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グーグルがEUの独禁法違反問題で改善策を提出 -巨額制裁金の背景と意味合いとは

小林恭子ジャーナリスト
欧州委員会のベステアー委員(競争政策担当)(写真:ロイター/アフロ)

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」8月号の筆者原稿に補足しました。)

 6月末、欧州連合(EU)の執行機関にあたる欧州委員会は、米検索大手グーグルに対し日本の独禁法にあたるEUの競争法を違反したとして24億2000万ユーロ(約3000億円)の制裁金を科した。単独の企業に対する制裁金としては過去最高だ。

 欧州委員会によると、グーグルは「検索大手という立場を乱用し、商品比較サービスにおいて自社の製品に不当な優位性を与えた」という(6月27日発表のプレス・リリースほか)。

 同委員会は8月29日深夜までに違反行為の改善措置を提案するよう求め、9月28日までに商品検索サービスに関するこうした慣行を止めるよう命じた。事態が改善されないようだと、EUがグーグルの親会社アルファベットの1日の平均売上高の最大5%に当たる罰金を科すという文面もあった。

 先月29日、グーグルは具体的な改善策を欧州委員会側に提出。委員会はその内容を精査中だが、今月28日までに事態が改善されないと罰金が科される可能性がまだ残されている。

 委員会は、グーグルが欧州市場で圧倒的な位置を持ち、これを乱用することで欧州企業や市民が不利益を被っていると指摘していた。

 巨額制裁金の決定には、世界的にビジネスを展開する米大手テック企業(グーグル、アップル、フェイスブックなど)に対する欧州側の抵抗という側面も垣間見える。

 制裁決定までの事情やその意味するところを見てみたい。

欧州市場で圧倒的な位置を占めるグーグル

 グーグルは、2004年、欧州で「フルーグル(Froogle)」という名称の商品比較サービスを開始した。08年にこれを「グーグル・プロダクト・サーチ」と改称し、13年からは「グーグル・ショッピング」に変えた。

 このサービスを利用すると、様々な小売店(例えばアマゾン、イーベイなど)が販売する幅広い商品の種類や価格を比較できる。比較後、利用者が商品を購買する仕組みだ。ほかの企業が提供する商品比較サイトと比べると、フルーグルは、当初それほど人気がなかったという。

 08年、グーグルはこのサービスを拡大させるため、「戦略上の抜本的な変化」を行う。欧州の検索市場で首位的な位置にいることを生かし、利用者が商品についての検索キーワードを入れると、自社の比較サービスが常に上に表示されるようにしたという。同時にほかの比較サービスのサイトが後方に表示されるようにした。表示結果の4ページ目に表示されたサービスもあった。

 欧州委員会の調査によると、デスクトップ・コンピューターで検索をかけた場合、利用者が結果表示の1ページ目に出たサイトをクリックする比率は95%だった。最初に表示されるサイトのクリック率は35%だった。

 グーグルは自社の商品比較サービスを上位にする代わりに他者の同様のサービスを下に押しやり、これによって自社のサービスに「大きな優位性を与えた」(欧州委員会)。つまり、グーグルは「検索エンジン・サービスでの支配的な位置を乱用し、比較ショッピング市場での競争を押さえつけた」。

 市場で独占的な位置にいること自体はEU競争法の「違反ではない」が、こうした企業には責任が伴う。それは自社の「独占状態を乱用しないという特別な責任」である。

 委員会の調べによると、欧州経済領域(EEA。EUに欧州自由貿易連合の数カ国を含めた共同市場)に加盟する全31カ国で、グーグルは検索エンジン市場をほぼ独占している。

 グーグルの「違法な乱用」により、ほかの商品比較サービスを提供する企業は「非常に重大な損失を被った」。

 英国ではグーグルの商品比較サービスのトラフィックが乱用行為以前の45倍に増え、ドイツでは35倍に、フランスでは19倍になった。一方、グーグル以外の同様のサービスのトラフィックは英国では85%、ドイツでは92%、フランスでは80%減少した。 

 欧州委員会がこの問題を取り上げるようになったのは2010年。商品比較サービスを提供する企業(米マイクロソフト、英ファウンデムなど)から苦情が寄せられたことがきっかけだ。これまでにEU側とグーグル側とで事態改善に向けての話し合いが続いてきたが、EU側が満足する結果には至らず、巨額制裁金を科する結論が出た。

