英語民間試験は国立大8割が見送り~共通テストで記述式・民間試験はいつ目玉になったのか
国公立大学、2段階選抜で利用しない見込み
共通テストの迷走が止まりません。
本日(2019年11月30日)の朝日新聞、読売新聞、毎日新聞はそれぞれ1面で英語民間試験の活用について国立大82校中62校が取りやめた、と報じています。
※毎日新聞は「82校のうち80校」と掲載
すでに英語民間試験については2024年まで延期することが決まっていますが、
(国の成績提供)システムが使えなくても、大学が独自に受験生から成績の書類を受け取って活用することはできるが、集計作業に大勢の人員が必要になるため、「このタイミングで、来年度の入試担当者を増やすことは難しい」と説明する大学が目立った。
※「朝日新聞」2019年11月30日朝刊「英語民間試験 62校とりやめ 東大・京大など 国立大の大半」
そして、英語民間試験の導入延期に続き、国語・数学の記述式導入も風前の灯となってきました。
11月14日には、文部科学省が記述式について2段階選抜で利用しないよう、国公立大学に対して要請を出す、と各紙が報じました。
2020年度から始まる大学入学共通テストで国語と数学に導入される記述式問題について、文部科学省が国公立大に対し、2次試験に進む受験生を絞り込む「2段階選抜」の際に、国語の記述式を判断材料から外すよう求める検討を始めた。同省幹部が13日、明らかにした。自己採点と実際の成績が食い違い、2次試験に進めなくなる受験生を減らすための措置で、記述式問題は維持する。
※「朝日新聞」2019年11月14日朝刊「国語テスト記述式、2段階選抜除外も 文科省検討」
なお、共通テストの記述式ですが、おさらいしますと。
現在の予定ですと、数学は数学1・数学Aでマーク式100点に加えて記述式3題・15点(時間は現行のセンター試験60分→記述式を合わせて70分)となります。
国語はマーク式200点と記述式3題を出題。時間は記述式を合わせて100分(現行のセンター試験は80分)。点数ですが、5段階で評価し、その評価をどう使うかは大学に任されています。2019年10月末時点では記述式の採点基準を公表した国立大学は33校でした。
大半の国立大学は採点基準を公表せず、言うなれば様子見。それが、2段階選抜で記述式の評価を用いない、とはどういうことでしょうか。
私は、これは、共通テスト・記述式の「終わりの始まり」と見ています。
「問題だらけの共通テスト~英語民間試験の延期だけでは終わらない」(Yahoo!ニュース個人、2019年11月4日公開)
でも出した通り、記述式の採点はあまりにも無理があります。ネットスラングで言うところの「無理ゲー」。
ある地方国立大の入試担当者は「『2段階選抜に使うな』と言われるような問題なら、合否判定にも使えるはずがない」と話す。
※「読売新聞」2019年11月22日朝刊「大学入学共通テスト 『記述式』先行き不透明」
読売新聞記事の入試担当者コメントにもある通り、2段階選抜で利用しないとなると、大学からすれば使い道がありません。
どう考えても旗色の悪い文部科学省は、形勢不利から「閉店作業」に入った、と見るのが自然でしょう。
31年、うまく行っていたセンター試験をなぜやめる?
