会福祉法人Aの所在地では、この感染症に対する意識、そして、求められる感染予防対応には違いがあって当然だろう。
このウイルスに振り回されないためには、やはり、現状を適切に見定めて「感染リスクを侮らず、かつ、過剰に恐れない」ことが必要だ。
それは、事業者側だけでなく、当然、利用者側にも言えることだ。過剰反応によって、互いのストレスを高めるようなことは、厳に慎みたい。
家族の面会を受け入れるか断るか
「感染リスクを侮らず、かつ、過剰に恐れない」のは、施設等での家族の面会対応についても同様だ。
社会福祉法人Aでは、その時々の感染状況等に応じて、オンライン面接、面会室での予約制の面会など様々な方法をとってきた。認知症グループホームなど、スペースの限られている小規模拠点では面会室を設置するスペースがなく、対応に苦慮することもあるという。
「認知症のある方は、ご家族と会えないことで不安になることもあります。事務所の一角を使って何とかご家族と会っていただくなど工夫をしていますが、悩みますね。感染のリスクをとるか、ご本人の心の平穏をとるかという難しい選択です」(社会福祉法人A)
拠点によって状況が違うので、法人内で統一した対応はとっていないと言う。
オールプロジェクトでも、運営する認知症グループホームでの面会を一律禁止にはせず、状況によって対応を変えている。
例えば、グループホーム入居まで夫婦二人で暮らしていた妻に面会に来る男性のケース。
「コロナ以前から、ご主人がほぼ毎日会いに来て一緒に散歩したりしていたんです。他に同居家族もいませんから、感染リスクは高くない。だから、ご主人にはマスクをするようお願いし、短時間の散歩には今も毎日一緒に行ってもらっています」(津金澤さん)
一方で、同じく以前から毎日のように面会に来ていても、面会を遠慮してもらっているケースもある。家族全員が都内に通勤していて、飲み会への参加もあった家族だ。
「面会はご遠慮いただきたいと職員から伝えるだけでは受け入れてもらえず、私から連絡して面会をお断りする理由を伝えました。面会して、もし感染が発生したらあなた方もつらいでしょう、とお話ししたら、納得してくださいました」(津金澤さん)
一律の対応をとる方が、事業者は簡単だ。しかし、利用者や家族の立場に立てば、状況に応じて対応を変えることが望ましい。ただし、「一律ではない」対応について、周囲が納得できる説明が必要になる。
地域での感染状況や拠点の物理的な環境の違いに加え、変異ウイルス発生などウイルス自体の経時変化もあり、対応は随時見直していく必要がある。ちまたに玉石混淆の情報があふれる中、正しい情報を見極め、より適切な新型コロナ対応をアップデートしていくのはかなりの努力が求められる。
利用者、その家族、職員、法人全体としてのあり方、そして収益の問題。状況によって、どこにより重きを置いて判断すべきかも異なるだろう。
東京商工リサーチによれば、2020年の老人福祉・介護事業の倒産件数は、過去最多の112件。同年1~10月までの休廃業・解散は406件に上る。
先が見えないコロナ禍の中、介護事業者には、複雑で難しい対応が求められる厳しい日々が続いている。
<参考>
・オゾン水の殺菌効果と院内感染予防への応用(日集中医誌2000;7:3~10)
・2020年「老人福祉・介護事業」の倒産状況(2020年12月3日 東京商工リサーチ)