深い集中、そして「夢中」を取り戻せ!【井上一鷹×倉重公太朗】第1回
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今回のゲストは3回目の登壇となる井上一鷹さんです。井上さんは今年の4月に『深い集中を取り戻せ――集中の超プロがたどり着いた、ハックより瞑想より大事なこと』という本も上梓されました。井上さんは、人の集中の度合いを測るメガネJINS MEME( ジンズミーム)を用いて、これまでたくさんの人の「集中」について研究をしてきたそうです。その結果、なんと84%の人が、1日4時間も集中していないことがわかりました。人はなぜ、これほど集中できなくなっているのでしょうか。集中を阻害する環境要因とは何か、どうすれば集中を取り戻せるのか聞きました。
<ポイント>
・現代人の注意力は金魚以下
・同僚とスマホが集中力を阻害する
・8割の人は「会社が決めてくれない」ことに投げている
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■しぶとく実行しないと新しいものはできない
倉重:今回は3回目で最多タイの対談出場となっています、井上一鷹さんにお越しいただいています。一応初めての方のためにも簡単に自己紹介をお願いします。
井上:ありがとうございます。キャリアは元々新卒でコンサルティングファームに入りました。メーカーの新規事業戦略を、外部からコンサルティングすることを5年ぐらいしており、「本当のイノベーションを外からつくることはかなり無理があるな」と思いました。今は自分で新規事業をしています。アイデアや構想をきちんと「もの」に落としていく実行フェーズは5:5ぐらいかと思っていましたが、実は1%と99%だったのです。しぶとく実行するということに自分が従事しないと、新しいものはできないなと思いました。
倉重:やり切らないと意味がないということですね。
井上:そうです。それができるような環境に身を置きたいなと思ったのが10年前でした。僕は手に取れるような物やハードウェアが好きで、10年前に手に取れるような新規事業をつくりたいなと思っていろいろな会社を見ていました。マーケティングセンスと技術の目利き、あとは投資判断という、新規事業で絶対に大事なこの3つが、4人以下ぐらいのチームに集まっていない限り散漫になるので、新しいものは生まれていないなと思っていました。それができるのはやはりオーナー企業で、それなりの投資力がある部署です。面白いオーナーがいる所を探していて、JINSに出会ったのが10年前です。
倉重:井上さんのポジションはJINSさんの眼鏡を売るというのとは違いますよね。
井上:JINS MEME(ミーム)という眼鏡で集中を測ったり、姿勢を測ったりしていました。眼鏡はパンツの次に着けている時間が長いので。
倉重:パンツの次!つまり、井上さんが目指したのは眼鏡の再定義ですよね。
井上:そうです。眼鏡という、みんなが1日中掛けているもの。だからこそできるというものを探して、目の動きやまばたきや姿勢を測りました。
倉重:今、JINS MEMEの現物がここにありますけれども、これは集中力を測るものですね。
井上:集中力や眠気を測ります。弊社が6年前に飯田橋に越してきたときには、「日経新聞が選ぶ一番いいオフィス」でニューオフィス賞をいただきました。ところが、集中を測ったら僕らは全く集中をしていないという事実に向き合わされたのです。
倉重:井上さん自身もオフィスより喫茶店のルノワールのほうが集中できるのですよね?