共通テストが問題視されるようになってから、私もテレビ・新聞等の取材を受けました。取材の際に必ずと言っていいほど聞かれたのが「なぜ、センター試験をやめる必要があったのか?」です。
これは、堀江貴文さんもTwitterで同様の疑問を表明されていました。
センター試験に全く問題がなかったか、と言えばそうではありません。
しかし、約50万人が受験し、毎年、円滑に運営されているセンター試験は、なぜ共通テストに変わらなければならないのでしょうか。
もっと言えば、「センター試験は、いつ、殺されることになったか」。
それが本稿のテーマです。
そこで大学入試改革を振り返ることにしました。
結論から言いますと、共通テストにおいて、当初の目玉施策は英語民間試験でも記述式導入でもなかったのです。
当初は複数回受験・段階別表示が目玉(2013年10月)
2012年末に第二次安倍内閣が成立。安倍首相は第一次内閣(2006年~2007年)に設置していた諮問機関・教育再生会議を再び設置します。名称を教育再生実行会議と変え、その提言が2013年10月にまとまりました。
この提言でセンター試験の廃止、新テスト導入が登場します。
主なポイントがこちら。
・センター試験の代わりに学習到達度テストを2020年度に導入
・点数表示ではなく段階評価
・複数回の受験
・TOEFLなど外部試験の導入
当時の提言を「産経新聞」2013年10月5日朝刊「センター試験点数評価廃止 ランク方式導入へ 再生会議素案」記事ではこう伝えています。
現行のセンター試験をめぐっては、わずかな点差で合否が決まるため、知識偏重との批判があった。このため、新たな選抜方式では試験結果を点数で示す方式を取りやめ、一定幅の点数ごとに複数の段階に分けたランクで表示する。
また、運にも左右される一発勝負型の試験では本質的な能力は測れないとして、複数回挑戦できるような仕組み作りも検討。その後実施する大学ごとの入試では、面接や論文を重視するよう大学側に求める。
このほか、高校の学習到達度テストを導入して複数回受けられるようにする。基礎学力の定着を測るためのテストで、卒業要件や入試には利用せず、推薦やアドミッション・オフィス(AO)入試の際の参考にする方針だ。
新たな評価方式の導入年度は、高校生に混乱を与えないよう「十分な周知期間を置く」とし、5年以上先になる見通し。
なお、複数回受験、段階評価というアイデアは2013年の教育再生実行会議が初めて出したわけではありません。
2000年4月の文部省(当時)大学審議会ですでに登場しています。
センター試験の二回実施は、「一発勝負」の精神的重圧を和らげることがねらい。入試には良い方の成績が利用できるようにする。実施時期は、従来の一月に加え十二月にも実施することが適当とした。
※「読売新聞」2000年4月29日朝刊「センター試験 12、1月実施を提言 大学審が中間まとめ 資格試験的利用も」
TOEFLの導入は経済同友会と自民党教育再生実行本部がそれぞれ提言、盛り込まれました。ただ、当時は目玉としては複数回受験と段階評価の2点でした。
文部科学省原案でも複数回受験(2014年3月)
教育再生実行会議の提言を受けて、文部科学省の諮問機関、中央教育審議会(中教審)で議論されることになります。
この中教審に文部科学省が原案を示したのが2014年3月。
・名称は「達成度テスト・発展」
・高校3年12月以降に2回受験
・成績は1点刻みではなく、十数段階のグループ別評価
・科目数は5教科11科目程度
ただし、原案が出た時点で複数回受験は、「高校側は『生徒の学習や高校の教育活動への影響が大きく、実施は1月以降にしてほしい』と反発」(「読売新聞」2014年3月2日朝刊「達成度テスト『発展』 高3・12月以降 複数回 文科省案」)など議論の難航が予想されていました。
なお、同記事には
高校や大学教育を改善するためにも、従来型の知識偏重ではなく、教科の枠組みを超えた試験を開発するべきだという意見が中教審内でも強く、今後議論になりそうだ。
と、教科を超えた試験についても示唆されています。