 この件でグーグルとEU側の戦いは終わったわけではない。アンドロイドOSを使った携帯電話市場でグーグルが競争を阻害していないか、またコンテンツ連動型広告配信サービス「アドセンス」で不当なことが行われていないかを調査中だ。

EUと米大手企業の衝突

 欧州委員会のベステアー委員(競争政策担当)は、6月の記者会見の場で制裁決定は「事実に基づいている」と述べている。欧州委員会が米国の大手テック企業に偏見を持っているのでないか「という疑惑を聞くが、裏付ける事実はなかった」。

 しかし、過去10年ほどを振り返ると、欧州側と米テック企業の「衝突」が頻繁に散見されるのは事実だ。

 2008年、マイクロソフトはライバル社とキーコードを共有することを拒否したことなどの理由で科された制裁金を期限までに払わず、8億9900万ユーロの罰金を科された。昨年はアップル(アイルランドに対して同社への約130億ユーロの違法な税金優遇をやめるよう指導)、今年はフェイスブック(メッセージ・アプリ買収の際にアカウント情報をうまく共有させることができなかったなどから制裁金約11億ユーロ)が対象となった。

 BBCのテクノロジー記者ローリー・キャスリンジョーンズ氏は、グーグルは今回の判断を競争法に基づいたものというよりも「政治的な動きではないかと本音では思っている」と推測する(BBCニュース、6月27日付)。「トランプ米大統領もそう思うに違いない」。

 しかし、「そうではない」という見方もある。課題はもっと別なところにある、とニューヨーク・タイムズの記事(6月26日付)は指摘する。

 グーグルが欧州の検索市場でトップの位置にある状況は変わらず、反競争的と見なされる構造が依然として続く。「この(首位的)位置への治療薬を見つけるのは難しい」(コペンハーゲン大学のクリスチャン・ベルギビスト教授、同記事)。

 同記事の中で、ベルギー・リエージュ大学のニコラス・ペティ教授は米国と欧州の文化の違いを指摘する。「米国よりも、欧州では独占化に厳しく当たる傾向がある」。欧州では「大企業が市場を支配してしまうことへの危惧が大きい」。

 最後に、筆者の私見を補足しておきたい。

 EU側が著名な米テック企業へのライバル心からビジネス慣行の見直しを求め、制裁金を科しているという説はその証明が難しい。しかし、プライバシー、個人の権利、ビジネスの在り方など様々な面で米国とEU諸国の間に考え方の違いがあるのは否定できないのではないか。

 例えばプライバシー擁護にかかわる「忘れられる権利」(ネットに公開された自分に関する情報の削除をネット事業者に対して要求できる権利)の問題があった。スペイン人男性がグーグルの検索結果からの情報削除を求めた訴えで、EU司法裁判所はグーグルに削除を求め得る場合があるとの判断を示した。

 当時の米英のメディア報道では、「自由な言論を阻害する」として否定的な見方が圧倒的だったと記憶している。議論はまだ続いているものの、「忘れられる権利」という考え方の意義は浸透したといってよいだろう。

 グーグルはメールや地図機能も含めると巨大な個人情報を蓄積する。影響力で言えば世界でも超ド級の大きさの企業だ。その巨大さを「良いもの」として支援するのか、「一定の歯止めをかける存在」として疑念を持って見るのかでは対応が変わってくる。EU側が「歯止めをかけるべき存在」として見ているのは明らかだ。

 ある逸話を紹介したい。

 筆者はある時、英国の著名メディアでデータ・エディターとして働く米国人男性にグーグルの大きさに疑問を感じないかと聞いてみた。「グーグルはネット生活の基盤の一部になっている。これからは利益を追求する私企業ではなく、公的な機関が管理するのも一案ではないか」、と。

 ジャーナリストはこれを即座に否定した。「公的機関は経営が腐敗する可能性がある。利益を追求する企業だからこそ、イノベーションが生まれる」という。グーグルの巨大さを「さらなるイノベーションが生まれる」、「良いこと」ととらえていた。

 米国と欧州の考え方の違いを筆者はしみじみと感じた。

 

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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