井上:僕はルノワール最強説をずっと唱えています。それで、データが取れることにどんな価値があるのかを議論をしたのです。「集中を上げる方法」というものはデータを取れるからこそ分析できますよね。先ほど少し倉重さんにも見ていただいたのですが、僕らは今、Think Labというワークスペース事業をしています。1人になって集中するという行為のためには机の横幅は何センチがベストかといったことを研究しました。
倉重:机は大き過ぎても小さ過ぎてもダメなんですよね。
井上:そうです。それと照明の明るさや匂いといった全ての条件で集中できる環境をデータを基に作り、ワークスペースとして展開しています。そして、いろいろな会社の中にThink Labをつくっているのです。コロナの前からそうでしたけれども、僕らは外で働くことが増えてきました。ですので、外で働くためのワークプレイスをスターバックスさんと一緒に作ったりしています。
倉重:井上さんの本で衝撃を受けたのですが、現代人の集中力は8秒しか続かず、金魚以下だそうですね。
井上:それは2015年に、マイクロソフト社のカナダの研究チームが発表した研究報告です。このようなセンセーショナルな言葉にあまり引きずられないほうがいいなとは思うのですが、少なくとも傾向として集中力が下がっているのは確かです。同じ実験で10年前には12秒集中できていたものが8秒になってしまったという研究成果があります。「8秒しか集中できない」という事実が大事なのではなくて、明らかに集中時間が下がってきているという傾向が大事なのです。
倉重:それはスマホだったり、チャットの通知がばんばん飛んできたりすることも関係ありますよね。
井上:まさにそれなのです。オフィスにいると誰かが話し掛けてきますから。僕らの集中を阻害するものは同僚とスマホなのです。「少しいいですか」と声をかけられたり、チャットツールの通知がうるさ過ぎたりします。また、いつまでたっても電話をしてくる人がいますよね。
これも定義の問題があるので、話半分で聞いたほうがいいですけれども、集中しようと思ってから深い集中状態に至るまでに23分がかかるという学説があります。それに対して、11分に1回話し掛けられるか、見なければいけないメールかチャットが鳴っているのが僕らです。
倉重:オフィスにいたら集中が深くなりようがないですよね。
井上:絶対にインタラプトされるのですよ。そのような環境に身を置いてしまっているので、僕らはどんどん集中できなくなっているのです。西海岸で5~6年前ぐらいにマインドフルネスという言葉がはやりました。あれは禅の考え方で、瞑想をして目を閉じるという行為です。目を開けていればいろいろな情報が入ってくるので、目を閉じるという行為自体が何かのデトックスなわけです。
倉重:デジタルデトックスになっているわけですね。
井上:そうです。だからできるだけ静かな場所で、インプットを少なくして、自分の中に巻き起こるものを観察したり、呼吸だけに集中したりするメソッドが西海岸ではやったということは象徴的だと思っています。
GAFAを中心に、情報化社会によって11分に1回話し掛けられています。その最先端にいるのが西海岸なので、「これではやばいな」という肌感覚があったのだと思います。だから、スティーブ・ジョブズは瞑想をしていましたね。集中が何で必要かと聞かれれば、明らかに集中できなくなっているからです。
倉重:だから、意識して取り戻さなければいけないのでしょうね。時間を忘れるほどの集中、フロー体験が大事だと書いてありました。これは、例えば子どもの頃は遊びに熱中したり、本を読むのに夢中になったりした体験は誰しもがあると思うのですが、そのような感じですか?