中教審答申・合教科型が目玉に(2014年12月)
・名称は大学入学希望者学力評価テスト
・教科の枠組みを超え、複数の科目を組み合わせた「合教科・科目型」「総合型」の問題も出題
・記述式の解答を導入
・英語は英検やTOEFLなどの外部試験の活用も検討
・成績は点数ではなく、段階別評価
2014年12月、中教審は入試改革案を下村博文・文部科学大臣(当時)に答申します。その主なポイントは上記の通り。
2014年3月時点にも出ていた「合教科・科目型」「総合型」が答申にも明記されます。
合教科型とは、
ワインについての文章を読み(国語)、ローマ帝国の歴史(世界史)や発酵に関係する化学式(化学)などを答える
※「朝日新聞」2014年7月18日朝刊「達成度テスト、入試どう変わる センター試験後継、文科省が検討中」
といった問題だったようです。
一方、複数回受験については、原案では「年2回」としていたものが、「複数回」と後退します。
以前は「年2回が適当」と明記していたが、「複数回」と変更し、具体的な回数や実施時期は「高校、大学関係者を含めて協議する」とした。
※共同通信2014年10月10日配信「『達成度テスト』の名称変更 中教審が答申案」
複数回受験、段階別評価が後退(2015年8月)
文部科学省の有識者会議は2015年8月、センター試験に代わる新テストについての中間報告を出します。
複数回受験や段階別評価は高校、大学からの反対意見が出て「引き続き検討」と後退します。
記述式については短文のものが検討されます。
英語はスピーキングの実施が検討されたほか、民間試験の導入についても盛り込まれました。
記述式は「条件付き」「短文」「AI活用」(2016年3月)
2016年3月、文部科学省・高大接続システム改革会議は最終報告書を取りまとめます。
複数回受験は「引き続き検討」と後退したまま。「合教科・科目型」はこちらでは無くなりました。
記述式は、「自由度の高い記述式ではなく、設問で一定の条件を設定し、結論や結論に至るプロセスなどを解答させる『条件付記述式』を中心に作問」「20~23年度は短文記述式の問題を導入、24年度以降はより文字数の多い記述式の問題を導入」「記述式問題は、マークシート式問題と同日に実施する案、別の日に実施する案のそれぞれについて検討を行う」と変化します。
「国立大は記述式4割」説が登場(2016年8月)
文部科学省は2016年8月31日に「高大接続改革の進捗状況について」で記述式について国立大二次試験に言及しています。これが共通テスト・記述式の議論に影響を与えました。
国立大学の二次試験においても、国語、小論文、総合問題のいずれも課さない募集人員は、全体の約6割にのぼる。共通テストに記述式問題を導入し、より多くの受験者に課すことにより、入学者選抜において、考えを形成し表現する能力などをより的確に評価することができる。このことで、高等学校における能動的な学習を促進する。
この一文、捉え方はいくつかありますが、「国立大の二次試験で記述式を導入していないのは6割」「記述式を共通テストに導入すれば高校でも勉強するだろ」とも読めます。
私が思考力重視のAO入試担当者なら、「この一文から共通テスト(案)の問題点を論じなさい」くらいの問題を出すところ。
読者の皆さんは、いかがでしょうか?
この一文のツッコミどころ、というか、問題点は「記述式を導入すれば高校でも勉強するだろ」という本末転倒な発想がまず挙げられます。
なお、「高校でも勉強するだろ」は私の勝手な解釈ではありません。
大学入試改革にかかわった伯井美徳(大学入試センター理事→文部科学省大臣官房付き)・大杉住子(大学入試センター審議役)の共著による『新テストのすべてがわかる本』(教育開発研究所、2017年)にも、こう書かれています。
これ(センター試験)を改革することにより、高校以下の教育への好影響(ウォッシュバック効果)を期待する(中略)高校以下で、より一層の展開が期待される「主体的・対話的で深い学び」と相まって教育改革の効果も一層高まります。(30ページ)
大学入試を変えれば教育が変わる、というのは本末転倒であるのでは?
さらに、その説を補強する「国立大二次試験で記述式は6割がやっていない」というデータ、これは「本当だけど、本当でもない」レトリックです。
文部科学省が出した文章は、
国語、小論文、総合問題のいずれも課さない募集人員は、全体の約6割にのぼる。
と、あります。
理工系・医療系学部を中心に二次試験で国語や小論文を課さないところは、確かに多いでしょう。では、そうした大学が思考力を無視している、手間暇をかけていないか、と言えばそんなことはありません。
二次試験の数学、理科などで記述式、論述式試験を課している国立大学理工系学部は相当数あります。
事実、この文部科学省の「記述式4割」が出た3か月後、朝日新聞は東北大教授2人の調査を記事にします。
東北大の倉元直樹教授、宮本友弘准教授(教育測定学)が四つの大学院大学を除く全82国立大の前期・後期試験で出された全教科の問題を枝問まで分析した。
○×式や選択式でなく、採点に人の判断が必要な短答式や数式、英作文などを「記述式」と定義すると、全2万4066問中、2万1065問(88%)が該当した。最も多かったのは「数式」で全体の26%。次いで論旨に合うように文中の空白を埋めるなどの「穴埋め式」25%▽「短答式」21%▽40字超の「長文」13%▽40字以下の「短文」6%▽100字以上で意見を書く「小論文」4%だった。
※「朝日新聞」2016年12月19日朝刊「国立大の2次、記述式88% 入試改革議論に影響も 東北大調査」
仮に、ですが、88%でも不足、とか、穴埋め式は思考力を図れない、というのであれば、二次試験をさらに充実させればいい、という話になるはず。
ところが、同記事で文科省のコメントは共通テストにこだわります。
一方、文科省の角田喜彦(かくたよしひこ)大学振興課長は「今回のデータはどんな質の問題かまでは分析されていない」と指摘。「改革でめざす記述式は複数の情報から考えを組み立てて表現する新タイプ。国語は全教科の基礎であり、私学も含めた受験生の力を問うには、共通テストでの出題が欠かせない」と話している。
国語にこだわるなあ。そこまで共通テストの記述式にこだわるのであれば、短答式では不十分なはずですが。
朝日記事の出た5日前には産経新聞でこんな記事が。
ならば各大学の試験で記述式を重視すべきだが、現在、国立大2次試験で記述式を課しているのは募集人員の4割にとどまるという。寂しい限りである。
※「産経新聞」2016年12月14日朝刊「【主張】記述式の入試 人材育てる労を惜しむな」
国語、小論文という文言が抜けてタイトルが「労を惜しむな」。
どう考えてもミスリードですが、このレトリックが押し通り、2017年7月には英語民間試験と記述式導入が最終決定となりました。
成果を焦りすぎて生煮えに
こうした経過を改めて見ていくと、複数回受験や段階評価、合教科型など目玉施策が出ては消えての繰り返し。最後に残ったのが英語民間試験と記述式導入でした。
『大学入試改革 海外と日本の現場から』(読売新聞教育部、中央公論新社、2017年)でも、こう指摘しています。
改革の具体化に向けた作業が行き詰まるなか、何とか目玉を、ということで最後に浮上したのが、記述式問題の実施だったが、二〇年度の導入当初は短文記述にとどまる予定で、採点方法や実施時期をめぐり、さらなる課題も残ることになった。(179ページ)
私は、入試改革で成果を出そう、目玉を作ろうと焦りすぎた結果、記述式導入となり、混乱を招いている、と見ています。
結局のところ、32年間にわたって、ほとんど過誤なく運営されてきたセンター試験を殺したのは、安倍首相に対する忖度だった、とするのは言い過ぎでしょうか?
もちろん、「主体的・対話的で深い学び」のため、あるいは国際化のため、という意義については私も全くの同意見です。と、言いますか、大半の国民、大半の専門家も同意でしょう。
その意義のためにセンター試験を取りやめるのであれば、センター試験を上回る試験に改善する必要があります。その改善にあたっては宇宙ロケットを打ち上げる準備と同様、厳密に、かつ、慎重に判断し、隠れた危険をすべて洗い出し、絶対安全なものにするべきでした。
今のところ、文部科学省の入試改革は宇宙ロケットのような重みが全くと言っていいほど見えません。
宇宙ロケットどころか、せいぜいが、ペットボトルロケットを作るかのごとき軽さしか、感じられないのえす。
ペットボトルロケット並みのお手軽さが次々と露呈してきている共通テスト。民間英語試験に続き、記述式を取りやめ・延期とするべきかどうか、判断に残された時間は少なくなってきています。