井上:そうです。集中の研究でフロー体験というものがあって、チクセントミハイという心理学者が提唱したものなのですが、深過ぎる集中というものをフロー体験と言っています。他に、漫画やアニメの世界だとゾーンというものです。非常に集中している状態です。
倉重:もう周りの声も聞こえないような状態ですかね。
井上:スローで見えるような状態です。あそこまでの集中は再現性が非常に低いです。前に為末大さんに話を伺ったことがあるのですが、彼ですら人生で2回しか入っていないというお話をされていました。
倉重:そんなにレアなのですね。ゾーンに入るのは。
井上:少し話が変わるかもしれませんけれども、臨死体験をした人は走馬灯が流れると言いますが、あれはゾーンです。何で走馬灯を見るかというと、自分の記憶の中で今の状況を解決する、助かるための糸口を探しているらしいです。それで、人生の記憶を一気に短時間で見直すから、いろいろなことを思い出したような気持ちになるというのが走馬灯らしくて、あれがフローなのです。
倉重:なるほど。それは誰しもができることではないですね。
井上:フロー体験までに至らないにしても、集中状態に至ると単純に自己肯定感が上がるという話だと思っていて、集中していないと「何かを成したな」という感覚が得にくくなっているのです。例えば今は在宅勤務による問題もありますけれども、コミュニケーションがなくなって何となくメンタルヘルスをやられるということもあります。
それともう一つは常にチャットが鳴ったり、遠隔だからこそ人の存在を感じないと不安になるので1つのことに集中できなくなったりするのです。集中できないと自分が何かをやったという感覚を得にくいので、自己肯定感が落ちます。
倉重:自分は本当に何かの役に立っているのかな、仕事がきちんとできているのかなと。
井上:そうです。そこまで行くことはできないから、みんなメンタルをやられるのだと思っています。
倉重:役立っているという実感がないのでしょうね。だから、最初のほうで書かれていましたが、「集中を勝ち取るのだ」というところまで意識しなければいけないのだなと思いました。
井上:先ほども申し上げていたとおりで、何となく誰かからの連絡や外から来る情報に反応していると集中できないですよね。外に気を配ろうとすればするほど、個人としては集中できません。
倉重:自分の人生を生きていないですしね。
井上:全く生きていないことになります。
■強烈なエゴに突き動かされている人のほうが集中できる
井上:JINS MEMEでデータを取っていると、顕著なほどに集中できる人に出会います。それはプロゲーマーだったり、伝統工芸の人だったり、エンジニアの中でも非常に集中できる人などがデータを見ると出てきます。そういう人にヒアリングをしていくと、「目の前のことが楽しくて仕方がない」という共通点が見つかります。「スキルを生かしてできることをやる」「今は世の中の要請上これをやっています」という語り方をする人は大して集中していなくて、強烈にエゴだけを話す人のほうが集中をしているのです。
倉重:それはやりたくてやっているからですね。
井上:本の中でも書いたのですが、内発的動機という言い方をしています。予防医学研究者の石川善樹さんと話していてすごく面白いなと思ったのですが、例えばサッカー選手になるような人やプロのミュージシャンになるような人も、最初は好きで始めます。最初は内発的動機、自分の中でやりたいから始めるのです。だけれども、それなりにうまくなったりして、野球で言ったら甲子園を目指せるようになってしまうと、周りの大人が騒ぎ出して、「期待に応えなければ」というフェーズを迎えます。
倉重:義務的になってくるのですね。
井上:外発的動機で頑張るのです。だけれども、最終的にイチローまで行く人は、単純にきのうの自分と今の自分しか気にしていません。外野が打率などの話をしても、全然ピンときていない感じになります。
倉重:そのようなものはどうでもいいと。自分が思う動きができているかどうかが大事なのですね。
井上:そうです。本当に極める人は最終的に内発的動機に帰っていきます。そこまで行った人が初めて人と違うアウトプットを出しますよね。
倉重:それは井上さんがおっしゃっている集中では足りなくて、夢中になるものを探せということですね。
井上:信じられないぐらい夢中になっている状態が大事なのだと思います。
倉重:これは仕事を仕事だと思わず、理由を説明できないぐらい目の前のことが楽しくて仕方がない状態。これを増やさなければいけないなと本当に思います。
井上:すごく熱く語っているので、「え、でも」のようなことを言うとナンセンスだと怒られそうな人です。そこまで行くと集中が非常に高いです。
倉重:やはり会社から与えられた仕事を仕方なくやるというスタンスだと、なかなかそうはならないですよね。
井上:間違いないですね。
倉重:私も去年の今頃はコロナの状況で、法律的にも未知のことがたくさんあったので「これは自分が何とかするしかない」と、誰にも求められているわけでもないのに、勝手にコロナ対応Q&Aを作って公開しました。その時は深夜なのに非常に集中していました。一気に60ページぐらい書いてしまって、すごい集中力でした。
井上:強烈なエゴや勝手な責任感というものが大事なのですね。
倉重:そうです。誰に言われたわけでもないのですけれども、何か明日までにやらなければと思ってしまいました。
井上:「何かあの人は勝手にすごく責任を感じている」という感じですね。
倉重:1人で追い込まれているのですよ。
井上:そこまで行けると、何かユニークな仕事になります。うちの社長は「夢中が大事だ」と言っています。同じ「そうぞう」という言葉でもクリエーティブという意味の創造と、イマジネーティブの想像があるではないですか。本質的に非常にいいイノベーションを起こそうと思ったら、クリエーティブではなくて、イマジネーティブになろうと思わないとダメなのです。「アウトプットを高めるために創造しよう」などという邪推が入っているものは夢中ではありません。内発的動機を持って仕事ができると本当にいいのだろうなと思うし、今はそのチャンスが来ているような気がしています。
倉重:それに気付いて意識するだけで多分差が付くでしょう。
井上:コロナの前なのか、もっと前なのか分からないですけれども、新卒一斉入社をして、100人単位の人がみんな同じ日にパソコンを渡されて、同じ椅子と同じ机を用意されて、「はい、よーいドン。みんなで出世競争しましょう」といった時代ではありません。在宅勤務になれば、椅子も机も自分で選んでいいのですよね。
倉重:リモートの場合は、まず家庭の中に働く環境を作らないといけませんから。
井上:5W1Hはそれほど固定されなくなるので、いつ、どこで働いてもいいという状態になると、やはり内発的動機で働きやすいはずです。だけれども、気になるのはやはり8割の人は「決めてくれない」ということを嘆いていることです。
倉重:会社がですか?
井上:テレワークで困ることとして、「どの時間にどのように働いたらいいか分からない」「さぼっていると思われているのではないか心配」といったことがあげられています。それは誰かが作ってくれたルールの中で仕事する前提の発言ではないですか。本当に夢中になっている人や、集中できる人はそこから抜け出ている人でしかありません。決めてくれないで悩む8割よりは、決めようと思える人のほうがいいのではないでしょうか。そのチャンスがたくさんある時期だとは思っています。
倉重:まさにリモートが一斉に普及して、雇用に限らず個人事業主でも、地方の副業などもやろうと思えばできる時代になってきました。この本に書いてあって、なるほどと思ったことは、面白い仕事であればあるほど奪い合いが起こるのだということです。だから、早く動き出したもの勝ちだということをおっしゃっていますね。
井上:そうですね。多分面白い案件やフェーズなどは奪われてしまいますよね。
倉重:私のところにも、地方の優良企業のお客様などが相談に来るのですよ。そうすると、多分その地方で座ってお客様を待っている弁護士さんの仕事がなくなっていると思います。弁護士業界に限らず、そういう現象が起きているということですね。つまり、働き方を決めることは自分の生き方を決めることにもなります。
井上:それは絶対にそうでしょうね。働き方やワークライフバランスといった言葉に、みんながすごく違和感を覚えています。働くという行為と生きるという行為では、絶対に生きるほうが上でしょう。ライフを先に定義できていない人に、ワークを定義できるわけがありません。それはみんなが言っている話です。
倉重:要するにいろいろな生き方があって、定時で帰って家族を大切にすることも大事な生き方だし、寝食を忘れてバリバリ働くという生き方も、自分で選んでいるのだったらいいのではないかという話ですよね。
井上:そうです。
(つづく)
対談協力:井上一鷹(いのうえ かずたか)
大学卒業後、戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトルにて大手製造業を中心とした事業戦略、技術経営戦略、人事組織戦略の立案に従事後、ジンズに入社。JINS MEMEの事業開発を経て、株式会社Think Labを立ち上げ、取締役。算数オリンピックではアジア4位になったこともある。近著は「集中力 パフォーマンスを300倍にする働き方」、「深い集中を取り戻せ ―― 集中の超プロがたどり着いた、ハックより瞑想より大事なこと」。 https://twitter.com/kazutaka_inou